世界が変わる日
我が主は言った。
人生は何が起こるか分からない、と。
黒き異様の侵略者に敗北する寸前、助太刀に現れた少女に救われた。
侵略者は撃退しただけで再び襲い来るだろうが、しばらくの時間はある。
その間に、私たちはお互いの自己紹介を済ませていた。
『あー。すると、お嬢ちゃんはこのギーの孫の孫のそのまた孫の孫の……と延々と続いた後の子孫か』
「はい! アルジドノ! その通りです!」
我が主の問いに、元気いっぱいに答える少女。
その頭部にはぴこぴこと鼠耳が揺れている。
『だとよ? 大お爺ちゃん?』
――うむ。感動の対面じゃないか。
『まじかよ……。本物の人間みたいじゃねぇか』
「お初にお目にかかります! 大お爺ちゃん! 本当に鼠なんですね。しかも骨だけ!」
『おぅ。おぉ……そうだぜ』
事実を確認したギーは、震えていた。
もしも体が骨でなければ、涙を流して喜んだかもしれない。
いつか人間になりたい。
かつてギーが夢見たことが実現したのだ。
私も、ギーの子孫が脈々と続いていることが嬉しい。
鼠人族は、私にとっても子供同然である。
あの時騎士ユースに託したことは、間違いではなかったらしい。
「我がプラウダ家の家訓の一つに、『鍛練を怠らぬべし。さすればいつか願う姿になれる』というものがあります。それは大お爺ちゃん、あなたの願いだと伝え聞いています」
はきはきと話す少女。騎士、ギルと言ったか。プラウダという家名はたしか騎士ユースのものだ。
鼠人族の誰か──私の予測では心優しきギーリ──が騎士ユースと愛を育み、子孫を残したのだろう。
あの面倒くさがりで適当で怒りっぽいギーの血が入っているとは思えないほど、真面目で素直な少女だ。
そんな騎士ギルが、今度は私へと向き直る。
「イチゴウ様の事も伝え聞いています。かつての我が一族の守り主であり、大恩ある方だと。プラウダ家の命題には『イチゴウ様が寂しくないように、たくさんの子孫をもうけること』、『いつか再びイチゴウ様の遊び相手になること』、『イチゴウ様の恩に報いること』とあります」
――うむ、どこかで聞いたことがあるものだな。
私は倒れたままうむうむと頷く。
遊び相手のことを言ったのは、はたしてギーだったか、いたずら少女のギギだったか。もしかすると、私の話相手兼遊び相手のギーリかもしれない。
恩のくだりは騎士ユースの言葉だろう。家訓にまでするとは、真面目な彼らしい。
そして、騎士ギルは我が主に向き合い、深く頭を下げた。
「アルジドノの事もよく存じ上げています。封印の魔術師、世界の守り手、歴史教本には必ず載っている偉人。出会えて光栄です」
『ふむ、なるほど。後世の連中はなかなか良い教育をしているようだ。だが、少し間違いがあるな』
「そうなのですか?」
『あぁ。俺の真の名はガルネクス。歩く伝説、空前絶後、仰天動地の超天才魔術師だ。覚えておくように』
我が主はズタボロのローブを翻し、もったいぶって告げた。
粉々にされたと思われた我が主の骨の体は、時間が経てば周囲のマナを吸い勝手にくっつく便利な体だったのだ。
これは骨が折れていたギーも同様である。
「はい! わかりました!」
挙手をしながら元気いっぱいに答える騎士ギル。
この少女は真面目すぎて、疑うということを知らないらしい。
さらに少女は興奮したように告げる。
その顔には自信とやる気がみなぎっていた。
「いつまでも御三方に守られている私たちではないのです! 私は言わば先鋒。『偉大なる三人を助け、異界の侵略者を打ち倒すべし』という家訓に従い、プラウダ家の武人や秀才が続々とこちらに向かっています。転移門と侵略者について研究し、打ち勝つ手だてを考えるのです!」
嬉しそうに笑う騎士ギル。
私もギーも我が主も顔を見合わせ、誰ともなく笑った。
――うむ。うむ。
『そうかぁ。おいらの子孫がなぁ。すごいよなぁ』
『やっと引退できそうだな。長かったぜ』
反応は三者三様だが、思いはひとつだ。
ただただ、嬉しい。
「はい! 私も幼い頃から修行を積み、閃光の騎士と認められています。侵略者など、ものの数ではありません! すべて倒して見せましょう!」
言葉は違うが、私はかつてギーが言ったことを思い出した。
『 いつかは主殿が封印しか出来なかった侵略者どもを、おいらが倒してやるさっ 』
我が主も、ギーも同じことを思い出したのだろう。
誇らしげに骨を鳴らして笑い、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
『よっしゃ、そうと決まれば、まだまだ負ける訳にはいかねぇな』
『よぉし、ギル! お爺ちゃんが戦うところ見てろよっ!』
――我が主、私をはやく直して下さい!
私たちは揃って気合いを入れ直す。
再び襲来する侵略者は、先程戦った異様の者よりも強くなるのだ。
知恵を絞り、武を研ぎ澄まし、勝ち続けなければいけない。
だが無情にも、そんな準備をする前に、転移門から黒いもやが溢れ、大きな姿を形作る。
『げっ。もう次が来やがった』
『かっかっか。超天才魔術師のガルネクスに任せろ。軽く捻り潰してやるさ』
――動けないのではやく脚を繋いで下さい! 我が主!
「おおっ。やる気ですね!」
やがて黒いもやが固まり、騒ぐ私たちの前に侵略者が姿を現す。
またしても巨大だ。
四面八ツ手の六脚。異様の戦士。
黒い鎧兜に身を包み、手には大盾、さらに長槍や大剣を持っている。
先程のものより一回り体が大きく、遥かに手強そうだ。
しかし、勝負は一瞬だった。
「ここはお任せを! はぁっ!」
騎士ギルが気合を込めて叫ぶと、閃光が瞬きその体が幾度もぶれる。
たったそれだけで、異様の侵略者は千々に切られて霧散した。
「ふぅ。あの程度の敵ならば私一人で十分です。さぁ、今のうちにイチゴウ様の体を直しましょう!」
何事もなかったかのように話し、私の脚や腕を掘り出してひょいと軽そうに持ち運ぶ騎士ギル。
――強いな……。
『あぁ……』
『時代は変わったな……』
「ん? どうしましたか? 元気がないようですが」
落ち込む私たちに対し、不思議そうに首を傾げるギル。
本人の言う通り、あの程度、敵ではないのだろう。
『……とりあえず、一号を直すか』
――ありがとうございます。そんなに急ぎではないですよ……。
『やることないなおいらたち。ゲームでもするか』
――ギー、知っているか? 『カルン島の開拓者たち』、城塞都市編や大航海時代編が出てるんだぞ。
『おっ、それどんなんだよ一号。おもしろそうじゃねぇか』
『どこにあるんだ? 小屋か?』
――小屋なんてずっと前に倒壊しただろう。鼠人族の家に残っていないかな。崩れてない家に大事に保存されているかもしれない。
『よし! ギー、今のうちに探してこい』
『わかったっ!』
――昔は相手がいないからできなかったんですよ。
途端に戦う気がなくなり、遊びにはしる私たち。
侵略者の相手は騎士ギルに任せればいいだろう。
先ほどの戦いとも呼べないものを見るに、桁違いに強いのだ。
私たちの出る幕はなく、いても邪魔になるだけだろう。
「イチゴウ様。その『カルン島の開拓者たち』とは何ですか?」
――知らないのか? 有名なボードゲームだぞ。
「ふむ、ゲームですか。私は幼い頃から修行三昧で、そういった物で遊んだ事はないのですが、楽しいのですか?」
小首を傾げる騎士ギルに、私たちは衝撃を受けた。
遊びを知らないだと? なんということだ。
『ギル……。遊びもせず修行かよ。なんて可哀想な娘だ』
『おいおいプラウダ家ってのは何を教えてるんだよ。「カルン島の開拓者たち」は義務教育だろうがクソが』
「えっ? あのう、そこまでですか?」
『あったりまえだろうが。ちょうどいい。四人でやろうぜ!』
『よぉし! ギル、お爺ちゃんが遊び方を教えてやるからな。探して来るから待ってろよっ』
「はぁ……。ありがとうございます?」
ギーは張り切って、光を纏いながら高速で鼠人族の集落跡に突っ込んでいった。
かつて、私たちは門の守護者だった。
だが、時代は変わるようだ。
世界の命運は、新しい世代に託そう。
彼女らは私たちよりも遥かに強く、その瞳は希望に満ちている。
いつかは異界からの侵略者を押し返すことも可能かもしれない。
もやは私たちは古き者。お役御免だ。
あとはのんびり、遊んで暮らすとしよう。
戦いもない、穏やかだが退屈な余生だろう。
『いよぉし! 最長交易路だぜ!』
「ぐむむ、誰か木のカードをください! 巻き返します!」
『木ならお爺ちゃんがやる! 余ってるからな!』
「わぁ、大お爺ちゃん! ありがとうございます!」
――こら、ギー。手心は本人のためにならないぞ。
『ばっか! そういうんじゃねぇから!』
『はん。何しようが無駄だぜ! 見よこの資源の数! 無敵無敵!』
――あ、7ダイスで盗賊が出ます。我が主の土地に置きますね。
『なにぃっ!』
『でかした一号!』
「さすがですイチゴウ様!」
だがありがたいことに、その退屈な余生を賑やかす遊び相手には事欠かないだろう。
私は、それが何よりも嬉しかった。
転移門の守護者 完
転移門の守護者 シン @Shinkspearl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます