千年後……

 異界の黒き侵略者と戦い始めて、どれほどの時が経っただろうか?


 襲い来る異界の黒き侵略者は、いつからか人型になり、さらには武具を身につけるようになっていた。

 加えて、ただ衝動的に襲いかかるのではなく、こちらの隙を窺ったり、数体で連携したりと知恵も回るようになっている。


 私の右腕が切り落とされたのは、いつのことだろうか。

 右腕が無くても左腕で殴りかかれば良いし、左腕が無くなっても蹴りが放てる。


 私の頭部が砕かれたのは、いつのことだろうか。

 侵略者の降り下ろした鈍器の一撃にやられたような気がするし、自分から強烈な頭突きを放った代償のような気もする。

 あまり気にしていない。私の核は胴体の中にあるので、頭は飾りだ。


 だが、体を失えばバランスは変わるし、放てる攻撃の種類も減ってくる。


 そうして今しがた、追い詰められたところだ。

 相対するのは、私よりも大きな黒い人型。全身は黒い鎧のようなものに包まれており、手には棍棒のようなものを握りしめている。


 技を駆使し、隙を突き、時に騙し討ちを挟む。

 紛れもなき強敵であった。

 もし体が万全なら私が勝つだろうが、無いものをねだっても仕方がない。


 蹴りを放とうと脚を浮かせたところに、強烈な足払い。

 バランスを崩して後ろに倒れ込んだところで、追撃で棍棒のようなものが振りかぶられる。

 片腕は起き上がるための支えに使っている。これでは相討ち覚悟の拳撃も放てない。


 ここまでか、と私は覚悟を決めた。



 だが、黒い人型が手にした棍棒のようなものを降り下ろそうとした瞬間、その腕から先が、落ちる。


 私も黒い人型も、お互いに眼を合わせた。


 何をした? と。


 その問いにはお互いに答える術はない。

 しかしその間にも不可思議な現象は止まず、黒い人型の脚が弾け飛び、胴に穴が空き、頭部が無くなる。


 ――なんだ?


 絶命し、黒いもやになって霧散した人型。

 私は思わず辺りを見回し、信じられないものを目にした。



 身に纏うのは見慣れた灰色のローブ。

 細部にまで魔術紋が刻み込まれた杖を持ち、その杖を持つ手や、むき出しの顔は骨があらわになっている。


『よう。一号。苦戦してるじゃねぇか。手ぇ貸してやろうか?』


 長い年月により白骨化した我が主、天才魔術師ガルネクスがそこに立っていた。



 声は発されないが、意思が伝わる。

 私に向けて笑ったのだろう、骨をカタカタと鳴らす我が主。


 ――我が主……。


『あん? なんだ? 骨が喋って動くのが不思議か? 原理はお前と変わらねぇよ。 ほれ、あれ見てみろ』


 あれ、と我が主が白い骨の指で差すのは、私へ繋がれていたマナの吸い上げ装置とその管だ。


 装置は私の背中から外れてから、異界の侵略者達との戦いによりとっくの昔に潰されたか殴られたかで壊れており、いまは吸い出したマナが残骸からシューシューと漏れているのみだ。


『地下から吸い上げた膨大なマナが溢れてる。この空間を満たすマナを俺の体が吸い取り、溜め込み、体を動かすエネルギーになっている。こんなことは予想してなかったが、なるほど、興味深い』



 再度カタカタと骨を鳴らす我が主。

 私はその姿を、未だに倒れ込んだ状態で眺めていた。


 その視界に、大きな鼠のような骨がぴょんと映り込む。


『なにボケてんだよ一号! 湿気た顔しやがって』


 ――その喋り方、……ギー!


『へへっ。久しぶりだな一号。おいらが助けたんだぜ。貸しひとつだなっ』


 なんということだ。

 我が主にギー。ふたりとも骨になったところでマナを吸い上げ溜め込み、再び動き出したというのか!


 ――我が主……。ギー……。


 ようやく立ち直った私だが、言葉が詰まり上手く出てこない。


『一号、変わったな。昔は無愛想で感情もなかったのに。ほれ、手出せ。繋いでやるから』


 我が主は優しく声を掛け、切り飛ばされた私の右腕を繋ぎ、頭部を補修する。

 材料は周囲のマナが豊富な岩や砂だ。それらをこね回し、泥状にしてくっつけていく。


『これでよし、と。よく戦ったな。計画外だが、せっかく得た余生だ。俺も一緒に戦うぜ。肉体がなくなって、もう封印はできん』


『けっ。不甲斐ない一号に代わって、おいらが侵略者どもをぶち抜いてやる』


 あっという間に五体満足だ。

 しかも、心強い味方が増えた。


 我が主。ギー。共に戦えるとは!


 今までのどんな戦いよりも、力がみなぎる。共に戦えることに、心が踊る!



 丁度よいタイミングで、転移門から黒いもやが現れて巨大な人型を形作る。その数は3つ。


『お、肩慣らしにはちょうどいいな。ひとり一体な』


『おい一号! どっちが早く倒せるか勝負しようぜ!』


 ――ああ! やるとも! 負けても泣くなよギー!


『おん? 気合い十分じゃねぇか。俺も混ぜろよ!』


『けけっ。長らく寝てた主殿でも手加減しないぜっ』


 軽口を叩き合う私たち。

 そうだ、ひとりじゃない。


 修理された腕を振るい、拳を握りしめる私。

 今しがた直ったばかりだが、体の隅々まで力が通る。

 我が主が何かをしてくれたのか、むしろ直る前より調子が良いようだ。


 その杖と手にバチバチと弾ける紫電を這わせる我が主。

 天才魔術師である我が主は、速さと火力を兼ね備えた攻撃的な魔術師だ。

 本人が言うには全ての魔術が扱えるらしいが、もっぱら雷系の魔術を扱っている。


 鼠にしては大きなギーの体が、光りを纏う。

 我が主の弟子であるギーは、閃光の魔術を得意とする速さに特化した魔術師だ。

 先程黒い人型を解体し、私を救ったのはギーお得意の閃光の魔術だろう。光の瞬きの速さで突進し、相手に風穴を開ける得意技である。


 あぁ、楽しみだなぁ。

 侵略者どもめ、三体じゃ足りないぞ。もっと来い。


『行くぜ! よーいドン!』


『いっちばんのりぃ!』


 ――うぉぉぉぉっ!


 そうだ。

 遊びは多人数でやったほうがおもしろいんだ!

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