今話したいこと、今だから言えること
ツアー最終日の翌朝。
明け方まで何度も愛し合った二人は、裸のまま幸せそうに抱き合って眠っていた。
ベッドのそばには脱ぎ捨てられた衣服が散らばっている。
太陽は高いところに昇り始め、カーテンの隙間からまぶしい日射しが部屋を照らす。
「うーん…。」
レナが小さな声を上げ、ゆっくりと眠そうな目を開いた。
隣ではユウがスヤスヤと寝息をたてている。
レナは掛け時計を見て、小さくため息をつく。
(もう11時…。)
気持ち良さそうに眠っているユウの寝顔をじっと見ながら、レナはそっとユウの頭を撫でた。
(ユウったら…ホントに朝まで寝かせてくれないんだもん…。)
夕べのことを思い出し、レナは恥ずかしさに頬を染める。
(あれって…コスプレって言うんじゃ…。)
床に脱ぎ捨てられたチャイナドレスを見て、レナはまた顔を真っ赤にした。
(でも…ユウにあんなふうにお願いされるとイヤって言えない私もどうなの…。)
ユウの色っぽい眼差し、甘いキス、肌に触れる優しい手、耳元で囁く甘く掠れた声。
気が付けばユウに溺れている自分。
(溺れてるのは私の方かも…。)
レナは眠っているユウの、甘く整った顔をしげしげと眺める。
(寝顔もやっぱりカッコいい…。)
ステージの上でギターを弾くユウは最高にカッコいいと思ったけれど、こんなに無防備に安心しきったユウの寝顔が愛しくて、やっぱり二人きりでいる時の自分しか知らないユウが一番好きだと思う。
(ユウのこと、いつの間に、こんなに好きになってたんだろう…。)
ずっとそばにいた優しい幼なじみのユウが、離ればなれの10年を経て愛しい人になり、今では掛け替えのない大切な夫だ。
(もう、ユウのいない毎日なんて考えられないな…。ユウと離ればなれだった頃は、うまく笑うこともできなかった…。毎日息苦しくて…寂しくて…ずっとユウに会いたくて…。それでもなんともない平気な顔してたんだ…。)
レナは細く長い指でユウの頬にそっと触れた。
(ユウとまた会えて…初めて恋をして…。つらいこともあったけど、やっぱりユウに会えて良かった。ユウと一緒にいるようになってから、ずっと下ばかり向いてた私の世界が、どんどん広がって、明るくなった気がする…。)
ユウの唇にそっと指で触れる。
(初めてのキスは涙の味だったな…。2度目も3度目も…ユウに無理やりキスされて…怖くて悲しくて、泣いたっけ…。)
もしかしたらあの時、ユウは伝えられないレナへの気持ちが抑えきれなくて、自分の口をレナの唇で塞いだのかも知れない。
(不器用だけど強引なんだもんな…。)
レナは少し笑って、ユウの唇に自分の唇をそっと重ねる。
(今は…ユウとのキスは、甘くて幸せ…。)
もう一度レナが口付けると、ユウが突然レナを抱きしめた。
「えっ?!」
レナが驚いて声を上げると、ユウは抱きしめる腕に力を込める。
「オレの寝顔そんなにじっと見つめて、何考えてんの?」
「起きてたの?!」
「うん。レナが起きる前から。」
「えぇっ?!ずっと寝たフリしてたの?!」
「うん。でもレナがあんまりじーっとオレの顔見てるから、なかなか目を開けるタイミングが掴めなかった。」
(は…恥ずかしい…。)
恥ずかしさで真っ赤になったレナの頬に、ユウは優しく口付ける。
「おはよ、オレのかわいい奥さん。」
「おはよ…。意地悪な旦那様…。」
ユウは笑いながらレナを腕枕して、優しく髪を撫でる。
「で、何考えてたの?」
「……内緒。」
「えっ、オレに言えないようなこと?」
「違うよ。ユウのこと考えてたの。恥ずかしいから、何考えてたかは内緒。」
「聞きたいな。」
ユウはレナの額に優しく口付ける。
「ダメ…。恥ずかしい…。」
「恥ずかしいって…なんかやらしいこと?」
「違うもん!!いっつもやらしいこと考えてるのはユウの方だもん!!」
「言ったな…?」
ユウはいたずらな目で笑うと、レナに覆い被さり、柔らかな胸を大きな手で包んで、何度も素肌に口付けた。
「やっ…夕べあんなに…!」
「夕べは夕べ。今は今。オレはいっつもやらしいこと考えてるから。どうやってレナを悦ばせようかって。」
「えぇっ?!待って…謝るから…。」
「謝るの?」
「いっつもやらしいこと考えてるなんて言ってごめんなさい…。」
「うーん…どうしようかな?」
「許してくれないの?」
「まぁホントのことだしな…。」
「えっ?」
「許してあげるから、さっき何考えてたか教えてよ。」
ユウはまたレナを腕枕して、優しく髪を撫で、愛しそうに口付ける。
「…いろんなこと…。」
「オレのこと、いろいろ考えてたんだ。悪いことばっかりだったらショックだな…。」
「違うよ…。ユウに会えて良かったって…。」
「ホント?」
「うん。」
「もっと聞きたい。」
「じゃあ…前に言ってた、私の好きなところも教えてくれる?」
「いいよ。今日は休みだし、このままこうしていようよ。誰にも邪魔されないし、二人きりでのんびり過ごそう。」
「お腹空かない?」
「お腹空いたらレナを食べる。」
「もう…!!」
「冗談。じゃあ、とりあえずごはん食べて、シャワーして…また二人でゴロゴロして、いろんな話をして…思いっきりイチャイチャしようかな。」
「イチャイチャ?!」
「新婚だから。」
二人は起き上がってシャワーを浴びた後、一緒にキッチンに立って食事の用意をする。
もうお昼なので、お腹が空いた二人はボリュームたっぷりのサンドイッチを作ることにした。
レナが卵を湯がいて刻み、ユウがマヨネーズと塩コショウで味付けをする。
レナがレタスを洗って水気を切り、ユウがパンにマヨネーズを塗ってハムやチーズと一緒にレタスを乗せる。
「昔、テーマパークに行った時さ、レナが弁当作ってくれたじゃん。」
「うん。そうだったね。」
「あれ、めちゃくちゃ嬉しかったんだよな。サンドイッチとか唐揚げとか…すげーデートっぽい!!って、一人で感動してた。手繋いでドキドキして、観覧車に乗って…肩抱いて写真撮ってものすごくドキドキして…抱きしめたいなーとかキスしたいなーとか、思い切って告白しようかなーとか…。でもやっぱり何も言えなくて、時間が止まればいいのにとか思いながら、また手を繋いで…ゆっくり歩いて…。家の前に着いても、このまま抱きしめて帰したくないなとか…結局何もできなかったんだけど…。」
「ふふ…。そうなんだ。ユウかわいい。」
「あの時はオレの片想いだったからな…。オレにだって、そんな純情な時があったんだよ。」
「今はすっかり変わっちゃったけど?」
「レナが好きだって気持ちは、ずっと変わってない。昔より今の方がもっと好き。」
「じゃあ、ハイ。」
レナはいつもユウがそうするように、頬をユウに向かってつき出してみる。
「ん。レナ大好き。」
ユウがレナの頬と唇にキスをすると、レナは少し照れ臭そうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
一緒に作ったサンドイッチでお腹いっぱいになった二人は、ソファーで肩を寄せ合って、のんびりとユウの作ったカフェオレを飲む。
「ユウのカフェオレ大好き。」
「そうなんだ。」
「不思議なんだけど…ユウが作ったカフェオレは、他のと全然違うんだよ。」
「何も特別なことしてないけどなぁ…。どんなふうに違うの?」
「んーとねぇ…。優しい味がする。」
「なんだ、曖昧だな。」
「だって、ホントにそうなんだもん。」
レナはカフェオレを飲んで微笑んだ。
「私にだけ、わかるのかな?」
「オレはいっつもレナのこと想ってるから。カフェオレにもそれが出るのかも。」
「優しい味の正体は、ユウの愛情かな。」
「そう言われると恥ずかしいんだけど…。」
ユウは照れ臭そうにカフェオレを飲む。
「ユウのカフェオレの味は…ずっと変わらないもんね。私がニューヨークに行く前にここで飲んだ時も、高校生の頃と同じだったから…もう会えないのに、なんでこんな時に好きだって気付いちゃうんだろうって、切なくなっちゃった。」
「二人で黙って飲んだな…。何も言えなくて、気持ちばっかり焦って…。結局好きだって言えなくて、レナを抱きしめることしかできなくて…。またレナを泣かせちゃったんだけどな。」
「ホントだよ…。私の初めてのキスは涙の味だったよ。2度目も3度目も。ユウ、突然何も言わないで無理やりキスするから。」
「イヤだった?」
「イヤって言うより…怖かったし、悲しかったよ…。」
「ごめん。泣かせるつもりなんかなかったけど…レナが好き過ぎてどうかしてた。」
「うん。もういいよ。今は違うから。」
「じゃあ、キスしていい?」
「改めて言われると照れ臭いよ…。」
「レナ、愛してる。」
ユウはレナの唇に、優しく口付けた。
(今はユウと、こんなに甘くて優しいキスしてる…幸せだな…。)
カフェオレを飲み終えた二人は、ベッドに寝そべってのんびりと過ごした。
ユウに腕枕をされながら、レナはユウの大きな手を握る。
「ユウの手、好き。」
「なんで?」
「おっきいし…優しいし…あったかいし…頭撫でられると安心するし…。大好き。」
「やらしいけどな。」
「うん。でも好き。」
ユウはレナの髪を優しく撫でる。
「世界一かわいいな…。オレの奥さん…。」
「口癖?」
「いや、本心だから。」
「うちの旦那様はやっぱり激甘だね。」
「新婚だしな。」
レナはユウの言葉を聞いて、ふと思い出す。
「ねぇユウ。新婚の定義ってなんだと思う?」
「新婚の定義?」
「運転免許みたいに、結婚して1年以内とか…子供ができるまでとか…いろいろ考えたんだけど、新婚とそうでない夫婦のどこに境界線があるんだろうね。」
「そうだなぁ…。オレとレナは間違いなく新婚だよな。結婚してまだ4ヶ月ちょっとだし。」
「うん。ダディがね、お互いの懐探り合ってるうちは何年経っても新婚だ、って。新婚のうちにできるケンカはしておけ、って言ってた。」
「なるほどなぁ…。ヒロさん48くらいだっけ?ハタチで結婚してすぐに子供が生まれて、その子ももう立派に巣立っちゃってるから、新婚時代にゆっくり過ごせなかった分、奥さんと二人きりの新婚気分生活楽しんでんだよ。ヒロさん愛妻家だし、奥さんはヒロさんに甘いし。」
「素敵な夫婦だね。」
「新婚のうちに、二人じゃないとできないこといろいろしておこうか。」
「どんなこと?」
「とりあえず、ゆっくり新婚旅行しよう。」
「沖縄行きたいな。」
「そう言えば、修学旅行の時におそろいで買った琉球ガラスのグラス、どうした?」
「…大学の近くに引越した時、荷物整理してたら落として割っちゃったの。ユウとおそろいなのにって、悲しくて泣いちゃった。」
「じゃあ、今度また一緒に買いに行こう。オレもロンドン行く前に、レナのこと忘れるつもりで全部処分したから、もう持ってないんだ。」
「そうなの?」
「結婚前にアルバム見せてもらった時に、あれどうしたかなって思ってたんだけど、ずっと聞きそびれてた。」
二人は手を握り、顔を見合わせて笑った。
「聞いてみたいことがいろいろあるんだね。」
「うん。卒業アルバムのオレの写真、もしかしてレナが撮った写真使った?」
「よく気付いたね…。」
「うん。なんか、他のと違うなぁって。」
「それは…あれだね。ユウのカフェオレと同じかも。」
「レナがオレのこと、すごく見てたから?」
「そうだよ。高2の文化祭前に第二音楽室で軽音部が練習してた時、私が向かいの校舎で写真撮ってたの、覚えてる?」
「あぁ…。オレがレナに気付いて大声で呼んだら、あんなに遠くにいるのによく気付くなってみんなビックリしてた。」
「あの時、何撮ってたと思う?」
「校舎からの風景?」
「うん。ユウのいる風景。」
「オレ?」
「そう。望遠レンズ付けてユウを撮ってたの。そうしたら、レンズ越しにユウと目が合ってビックリした。」
「そうなんだ…。」
高校生の頃のことなんて、もう随分前のことなのに、一緒に過ごしたあの日の記憶は、今も鮮明に覚えている。
「こういう話ができるって、幸せだな。」
「うん。今だから話せることってあるよね。」
「オレの頭ん中は、昔も今もレナでいっぱいだけどな。」
二人でのんびりと過ごしているうちに、陽は傾き、空がオレンジ色に染まり始めた。
相変わらずユウとレナは、ベッドに寝そべって思い出話をしながら、見つめ合ったり、手を握ったり、頭を撫でたり、キスをしたり、二人きりの時間をのんびりと過ごした。
「もう夕方になっちゃった。」
「時間経つのが早いな。」
「晩ごはんどうする?」
「簡単なものでいいから、もう少しこのまま、のんびりしてたいな。」
「うん。」
それからしばらく経ってお腹が空いた二人は、一緒にキッチンに立って夕飯の支度を始めた。
「パスタでも作るか。」
「なんのパスタにする?」
「それはやっぱりあれだろ。」
「うん。」
冷蔵庫から、ナポリタンの材料を出して、ユウがパスタを茹で、レナが材料を切る。
レナが切った材料と茹で上がったパスタを、ユウが手際よく炒める。
「二人で料理するの、楽しいね。」
「そうだな。」
「昔、二人でよく作ったね。」
「うん。」
ビールで乾杯して、できあがったパスタを二人で食べた。
「やっぱりユウの作ったナポリタンはおいしいね。私、昔からこれ大好き。」
「そんなに好きならいくらでも作るけど。」
「いつか子供ができたら、きっと子供にも作ってあげるんだろうね。」
「子供がいるのといないのとでは、全然違うんだろうな…。オレたち、今は二人だから夫婦中心の生活楽しんでるけど、子供が生まれたら子供中心の生活になって…。特に母親のレナはそうなると思う。」
「いろいろ変わってくんだね。」
「でもやっぱり…もうしばらくは、レナだけ見てたいな。子供の頃からずっと好きだったレナと10年も離れて、やっと恋人になれて…結婚して…。考えてみたらオレたち付き合い出してから、まだ1年ちょっとしか経ってないんだ。」
「そう言えばそうだね。付き合うのと同時に一緒に暮らしてるからかな、もっと長く一緒にいる気がするね。」
「ずっと二人でいたい気もするけど…サトシとかシンちゃんとか見てると、子供のいる生活もきっと幸せなんだろうなーと思うし。だけど早いうちに子供ができたら、新婚生活どころじゃないんだろうな…。」
「どうだろう?奥さんのお腹が日に日に大きくなっていくの見て、かわいい赤ちゃんがいる新婚生活も、幸せなのかも。」
穏やかに微笑むレナを見て、ユウは少し照れ臭そうに尋ねる。
「レナは…子供…早く欲しい?」
「今はまだピンと来ないけど…いずれはユウと一緒に家族を作れたら幸せだなって…。」
レナの自然な言葉に、ユウは心が温かいものに包まれるような気持ちになった。
「じゃあ、それまでは二人きりの時間、目一杯大事にしようよ。いつ子供ができても、喜んで受け入れられるように。」
「そうだね。」
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