二千年後……

 我が主、ギー、私が揃い、侵略者どもを撃退し続けて何百年が経っただろうか?


『そこだ! 一号! パンチだ!』


『主殿! 静かに! 狙われるから!』


 異界からの黒い侵略者の勢いは留まることを知らず、何度倒しても、何度撃退しても次々に沸いて出てきた。

 しかもたちが悪いことに、回を追う毎に強力な者がやってくる。


『行け! 一号! 眼を狙え!』


 体を砕かれて首から上だけになった我が主が、私へと激励を飛ばす。

 あるとき油断したギーを庇い、棍棒のようなもので胴体を強かに打ち付けられ、体を粉砕されたのだ。

 骨の頭部があれば活動できているのがまだしもの救いだが、戦線離脱である。


 ――眼ですか? 分かりました!


 立ちはだかるのは、もはや見慣れてしまった異様の黒き者。

 黒い鎧に包まれるのは、私が見上げるような巨体。


 ――眼……どれだ?


 異様なのはまず、顔が三つ。

 隙を無くすためだろうか、それぞれ別の方向を向いた顔は、全方位を睨んでいる。


『ばか一号! 真に受けるな! 危ねぇ!』


 相手の顔を見つつ身構えた私に、ギーの激が飛ぶ。


 動きを止めた私に繰り出されるのは、巨体の八ツ手から放たれる斬撃。槍撃。矢撃。打撃。

 その異様な巨体から生えるは、八ツ手。

 それぞれの手に握った剣、槍が二本ずつ。弓と矢が一組。そして一対の拳。


 それらが連続で襲い来る。

 私は連撃をいなし、避け、打ち合わして防ぐ。


 隙を見て距離を取るが、その巨体は難なく回転し、私を捉える。

 異様な巨体を支える四本の脚は、旋回や移動が驚くほど素早く、隙がない。


 三面八ツ手の四脚。異様の戦士。


 撃退と襲来を繰り返し、ついに人型からも離れつつある異様の侵略者。

 こいつは大きく、素早く、手強い。


『くそっ! なんとかなんねぇのかよ!』


 ギーはというと、首だけになった我が主を抱えて、ちょこまかと逃げ回っていた。

 攻撃には参加できていないが、我が主を置いているといつ蹴っ飛ばしたり潰してしまうか分からないのだ。


 ――むう、こいつは強いぞ。


 首だけの我が主、それを持ち運ぶギー、となると攻勢の主力は私となるのだが、隙がなく攻めあぐねていた。


『はっはー! 頑張れ一号! よけろギー!』


『うわっ! 危ねぇ!』


 距離を取ろうとすると、弓による正確な射撃がギーを襲う。

 逃げ足の速さが自慢のギーはなんとか避け続けているが、いつまで続くかは分からない。


 持ち運ばれる我が主は楽しそうだが、状況は良くない。


 ――我が主。なんとかならないのですか?


『ふ~む。俺達の連携攻撃をやってみるか。それで倒せなきゃ、手に負えんな』


 ――連携攻撃! やってみましょう!


『よし採用! いちにのさんで行くぞ!』


『えっ、おい本気かよ!』


 いきなりの提案に戸惑うギー。

 だが、もう決まったのだ、やるしかない。


『行くぜ! いちぃぃぃ!』


 ギーの手からぴょんと飛び上がり、離れた我が主は口内に紫電を溜めて侵略者に向けて吐き出す。


 ――なんと! いちにのさんで行くのではないのですか!


 一拍遅れてから私は拳を握りしめ、巨体に向かって飛びかかる。

 狙いは腕だ。振り抜けば8本のどれかには当たるだろう。


『連携にもなってねぇし! くっそ!』


 ギーもやけくそ気味に叫び、その身に光を纏い、宙を走り突進した。その姿はまさに閃光、光の矢だ。


『ばっかやろう! 俺が三連発してから行けよ! いちにのさんって言ったろ!』


 どうやら我が主が放つのは、三連発の紫電だったようだ。

 だがその一撃は侵略者の巨体にまとわりつき、顔の一つを炭化させるほどに焼き焦がす。


 ――やはり! そうでしたか!


 さらに私の拳撃は、侵略者の八ツ手のうち剣を持つ手の一本を肘部分から破壊する。


『そういう大事な事はちゃんと言わねぇと!』


 光の矢となって突進したギーは、空中で二度曲がり、弓と矢を持つ腕を引きちぎった。大金星だ。



 だが、そこまでだった。


 ギーは振るわれた拳に弾き飛ばされ、我が主は投げられた槍をなんとか避けるが、地面に転がされる。

 接近していた私は剣で脚を二本とも切断され、槍により右腕を砕かれ、拳で殴られ吹き飛ばされた。


 仲良く三人、まとまって崩れ落ちる。

 痛手は与えたが、決定打にはならなかった。


『うーむ。ダメだったか!』


『痛ぇ。骨なのに骨が折れた』


 ――ここまでか。


 傷ついてなお、異様の侵略者の放つ威圧感には曇りがない。

 自らの障害であろう私たちを、残った二つの顔で睨みながら、ゆっくりと注意深く近づいてくる。


『腕三本に顔一つ。まぁ頑張った方じゃねぇか?  それに、俺達三人で粘った何百年か、当初の予定に加えて平和が続いたんだ。後の事は後の奴に任せればいいぜ』


 首だけになって転がる我が主が、カタカタと骨を鳴らして笑う。


『そうだよなぁ。おいらたち頑張ったよなぁ。あー疲れた』


 バタバタともがいていたギーも、もはや逃げることも叶わぬと悟ったのか、体勢を変えてごろりと寝転がる。

 横臥するその顔は満足げだ。


 張り詰めていた空気が弛緩し、なんだか私も、晴れやかな気持ちになる。

 もともと私も、身が砕けるまで戦えという指命を帯びているのだ。負けたとしても本懐と言える。


 私の両脚は切断され、残るは胴体と腕一本。

 最後の悪足掻きに、腕の力で飛び上がり体当たりでもするか。

 恐らくは体を粉々に破壊されるだろうが、私の闘志、心は砕けない。最後まで戦ったのだ。



『なぁ、ギー。一号。楽しかったか?』


 寝転がるギーに、最後の一撃のために隙を窺う私に、我が主が不意に問いかける。


『主殿、楽しかったですよ』


 ――とても。産んでくれたことに感謝しています。


 ギーも私も、同じ気持ちだろう。そして恐らくは我が主も。


『そうか。よかったぜ。次があったらよ、また三人で遊びたいな』


 ――えぇ。知っていますか? 新作のボードゲームがたくさん出てるんですよ。


『えっ! ほんとかよ一号! なんで言わねぇんだ!』


『なんてこった。未練ができたぞ。ギー! 俺を抱えて逃げろ!』


『無理っすよぉ! 骨折れてますって!』



 ゆっくりと近づいてくる黒き異様の侵略者。



 ――あ、言い忘れていたが、ギーの子孫は人間みたいになりました。鼠耳はありますけど。


『一号おぉぉ! てめぇぇ! それは教えとけよぉぉぉ!』


『まじかよ! 進化の秘術ってすげぇ!』


 悔しがるギー、嬉しそうな我が主。

 みなのころころと変わる表情に、私はおかしくなった。状況は絶望的なのに笑ってしまいそうだ。


 十分に近づき、剣を、槍を構える侵略者。

 この強き者は、動けない私たちを外すことはないだろう。



『かっかっか。人生ってのは何が起こるか分からねぇ、楽しいもんだぜ』


『くそっ、一号。あの世で会ったらとっちめてやる。覚えていやがれ』


 ――はっはっは。会えるといいな。


 最後まで喋り倒す私たち。

 それを聞きつつ、侵略者は腕を引き絞り、私は腕に力を込め、そして──。


「まだ諦めてはいけません!」


 そして、光が溢れた。



『ぬおっ!』


『ぐぇぇ!』


 ――ぬぅ!


 それはまさに、光の濁流。

 私たちだけでなく、侵略者をも光が包み込む。


 魔術人形ゴーレムである私でさえ視界が眩むほどの、光の奔流。

 そして光が収まったあとには、一人の少女が立っていた。


「ふぅ。なんとか間に合いましたね」


 剣を携え、簡素な鎧に身を包んだ少女は、私たちに向けて優雅に一礼した。

 騎士の礼だ。


「御三方! お初にお目にかかる! 私の名は騎士ギル・ラスティアス・プラウダ!」


 元気いっぱいに、声高らかに宣言する少女。

 その頭部には、ぴょこんと鼠耳が生えている。


 再び、光が瞬く。

 侵略者が背を向けている少女へと剣を振るえば腕が千切れ飛び、避けようと動けば脚を切られる。

 鋭い閃光が発せられる度、少女の体がぶれ、侵略者の部位が切断されていったのだ。


「ふむ。この狼藉者を切り捨てますので、少々お待ちください」


 そして少女は、はじめて侵略者へ向き合う。

 するといっそう強く、激しく光が瞬き、侵略者は動きを止めた。


「消えろ。侵略者め」


 侵略者はそのまま微動だにせず、頭の先から黒いもやとなって霧散していく。

 なにをどうしたのかは分からないが、黒き異様の侵略者は巨体を余すところなく切り刻まれ、絶命したのだ。


 そして鼠耳の少女は私たちに向き直り、花のような笑顔を浮かべた。


「アルジドノ! イチゴウ様! 大お爺ちゃん! 騎士ギル。プラウダ家の家訓に従い、助太刀に参りました!」

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