数百年とさらに数十年後……
異界の侵略者たちが現れてから何年経ったのかは分からないが、集落へ騎士ユースが折り悪くやって来た。
命を救い、仕える主の窮地を救うかもしれぬ薬を持たせ送り出してから、どれ程の月日が経ったのだろうか。
「イチゴウ殿! しばらくぶりですな。訪問がすっかり遅くなり申し訳ない」
久々に目にする騎士ユースは、随分と老け込んで見えた。
若く生気のあった肌はしわが目立ち、足を悪くしたのか、左足を僅かに引きずるような歩き方だった。
だが、歳を経てその腕前は冴えているのだろう。鍛え上げられた肉体には武威が満ちている。
若かりしころは負傷し命からがら辿り着いたこの地下に来たというのに、いまは傷ひとつ負っていない。
――久しぶりだな。息災か。
対する私も、なんだが最近は老け込んだ気がする。
我が主と別れてから、ギーが死んでから、いったいどれほどの時が経っているのだろうか。
溜め込んだマナが無くなり活動を止めるまでが私の寿命と言えるだろうが、その時間は後どれくらい残されているのだろうか。
設計者にして開発者である偉大なる我が主にしか、それは分からないだろう。
それはさておき、騎士ユースだ。
彼は荷物に目一杯娯楽用品を詰め込んでやって来た。
古くからのゲームの復刻版。見たこともないきらびやかなボードゲーム。トランプなどの定番ゲームも廃れてはいないようだ。
だが、残念ながら、非常に残念ながら、それらで遊んでいる暇はない。
「異界からの侵略者、ですか。魔術師殿の封印もついに解けたということですな」
私は騎士ユースに今の事情を説明した。
だが彼は恐怖に震えるどころか、嬉しそうにして言いはなった。
「ならば、私も共に戦いましょう」
口には出さないが、この騎士は馬鹿かと思った。
恐れるどころか嬉しそうに体に力を込めているのだ。
「歳老いて騎士を辞した後、受けた恩を返さねばと各地を回っており、ここが最後の地です。もとより恩を返せば後は死ぬだけと思っておりました。冥土の土産に侵略者どもの首を取り、後に残るものたちの驚異を減らすのも騎士の誉れ。老い先短い老骨ですが、少しでも力になりましょう」
意気揚々と武具を取りだし、整理を始める騎士ユース。
私に息をする機能はないが、ため息をつきたい気分だった。
――騎士ユース。異界の侵略者を恐れぬ勇気、守るべき者のためには死をも恐れぬ姿は真の騎士だ。そんなお前を見込んで頼みがある。
まじめにそう切り出した私に、騎士ユースは興味深そうな瞳を向けた。
次の日、騎士ユースと鼠人族は揃って私に見送られていた。
場所は、転移門の前だ。
鼠人族の皆が一堂に会する広さを持つ場所は、そこにしかない。
侵略者が遅い来れば危険だが、今しがた叩き潰したばかりだ。
しばらくの猶予はあるだろう。
「イチゴウ殿。騎士ユース、必ずや恩に報いさせていただきます。安心召されい」
自信たっぷり、頼もしげに宣言するのは、老練の騎士ユースだ。
――うむ。任せたぞ。
「イチゴウ様、本当によろしいのですか?」
不安そうな顔をして問うのは、ギーリだ。
その後ろに控える鼠人族の者たちも、同じような顔をしている。
――ああ。ここは危険だ。侵略者どももさらに手強くなり、いずれ鼠人族にも大きな被害が出るだろう。それが分かっているならば、早めに離れた方がよい。
騎士ユースには、鼠人族をこの地下から連れ出し、面倒を見てやって欲しいと頼んだ。
戦えないことにはじめは渋っていたが、昔世話になったギーリなどの鼠人族を助けること、恩に報いることなどを盾に頼み込み、了承させた。
幸いにも、彼は騎士団長としての功績を認められて領地を持つらしい。そこでならば、鼠人族総勢300名程の面倒は見てもらえるという。
鼠人族には本当に大切な物、必要な物だけを持たせ、新天地へと旅立つように言付ける。
彼らも渋ってはいたが、最終的には私の言葉に従ってくれた。
おそらくは彼らも、このままでは被害が大きくなることは感じていたのだろう。
彼らに守り主のように扱われていたことも言うことを聞いてくれた要因だろうか。
ちなみに、多くの者が大切な荷物としてゲームを持って行こうとしたので、止めさせた。
全て貸し出したりあげてしまったものだが、地上に出れば同じようなものはあるだろう。それに、旅には必要ない。
さらにいえば元は我が主の持ち物で、私とギーの思い出の品である。
古くなり全て元通りとは言えないが、ゲームの類いは小屋に詰め込んだ。
遊び終わったら、しっかり元に戻す、返すのが礼儀だ。
「では、行きますぞ」
――騎士ユース。感謝する。
「イチゴウ様。今までありがとうございました」
――うむうむ。ギーリも元気でな。
私は、離れていく彼らが見えなくなるまで見送った。
そしてまた、ひとりになった。
だが不思議と寂しくはない。
私と、ギーと、我が主。
ここにいるのはそれだけだ。最初と何も変わらない。
しかし、私の心には嬉しさが満ちていた。
今まで面倒を見てきた鼠人族を助けられそうなことか、はたまた邪魔者を気にせず侵略者と戦えることかもしれない。
理由は何でもよかった。
ただ、嬉しかった。その気持ちだけ分かれば十分だ。
私がそう分析し、少しの感傷に浸っていると、いつものように転移門から侵略者がやって来る。
しかし、その姿はいつもとは違っていた。
ひときわ大きな獣のようなもの。
取り巻きに、見慣れた大きな獣たち。そして小さな獣たち。
今までの敵とは数も質も段違いだ。
だが。
――まだまだ足りないな。まとめて捻り潰してやる。
私は門の守護者。
天才魔術師が作りし
偉大なる我が主の僕。
異世界の獣ごとき、何百襲い来ようと恐れはしない。
それに、私が勝てば勝つほど、他の者の平穏が続くのだ。
そのなかで、侵略者に対する有効な手だてを思い付く者がいるかもしれない。
――ならばますます、負けられん。
私は拳を握りしめ、笑った。
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