数ヶ月後……

「悪いな、一号。フラッシュだ」


 ――悪いな、ギー。ロイヤルストレートフラッシュ。


「まじかよ! おいイカサマするんじゃねぇよっ」


 ――イカサマじゃない、カードの癖を覚えてる。


 私はそう言ってカードの端を指す。

 この微妙な擦りきれ具合、ハートのエースだ。


「てめぇ。カードゲームってそういうことしちゃダメだろ」


 ――ギーだってやってる。3回連続でフラッシュは狙ってる。


「へへっ。フラッシュはおいらのトレードマークさ」


 開き直り、自慢げにひげを揺らすギー。

 確かに凶鼠のギーは、我が主から伝授された閃光の魔術を得意としている。

 だから狙ってフラッシュを揃えるのだろう。

 ロイヤルストレートフラッシュじゃないのは、まだ完全にカードの癖を覚えられているわけではないからだろうか。


「はぁ、ポーカーも飽きたな。一号はポーカーフェイスだからやっててもつまらん」


 我が主の寝泊まりしている小屋を漁ったギーが見つけてきたトランプも、ポーカーをはじめとして神経衰弱、ババ抜き、大富豪などなど、もう遊び尽くしてしまった。


 ――ギーも鼠顔だから、読めない。


「うるせー。あーあ、なんか面白いことないか?」


 ――しりとりでもする?


「嫌だよ。お前毎回『る』で攻めてくるだろ。意地が悪いんだよ」


 ――ギーこそ、『め』ばっかりなのは正直苛つくな。


 我が主に後を任されはしたが、私たちは暇を持て余していた。

 凶鼠のギーはあれから定期的に住処の付近の見回りをするようになったが、後を任された使命感から始めたそれは今や散歩と同義だ。


 そして私は、そもそも動くことができない。

 天才魔術師ガルネクスが生み出した魔術人形ゴーレムたる私は、その動力となるマナ、純自然エネルギーを溜め込むため、地面から生えた管が背中に繋がっている。


 ちょうど地面の下にあるマナの吹き溜まりマナプールから吸い出されたマナは管を通り、今も私の中に流れ込み続けている。


 この場所一帯にはマナが溢れている。その量はいくら吸っても尽きることはないと思えるほどだ。

 転移門の起動には大量のマナを必要とする。誰がここに門を設置したのかは不明だが、溢れるマナがあるため、この場所が選ばれたのだろう。


 そしてその膨大なマナの一部は、私の体に蓄えられていく。

 いつか来たるべき時、侵略者どもをこの手で叩き潰すための動力となるのだ。

 吸えば吸うほど、私の体のなかには力が満ちていく。我が主が与えてくれた最高の体で、文字どおり粉々に砕け散るまで戦えるだろう。


 それはさておき、平時の今は力を溜めているのだ。動けないこの体が恨めしい。


「あーあ。……掃除でもするか」


 相当暇なのだろう、怠け者のギーからは到底あり得ない選択だ。

 それほどまでにここは退屈で、変化が少ないのだ。


 ――がんばって。


「けっ、働きもせず食ってばっかりとは、いいご身分だぜ」


 ――遊び相手のギーには感謝してるよ。ありがとう。


「……けっ。けっけー」


 ギーは謎の言葉を発しながら、掃除のために我が主の寝泊まりしていた小屋に入っていった。

 ……怒らせてしまっただろうか?


 ギーは一度へそを曲げると、寝て起きるまでは口をきかない強情なやつだ。そんなやつでも、少しの間話し相手がいないのは、退屈だ。


 その後、私が部屋から出るごそごそという音に耳を傾けていると、不意にがらがらと何かをひっくり返す音がして、ギーが血相を変えて飛び出してきた。


 ギーは箱のようなものを抱き抱え、私の目の前まで駈けてくる。


 ――なにがあったっ!?


 慌てて問いかける私に対し、ギーは抱えていた箱を得意顔で掲げて見せる。

 箱の文字は『カルン島の開拓者たち』と読める。


「ボードゲームがあったぜ! 掃除はやめだ! 一号! これで遊ぼうぜ!」


 偉大なる我が主は瞑想に入り、私は未完成のまま。

 変化も少なく退屈な毎日だ。


 だが、唯一ありがたいことは、その退屈を紛らわす遊び相手には事欠かないことか。

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