数百年後……

 それから、いろいろな事が起きた。


 ギギもいつしか母になり、たくさんの子供を連れてきてはゲームで遊んだ。

 ギーのいう進化の秘術の効力か、どの子供も知能が高く、体も大きくなり人型に近くなっている。

 そしてその子供、さらにその子供。と多産かつ早熟する体質である鼠らしく、多くの者の成長を私は目にする事になった。


 やがて、彼らは穴だけの簡単な住居から離れて家を建て、集落を作った。

 石を切り出し、獣を狩り、植物を育てた。


 あるときには、私が立っている所から集落がよく見えるように、と彼らは壁を掘り、大穴を開けてしまった。

 その穴の先、少し低くなった広場には集落が広がり、その生活が一望できた。


 その営みを、私はずっと見守り続けた。

 というより、見守ることしかできないのだが。


 いつしか私は彼らの守り主として認識されていた。

 困った時には知恵を授けて欲しいと頼まれるのだ。


 こういった頭脳労働はギーか我が主の領分なのだが、私も天才魔術師ガルネクスから生み出された魔術人形ゴーレム。我が主の知恵の一部は継承されている。


 私は頼まれる度に知恵や解決策を与えた。それが効果を発揮したか否かはともかく。

 そうして彼ら──鼠人族とでも言おうか──はとにかく彼らは繁栄し、進化を続けている。


「イチゴウ様。綺麗な花が咲いていますよ」


 そうやって私に微笑むのは、鼠耳の女性だ。

 耳と尻尾はあるが、背はすらりと高く顔立ちは鼠のそれではない。

 長き時、進化の秘術を経て、ついに彼らは人になったのだ。


 ――あぁ。こんな所にも花が咲くんだなぁ。


 私がずっと立ち続けているこの場所は、たしか地下だったはずだ。

 転移門がある広場であるここの天井や集落の付近には、光る石が生えている。

 そのわずかな光を得て、地下にも花が咲くのだ。


 あるいは、光ではなくこの一帯に満ちるマナを養分としているのかもしれない。

 私に繋がれた管は経年劣化により穴が空き、所々から吸い上げられたマナが漏れている。

 それが周辺に広がり、生態系に影響を与えた可能性もある。


「えぇ、本当に綺麗ですね」


 花畑、と言えるほどではないが、集まって生えている花を眺め、目を細める女性。

 彼女は、名をギーリという。

 ギギのひ孫のひ孫、そのまたひ孫のひ孫……と延々と続くが、とにかくギーの子孫だ。


 彼女は私の話し相手兼遊び相手だ。

 ギーの遺言で、一号の相手を誰かがすること、というのを鼠人族は律儀に守っているのだ。

 その役割を担う者は、集落では神官や巫女のような扱いを受けているらしい。




 いつもように私とギーリが他愛もない話に興じていると、集落の方向からなにやら騒々しい気配が伝わってくる。

 ギーリは鼠耳をぴくぴくと動かして聞き取った。

 同時に私は、なんだかよく分からないがざわつく雰囲気を感じていた。


「イチゴウ様……」


 行ってきなさい。なにか起きているようだ。


 ありがとうございます、とギーリは駆け出していく。


 何事もなければいいのだが。







「魔術師殿! どうか! どうか我らの主をお救いくだされ!」


 傷だらけの騎士は叫び、私の足にすがりついた。


 騎士は名をユース・プラウダと名乗った。

 手傷を負い血まみれで集落に辿り着いたところを保護されたらしい。


 傍らには鼠人族の数人がおり、心配そうに様子を窺っている。

 ギーリも一緒だ。この騎士に応急手当を施したのは医術の心得を持つ彼女である。


 私が返答に困り黙ったままでいると、騎士ユースは沈黙を否定と捉えたのか、身を翻し地面に頭をこすりつけた。


「魔術師殿! 無礼非礼は承知のうえでお頼みいたす! どうか、万病に効くという薬草を譲っていただきたい!」


 私は魔術師ではない。魔術人形ゴーレムだ。

 それに万病に効く薬草、とはなんのことだろうか?


 ――少し、落ち着いてください。


 私はどうどう、とばかりに騎士をなだめた。

 そもそも情報が少なすぎるし、よく分からないことだらけだ。


 ――誰と勘違いされているのかは分かりませんが、私は魔術師ではありません。


「何をおっしゃる! 深き地下にて邪悪なる者共を押し留める賢者、雷撃の魔術師ガルネクス殿ではないのですか!」


 どうやら、この騎士の探し人は我が主のようだ。

 しかし、来るのが何百年かくらい遅くはないのか。


 ――我が主、偉大なる魔術師ガルネクスは、あちらです。


 騎士ユースは体を起こして私の指した先に視線をやり、我が主が座する祈りの座を目にして、地面に崩れ落ちた。

 なんだか悪いことをしてしまった気がしてきた。


 ――何があったかは知りませんが、力になれるかもしれません。事情を聞かせてもらってもいいですか?


 私がそう尋ねるが、騎士ユースはむせび泣いて、立ち直るまでしばらく時間がかかった。

 その背中をギーリが何も言わずにさすってやる。優しい娘だ。


 やがて落ち着いたのか、騎士は傷だらけになりながらもこの地に辿り着いた経緯を話し始めた。


「この世界を守るため転移門で侵略者を食い止めている魔術師は、封印の賢者と呼ばれています。はるか昔から語り継がれ、小さな子供でも知っていることです」


 なんと、偉大なる我が主は賢者と呼ばれているらしい。

 誰でもその偉業を知っているということで、私は誇らしくなった。


「封印の賢者は武力、智力共に優れた者。何かあれば頼り、助けを求められれば力を貸せと言い伝えられています」


 ――うむうむ。


 我が主はやはり偉大な魔術師だったのだ。

 皆から頼られ、年を経てもなお語り継がれる存在なのだ。素晴らしい。

 この騎士はなかなか良いことを言うではないか。


「ここからは私どもの事情ですが、昨年の事です。我らが王が病に倒れました。難病とされる病に侵され治療の甲斐なく弱っていくなか、精霊からの託宣が下ったのです。かの地にて門を守りし魔術師が育てる薬草ならば、万病に効くであろう、と。だがっ! 魔術師殿が既に亡くなっているとは!」


 ふむ。我が主も薬学の心得はあったのかもしれん。風邪もひかなければ病気もした覚えがないからな。

 だが、薬学の知識も死んでしまえば役には立つまい。


 そう、私は眠りだの祈りだの瞑想だのと誤魔化してはいたが、既に我が主は死んでいるのだ。

 今はその身を封印の人柱と化した、ただの亡骸である。


 ――事情は分かった。傷つきながらもここまで辿り着いた執念、責任感、大いに立派だ。お主の忠義は誰もが認めるだろう。だから今はしばし休め。傷に障るぞ。


 そう諭すと、騎士ユースはまたも地面に崩れ落ち、男泣きに泣いた。

 私はその姿がいたたまれなくなり、そっと視線を反らした。


 かの騎士も、仕える相手のために全力を掛けていたのだろう。もし私が同じような立場だとしても、同じように危険をかえりみず旅をするだろう。


 一縷の望みが潰えたいま、騎士に出来ることは泣くことだけだ。己の不甲斐なさ、無力さ、世界の無情さは心を引き裂くほどだろう。

 私はかの騎士の心中を慮り、寂寥感を覚えた。

 そして視界の端に揺れる可憐な花を充て癒される。……待て、花だと?


 ――ギーリ! 花だ! 花を調べてくれ!


 ギーリはきょとんと私を見つめた後、なるほど、という顔で頷いた。

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