十年後……

「よう、一号。元気にしてるか?」


 ある日、ギーは久しぶりに顔を見せた。

 鼠顔なので分かりにくいが、いくらかしわが増え、老けたような気がする。


 ――しばらくぶりだな。ギー。


「おう、孫が世話になってるな」


 どうやら、ギギはギーの孫だったようだ。

 これは覚えておかねば。


 ――いいよ。私も楽しませてもらってる。


「そりゃよかった。ゲームに負けてお前が泣いてないか心配だったんだ」


 ――泣くのはあの子だ。勝率は5分、と言いたいが、最近また手強くなってな。たぶん、ギーよりはゲームが上手いよ。


「けっ。そうやって誉めてるとさらに強くなっちまうぞ」


 ――ギーも一度対戦してみるといい。いい家族交流になるだろう?


「危なくなったら、わざと負けるか……」 


 久しぶりだからか、お互いに流れるように言葉が出てくる。

 思えば、私もだいぶ流暢に話せるようになったものだ。

 我が主が瞑想に入ってから、何年たったのだろうか?


「一号よぉ、進化の秘術って覚えてるか?」


 ――ああ、我が主がお前にかけたと言っていたな。


「そうだ。望む姿になれるってやつ。主殿の秘術だ」


 ギーは照れ臭そうに笑い、鼻をこすった。


「おいら、実は人間になりたいって思ってたんだ。いつか主殿のようなすごい魔術師になるんだって」


 ――だから、進化の秘術をかけてもらったのか。


「そうだ。でもどれだけ魔術を練っても、おいらは人間にはなれなかった。だけど、ギギを見たろ?」


 ギーの孫のギギ。

 彼女は鼠耳や尻尾はあるが、顔や体は人型に近い。

 二足歩行するし、私とも会話が通じる。

 体は小さく、体毛もあるが、明らかに鼠ではない。


 ――まさか、進化の秘術によって、変わったのか?


「おそらくだが、そうだ。へへっ。ひ孫や玄孫ひひまごにはもっと賢いやつがいるぜ。このままいけばいつかは人間だ」


 ギーは自分のことのように、嬉しそうに言った。


「おいら、野望が出来たぜ。いつか人間になった子供たちが、偉大な魔術師になるんだ。おいらの血だから不可能じゃない。そうしたら、やってくる侵略者なんてぶっ飛ばして、転移門もぶっ壊してやるんだ。そうしたら、主殿との約束も果たせるし、一号だって使命から解放される」


 ギーはいつの間にか、熱く語っていた。

 自分のことよりも、未来のこと、子供たちのことを。

 だが、やがてふっと体の力を抜き、ため息をついた。


 ――どうした? 元気がないじゃないか。


「……最近な。体が言うこと聞かねぇんだ」


 長いため息と、長い沈黙。


 ――寿命か?


「まぁな。主殿に拾われてから、何十年、何百年経ったかは分からないけど、凶鼠にしては長生きしたさ」



 ――そうか……。


「へっ。まだまだ遊び足りねぇんだがな。子供の行く末も見たい」


 力無く笑うギー。

 私も、なんだか力が出なかった。

 動力は今だって地下のマナの吹き溜まりマナプールから吸い上げ続けているというのに。


「そんな顔すんなよ。それともなにか、おいらが勝ち抜けすることが嫌なのか?」


 ――ふん。歳でボケたようだな。ギーが私に負け越してしまうことに同情してたんだ。


「はぁ? お前それ本気で言ってんのか? あ? やんのか?」


 ――久々にやるか? 負けて泣くなよ。


「けっ。いい度胸だ。尻の毛まで抜いてやるよ」


 ――持ってけよ。ずっと前にギーからむしり取ったやつだからな。


 それから私たちは、久しぶりにゲームで遊んだ。

 勝敗は、まぁ、よく覚えていない。

 勝ち越したような気もするし、負け越したような気もする。


 だが、私とギーは笑っていた。

 楽しそうに笑っていた。

 そんな様子を見ているであろう我が主の姿も、なんとなく楽しそうに見えた。






「イチゴーさん、おじいちゃんが死んじゃったのです」


 ある日、いつものようにギギがやってきて、私に告げた。


 ――そうか……。苦しんだか?


「いいえ。ひ孫の孫の孫にまで囲まれて、眠るように死んだのです」


 ――そうか。……そうか。


 友が死んだ。

 自分の役目を果たして死んだ。

 それならば、いい。


「おじいちゃんの遺言で、骨はイチゴーさんと、アルジドノにあげるのです」


 そう言ってギギは、袋に包まれたものをそっと差し出した。

 ギーのやつ、ずいぶんと小さくなったものだ。


 ――ありがとう。そうだなぁ。我が主の側に置いてやってくれ。ギーは主殿が大好きだからな。


「はいなのです」


 ギギは恐る恐る、といった様子で我が主の側まで行き、失礼するのです、と袋を置いた。


『へへっ』


『よう』


 ふたりの声が聞こえた気がした。

 または、私の思い出の声かもしれない。

 私は魔術人形ゴーレムだ。記憶力には自信があるのだ。


「イチゴーさん……」


 気がつけば、ギギが戻り、私を見上げていた。


 ――どうした?


「ギギがこれからもイチゴーさんとたくさん遊んであげるのです。たまには手加減して勝たせてあげるのです。だから……」


 ――ありがとう……。ギギ。私の代わりに泣いてくれるか?


「はいなのです。うぅ、うぁぁぁん」


 私の頼みに応え、ギギは力の限りわんわんと泣き続けた。私の代わりに、だ。


 友よ、許せ。私に涙を流す機能はない。

 だから友と出会い、互いに切磋琢磨したことを誇りに思おう。

 そして、宣言通りに遊び仲間を残してくれたことに感謝を。

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