数百年と数日後……

「イチゴウ殿! 本当にかたじけない! このご恩には必ずや報います。聖王国アガラニアの第四騎士団長、ユース・プラウダの名と、王国の紋章、真実の眼にかけて!」


 快復した騎士ユースは優雅に一礼すると、大きな籠を背負って歩き去った。

 地下深くのこの場所から、段差や洞窟を通って地上まで、あの重そうな籠を運ぶのは骨が折れそうだ。

 私は騎士ユースの無事を祈った。


「ユース様、大丈夫でしょうか……」


 鼠人族のギーリが心配そうに呟く。


 ――なぁに。あんなにも元気なんだ。気力も十分。来た道を戻るのだし、大丈夫だろう。


 騎士ユースはしばらく養生して傷を癒し、国へと戻っていった。背には万病に効くとされる花を背負ってだ。


 調査の結果、私の立っている付近の花には大量のマナが保有されていることが分かった。


 マナとは、純自然エネルギーである。

 生き物が食料を食べるのも、その食物に溜められた自然エネルギーを取り込んでいるに過ぎない。


 なので、大量のマナを有する花を食べることは、大量のエネルギーを取り込むことになる。万病に効くというのも、おそらくは摂取するエネルギーで力をつけたり、免疫を高めて病に打ち勝つことを指すのだろう。


 どんな状態の花が効くか分からないので、騎士ユースを被験者として、乾燥させたり燻したり、生のまま食べさせたりした。


 はじめは「私が実験台となり、薬の効果を……」などと悲壮感と使命感を噛み締めていたのだが、騎士はみるみる快復し、その力がみなぎっていった。


 毒にならないといいんだが。


 騎士ユースにはとりあえず様々な処理をした花──なかには生えたままの株もある──を持たせ、送り出した。

 去り際に名乗った騎士団長という地位から、若く見えるのにひとかどの人物なのだろう。


 恩に報いるためにまた来ると言っていたので、最近のゲームを持ってきて欲しいと頼んでおいた。

 カードゲームは大事に使っていたが、長年の酷使により角が折れ、よれ、へたれているし、ボードゲームは壊れたり駒がなくなってしまったものも多い。


 何を持ってきてくれるかは完全に彼に任せ、いつになるのかも不明だが、楽しみだ。



「ユース様……」


 だが、騎士が去ってからというもの、ギーリの様子がおかしい。

 騎士ユースには世話になった礼に、と持っていた紋章旗を渡されていたが、それを胸に抱き悲しそうな顔をしている。


 紋章旗には、おそらく騎士ユースの国の紋章だろう。眼を模した繊細な紋章が描かれている。

 紋章旗。騎士が己の所属を示す象徴。名誉の旗である。

 それを渡されるとは、二人の間には何かあるのかもしれない。


 私には窺い知れないが、なんだか心がざわめいた。






 ――最近、なんでもないのに不安になるんだ。


 ある日、私はそんなことを、ギーリに話していた。

 私専属の話し相手でもある彼女は、心底心配したように眉根を寄せる。


「まぁ、どこか悪いのでしょうか?」


 ――なんだろうな。こう、ざわざわした気分になる。いままではこんなことなかったのに。


「それは気になりますね。う~ん」


 ギーリは私の体を眺めるが、特に変わったところはないのか、腕を組んで考えこんでしまった。


 まぁ、この場所で立ち始めてからもう何百年、下手したら千年を越えているかもしれないのだ。

 いくら我が主、天才魔術師ガルネクスが作り出した体でも、がたがきてもおかしくはない。


 気になってゲームにも身が入らず、ギーリに負け続けてしまい、余計に心配されてしまった。


 そんな話をしてから少し経ったある日、私の背中に繋がっていた管、マナの吹き溜まりマナプールからマナを吸い上げて私の中に蓄え続けていた装置が外れた。

 がしゃん、と外れた管が地に落ち、私の体は何百年かぶりに自由を取り戻したのだ。


 そしてそれだけで、私は全てを理解した。


 奴等が来る、と。


 転移門からの侵略者を防ぐため、我が主のかけた封印が、ついに解けたのだ。





 しばらくの後、侵略者がやってきた。

 転移門は閉じられたままだ。

 その門の合わせ目の隙間から、黒いもやのようなものが染みだし、広がり、集まって形を作る。



 はじめは、小さな虫のようなものだった。


 難なく叩き潰す。



 黒き侵略者は、やがてすぐに小さな獣になった。


 こちらも難なく叩き潰す。



 奴らの現れる間隔は不定だ。

 連続して何体も現れる時もあれば、かなり時間が開くこともある。

 だが、回を追う毎に少しずつ手強くなっていることはわかった。



 複数の小さな獣のようなもの。


 素早く、数が多いため手間取ったが、ひとつ残らず叩き潰す。



 大きな獣のようなもの。


 私の一撃に耐える。構わず連撃により叩き潰す。



 複数の大きな獣のようなもの。


 囲まれ、ついに私の体に傷がつけられる。

 といっても爪や牙のよる裂傷、体当たりでの凹みのようなものだ。


 マナを込めた泥で練り上げられた巨大な人型の体。

 長きに渡りマナを吸い上げ溜め込んできた私の体は、鋼鉄をはるかに凌駕する強度を持つ。

 久しぶりに動かす体もすぐ慣れた。


 異界の侵略者の有象無象など、天才魔術師ガルネクスが生み出した魔術人形ゴーレムである私の敵ではない。


 だが、私はひとりしかいない。

 複数の敵が現れれば殲滅に手間取ることもあり、中には逃げ出すものもいる。


 私の戦地を抜け出した先には鼠人族の集落があるのだ。

 そこは彼らもギーの子孫、凶鼠と魔鼠の子孫である。私が討ち漏らした侵略者には魔術を駆使して撃退や討伐を行っていたが、連戦連夜と戦えば疲労も溜まり怪我もする。


 いまはまだ支えているが、いつまで続くか。

 また、侵略者たちはいつ尽きるとも言えない。

 偉大なる我が主でさえ、解決策を見いだせず封印するしかなかったのだ。


 しばらく前からざわめいていた心は、異界の黒き侵略者に対する予感だろう。

 だがそれがいまや、鼠人族の未来に対する焦燥感に変わっていた。

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