転移門の守護者
シン
始まりの日
「じゃあな、あとは任せたぜ」
偉大なる主、本人が言うところの天才魔術師ガルネクスは私たちにそう言付けて、祈りの座に向かった。
「主殿、本当にやっちゃうのか?」
我が主の傍らに常に侍り、長年その行動を助け続けた眷属、凶鼠のギーが髭を揺らしながら名残惜しげに尋ねる。
ギーとは時折が意見がぶつかるのだが、今回ばかりは私も同意見だった。
「当たり前だろ。俺がやらなきゃ他に誰がやるんだ?」
偉大なる我が主は自慢げに笑った。
その視線は凶鼠のギー、私と順に捉え、最後にある巨大な門へ向けられた。
巨大な門──異世界と繋がる転移門だ。
我が主はこれから人柱となってその門を封印するというのに、その口調には一片の迷いもない。
「異世界からやって来る異形の侵略者ども。天才魔術師である俺にも尻尾を掴ませない程に狡猾な奴等だが、門ごと封印しちまえば、しばらくは手が出せんだろう」
話しながら我が主は、岩石の地面より一段高くなり、周囲にびっしりと魔術紋が彫られた祈りの座にて胡座をかいた。
その身に纏う灰色のローブや衣服にも、その手に持つ杖にまで細かく魔術紋が刻まれている。
我が主は有効であれば自らの身体中に魔術紋を刻むだろうが、長き時を必要とする封印により、いつか肉は朽ちてしまうため行わなかった。
「任せたって言ったろ? それとも不安か? 天才魔術師ガルネクスの叡知を分け与えた唯一の弟子、凶鼠のギー」
からかうようにギーに問いかける我が主。
そこまで言われては、ギーも泣き言は言えない。
我が主への恩と、我が主からの期待に泥を塗るわけにはいかないからだ。
「……分かったよ。主殿。任された」
凶鼠という、鼠の序列のなかで頂点に君臨する種であるギーは、その小さな瞳に涙を溜めながらも気丈に言いきった。
「頼んだぞ、ギー。お前には進化の秘術を掛けた。長き時が必要だろうが、研鑽を重ねれば、いつかは思い描く高みへと至れるだろう」
「へんっ。弟子は師匠を越えるんだ。いつかは主殿が封印しか出来なかった侵略者どもを、おいらが倒してやるさっ」
そして、見回り行ってくるっ! とギーは涙をこぼしながら駆け出してしまった。
主殿との別れはもう十分らしい。
いつもは面倒がって見回りなんてしないのに。と私はすこしだけ笑った。
「期待してるぜ……。もちろん、お前にもな」
我が主は私の大きな体を見上げ、声をかけた。
がんばります。
「ああ、天才魔術師ガルネクスの持つ技術の粋を詰め込んだ
私を産んでくれて感謝しています。我が主。
私はまだまだ未熟者だ。ギーのように声を発することは出来ない。幸いにして念により意志疎通は可能だが、会話が可能なギーが少しだけ羨ましい。
我が主に言わせれば、私は未完成がゆえにいじり甲斐、遊び甲斐があるらしいが、おそらくこれから新たになにか機能が追加されることはない。
私は寂しい。
それは己が成長しないからだろうか? それとも我が主と離れてしまうからだろうか?
「俺の封印が保つのは数百年か、千年か分からんが。その後に門の封印が解ければ、侵略者どもは必ずやって来る。そうしたら一号、お前の出番だ。お前には天才魔術師ガルネクスの戦闘技術を叩きこんである。そうそう負けはせん。その体が粉と化すまで戦え」
わかりました。がんばります。
「うむ。よし。では、さらばだ」
短く別れを告げ、我が主は祈りの座にて瞑想に入った。
そしてもう二度と、声を発することもなく、笑うこともなかった。
私はそれが、とても悲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます