嘘つきな秘密

レナが神戸から帰った後、`ALISON´は関西のラジオ番組やテレビの情報番組へのゲスト出演等をいくつかこなし、大阪と京都でのライブを終えて、今夜、一時帰宅することになった。



ユウが留守の間、レナは時間を見つけて母親たちや友人の元へ、神戸土産のバウムクーヘンを届けた。


(今日はユウが帰って来たら、一緒にバウムクーヘン食べようかな。楽しみ…。)




夕方、仕事を終えてから会う約束をしていたヒロにも、バウムクーヘンを届けた。


奥さんが甘いものに目がないそうで、ヒロも喜んでくれた。


「ツアー最終日はカメラマンの仕事か?」


「ハイ。」


「その日、オレはアイツらのライブにゲスト出演することになってんだ。ちょっとしたサプライズで、スクリーンジャックするから。」


「そうなんですか?」


「ところで、レナの歌だけどな…クレジットどうすればいい?」


「ああ…そこまで考えてなかったですね。」


「アリシアはモデルの仕事で使ってるし、レナだとすぐに正体バレてつまんねぇからな。何がいいかなぁ…。」


ヒロは顎に手をあてながら考える。


「Rena…an-Re…よし、アンリにしよう。」


「随分簡単ですね…。」


「いいんだよ。」


ヒロは笑いながらタバコに火をつける。


「その後どうだ?」


「私たちはうまくいってますけど…。」


「ケイトのことが気になるか?」


「ダディにはやっぱりお見通しですね。」


「まぁな。アイツもプロだから、今はお互いの音楽活動に支障が出ないようにおとなしくしてんだろうな。」


「ツアーが終わる頃にはCDが出ますよね。それからテレビ出演なんかの予定があって、その後はどうするんでしょう?」


「しばらく日本で活動するとか言ってたけど、アイツらと一緒にやるのは今回だけだろ。」


「ケイトは…どう思ってるんでしょうか…。」


レナが呟くと、ヒロは笑いながらタバコの煙を吐き出した。


「ユウのことか…。それはユウがハッキリしてやらねぇと、ケイトも次に行けないんじゃないか。」


「私、ケイトの曲を聞いて、ちょっと切なくなっちゃいました。ユウを譲るわけにはいかないけど、ケイトも本気だったんだろうなって思うと…なんかつらくて。」


「レナはホントにいい子だなぁ…。」


ヒロは笑いながら優しくレナの頭を撫でる。


「レナが心配することじゃないさ。どんなに追いかけても自分のものにならないユウを想い続けるくらいなら、ちゃんと終わらせてやった方が、お互いにとっていいに決まってる。」


「そうなんですけど…逆の立場だったらと思うと…。」


「じゃあ、ユウをケイトにくれてやるか?」


「それはダメです!」


「それならユウを信じてやりな。」


「ハイ…。」




夜になって、ユウが帰宅した。


レナはユウの帰りを玄関で出迎える。


「お帰りなさい。お疲れ様。」


笑って出迎えるレナを嬉しそうに抱きしめて、ユウはいつものようにレナの肩口に顔をうずめた。


「ただいま。」


ユウはレナに軽くキスをして微笑む。


「いい子で待ってた?」


「すごくいい子にしてた。」


「じゃあ、後でご褒美あげる。」


「うん。」



夕飯の後、楽しみにしていた神戸のバウムクーヘンを切り分けて食べた。


「おいしいね。」


「うん。うまい。」


「これ、有名なんだね。テレビでもご当地銘菓だって紹介されてたんだって。結婚式の引菓子なんかによく使われてるらしいよ。」


「へぇ…。結婚式の引菓子にバウムクーヘンって、なかなかいいな。これから二人で年輪を重ねて…みたいな感じかな。」


「みんな喜んでくれたよ。岡田くんとこのユイちゃんは1年生になってすっかりお姉さんだったし、アイちゃんはもう、伝い歩きとかしてたの。マユはつわりでまだ時々しんどいらしいけど、順調だって。直子さんとテオさんも相変わらず仲良しだし、元気そうだったよ。リサに、神戸の店舗でユウが服買ってくれたって話したら、すごく喜んでた。」


「そっか…レナも仕事で忙しいのに、みんなのところに届けてくれたんだ。」


「うん。いい子でしょ。あとね、ヒロさんの奥さん、甘い物に目がないんだって。」


「えっ?!ヒロさんにも直接渡したの?」


「うん。喜んでたよ。奥さんが前から食べてみたいって言ってたんだって。」


「そうなんだ…。」


(12年経っても、オレにとってヒロさんは、恩もあるし尊敬もしてるし、恐れ多いというか…少し怖い存在なんだけどな…。レナは平気で懐に飛び込んでくんだな…。)



夕食と入浴を済ませると、二人でソファーに座ってゆっくりとビールを飲んだ。


「やっぱりユウと一緒に飲むとおいしい。」


「オレも、レナと一緒がいい。」


ユウはレナの唇に軽くキスをして、優しく髪を撫でた。


「そうだ。ちょっと待ってて。」


ユウは自分の部屋に行って、ずっと渡しそびれていた誕生日プレゼントを持ってリビングに戻り、レナに渡した。


「これ。開けてみて。」


「えっ、なあに?」


「誕生日、一緒にお祝いできなくてごめんな。レナに一人で寂しい誕生日過ごさせちゃったから、せめてプレゼントくらいはと思って次の日に買いに行ったんだけど…いろいろあって、ずっと渡しそびれてた。」


紙袋の中からバッグを取り出し、レナは嬉しそうに笑った。


「わぁ…かわいい…!」


レナはバッグを肩に掛けてユウに見せる。


「どう?」


「思った通りすごくいい。気に入った?」


「うん、ありがとう!すごく気に入った。あ…この小さい包みは何?」


レナは小さな包みからバレッタを取り出し、目を輝かせた。


「キレイ…。」


「それ、遅くなったけどチョコのお礼。挙式のことでバタバタしてたから、ホワイトデーのことすっかり忘れてて。」


「ホワイトデーは、素敵な結婚式を挙げて、みんなにお祝いしてもらって、ユウから素敵な歌をもらったよ。」


「…それはそれ。」


レナは髪をひとつにまとめ、ユウのくれたバレッタで留めた。


「似合う?」


「うん、すごく似合う。」


ユウは満足げにレナを見つめて、ギュッと抱きしめた。


「はぁ…オレの奥さん、なんでこんなにかわいいんだろ。」


「何言ってるの…。」


レナは照れ臭そうに呟く。


「昔もかわいかったけど、付き合い始めてからレナがどんどんかわいくなっていくんだよ。」


「えぇっ…。私は何も変わってないよ。」


「オレの前では、泣いたり笑ったり怒ったり、すねたり照れたり恥ずかしがったり…いろんな顔するようになった。昔よりよく話してくれるし。知らなかったレナの素顔がひとつ見えるたびに、オレに心をゆるしてくれてるんだって思えて、すごく嬉しい。」


「ユウも…昔はいつも優しく笑ってそばにいてくれたけど、今は、昔からは考えられないようなこと、言うもんね。」


「…どんな?」


「無自覚なんだ。」


レナがおかしそうに笑うと、ユウはレナの脇腹をくすぐりながら笑って言う。


「無自覚はお互い様だろー!」


「やだ、くすぐったい!やめてよー!」


「ダメ、やめない。もっと笑わせる!」


「ユウの意地悪ー!!仕返ししちゃうからね!!」


二人はソファーでくすぐり合って笑い転げ、やがて息を上げてお互いに寄りかかった。


「つ…疲れた…。」


「ユウが…始めたん…でしょ…。」


「そうだった…。」


しばらく経って上がった息が整うと、二人はお互いに顔を見合わせて笑った。


「レナとこういうことしたの、初めてだ。」


「ホントだね。私、こんなに大笑いしたの、初めてかも…。」


「レナはいつも感情をあまり外に出さなかったもんな…。オレの前では少し笑ったりはしてくれたけど。」


「最近、ユウの前で、生まれて初めて思いきり泣いたり笑ったり怒ったりしてる。」


ユウは微笑んでレナを優しく抱きしめた。


「それって、オレはレナにとって、自分をさらけ出せるくらい特別ってことかな。」


「うん…。そうなのかも…。」


「すげー嬉しい。」


二人は見つめ合って微笑み、唇を重ねた。


唇が離れると、ユウはいたずらな笑みを浮かべて、レナの目を覗き込んだ。


「じゃあ、もっともっとオレだけにさらけ出してもらおうかな。」


「えっ?!」


ユウはレナを抱き上げベッドに運ぶ。


「思いっきり、さらけ出していいよ?」


「もう…!昔からは考えられないって…そういうところだからね!」


「んー…しょうがない。お互い様だよ。」


ユウはレナの首筋にキスをしながら、大きな手で優しくレナの胸元を撫でる。


「ん…。」


レナが小さく声を上げて、ピクリと肩を震わせると、ユウはレナの頬に口付けて、ニヤリと笑った。


「レナ、付き合い出した頃はそんな顔しなかったもんな。昔からは考えられないくらい、色っぽい顔するようになった。」


「もう…!ユウのせいだもん!!」


「ホント?じゃあ、もっと見たい。」


ユウはレナの唇にいつもより激しく口付けた。


レナのパジャマのボタンを外し、ユウは大きな手でレナの体に触れる。


「オレだけのレナ、もっともっと見せて?」


「うん…。」


少しの間離れていた分だけ、お互いの肌の温もりと、触れ合う唇や、体をなぞる指の優しさが心地よくて、レナはいつもより深くユウを感じた。


ユウは、いつもよりユウを感じて乱れるレナがたまらなく愛しくて、何度も何度も愛してると囁き口付けた。



お互いのことしか考えられなくなるほど満たされて、二人はしっかりと抱き合いながら、幸せな気持ちで眠りについた。




4月の終わりから始まったライブツアーも終盤に近付き、残すところあと数ヶ所となった。


福岡でのライブには、レナも密着取材で同行した。


その日のライブでも、ユウはレナにピックを投げた。


そしてやはりレナはアンコール前のMCで、今日こそは捕まるまいと、ステージから少し離れた場所にこっそり身を潜めていたはずなのに、あっさりとタクミに見つかり、捕まって強引にステージに連れ出されてしまった。


相変わらず大勢の観客の前で固まるレナを支えるようにして、ユウはレナとの結婚をファンに報告した。


福岡のライブの後、レナと相川はメンバーたちと食事をしてから、翌朝の新幹線に乗るために駅前のビジネスホテルに宿泊した。


レナは博多駅の土産物屋で辛子明太子を買って帰り、ユウが東京に戻ってから明太子パスタやタラモサラダなど、いろんな明太子料理を作ってユウを喜ばせた。



そしてとうとう、ライブツアー最終日。


会場が東京なので、二人は一緒に朝食を取り、ユウは先に仕事に出掛けるレナを玄関で見送る。


レナはユウがプレゼントしたバッグを肩に掛けて、バレッタで髪をひとつにまとめていた。


「また会場でな。」


「うん。ユウ、頑張ってね。」


レナがユウにそっとキスをすると、ユウは嬉しそうにレナを抱きしめた。


「今日はレナがキスしてくれたから、めちゃくちゃ頑張れる。」


「ふふ…。私も。」


もう一度軽くキスをすると、小さく手を振りレナは仕事に出掛けた。


「よし、オレも出掛ける準備するか。」


ユウは部屋に戻り、レナからの誕生日プレゼントの包みを開けると、真新しいそのシャツに袖を通す。


(おっ、ピッタリだ…。しかもすげーオレ好みだな…。)


一緒にいると、何も言わなくても相手の好みまでわかるようになるのかと感心しながら、ユウは鏡を覗き込む。


(レナもバッグとバレッタ気に入ってくれてるみたいだし…。あのバレッタ、今日もつけてたな。そんなに喜んでくれるなら、またプレゼントしようかな。)




ライブ会場でユウがリハーサルをしていると、レナがカメラを肩に提げて現れた。


どんなに遠くにいても、ユウはすぐにレナに気付く。


レナはステージの近くにやって来てみんなに挨拶すると、いつものようにカメラを構えて写真を撮り始めた。


「あーちゃん、お疲れー。今日もよろしく。」


ステージからタクミが声を掛けると、レナは笑ってうなずく。


そしてユウを見て、ニッコリ笑った。


(はぁ…かわいい…。)


レナの笑顔にメロメロになったユウも、小さく手を振って微笑む。


「いいなぁ…新婚さんは。」


ユウとレナの様子を見て、トモがニヤニヤ笑いながら小さく呟く。


「ホントに羨ましいねぇ…。」


リュウも同じように笑って、それに同意した。


ユウはそれをサラリとかわした。


「早く相手見つけて結婚すればいいじゃん。」


「コイツ…言うようになったな。」


「生意気だな、コイツ!」


トモとリュウが、ユウの脇腹をくすぐる。


「やめろって…!」


レナはクスクス笑いながら、そんな様子をカメラに収めた。



開演時間になり、最終日と言うこともあって、今日のライブはいつも以上の盛り上がりを見せた。


レナも`ALISON´のみんなの勇姿を逃すまいと必死でその姿をカメラで捉える。



そしてまた、ユウはカメラを構えるレナに向かってピックを投げた。


(あ、また…。)



レナが手を伸ばしてそれをキャッチすると、ユウは笑って、口元だけでレナに小さくキスを送る。


(ユウったら…!)


レナは顔を真っ赤にして、照れ臭そうにピックをポケットにしまった。



ケイトとのコラボ曲をはさみ、演奏曲をすべて終えると、会場からはアンコールの大歓声が鳴り響く。


(今日こそは絶対に捕まらないんだから…!)


みんながステージ裏にいるうちに身を隠そうとレナがステージから少し離れた場所に移動しかけた時、客席の最前列にいた`ALISON´ファンの女の子たちと目が合ってしまった。


「わぁっ、アリシアちゃんだ!」


「ホントだ!私、ファンなんです!!握手して下さい!!」


「ど、どうも…。」


レナはファンに捕まり、求められた握手に応えた。


「アリシアちゃん、どこ行こうとしてたの?」


「いや…その…。」


「わかった!!タクミから逃げようとしてたんでしょう!!初日に捕まってたもんね!」


「私、神戸でタクミに捕まるアリシアちゃん見たよ。」


「私は、福岡で見た。アリシアちゃん隠れてたのに、タクミが見つけて、追いかけられて捕まったんだよね。」


「う、うん…。」


(に、逃げられない…!)


レナがファンに捕まり次々と求められる握手に応えている間に、メンバーがステージへと戻ってきてしまった。


(戻って来ちゃった…!)


レナが逃げ出そうとすると、ファンの女の子たちが大きな声でタクミを呼ぶ。


「タクミー!!アリシアちゃんここにいるよー!!」


(えぇっ、生け贄?!)


「よくやった、ありがとう!!」


タクミはステージを下りると、走ってきてレナを捕まえる。


「つっかまーえた!!」


(もう勘弁してー!!)


レナは引きずられるようにしてタクミに腕を引かれ、またしてもステージへと上げられた。


「最終日だからね!!やっぱり改めてみんなに紹介しとかないと!」


(いや…もうじゅうぶんなんですけど…。)


「オレのかわいい奥さんでーす!!」


タクミは笑ってレナの肩を抱き寄せる。


「タクミーっ!!オマエはまた…!」


ユウはタクミの手から慌ててレナを奪い返す。


「オレの大事な嫁だって何回言えばわかるんだよ!!オマエには絶対やらん!!」


ユウが叫ぶと客席からファンたちが冷やかす。


「タクミのじゃなくて、オレの大事な奥さんです。いろいろご心配かけましたが、2月14日に無事、入籍しました。これから二人で頑張っていきますので、温かく見守って下さい。」


何度となく聞いたユウの挨拶を耳にしながら、レナは相変わらず固まっている。


「ユウはなんかこなれてきたけど、奥さんは相変わらず固まってんなー。」


トモが大笑いをすると、観客からもドッと笑いが起こった。


(か、帰りたい…!)


レナが恥ずかしさでうつむいていると、どこからともなく聞き覚えのある声がした。


「オレのかわいい娘を、あんまりいじめてんじゃねーぞ。」


(あっ、この声…。)


「えっ?」


メンバーが驚いてキョロキョロしていると、ステージに向かって人影が近付いてくる。


「ヒ、ヒロさん!!」


突然のヒロの登場にメンバーは驚きうろたえ、客席からは歓声が起こった。


「よう、最終日なんだってな。お疲れさん。」


「えぇっ?!ハイ、ありがとうございます…。」


状況が把握しきれないまま、メンバーはヒロに頭を下げる。


「あのー…。ヒロさん、今日はどうしてここへ?」


ハヤテがおそるおそる尋ねる。


「来ちゃいけなかったのか?」


「滅相もない!!」


「だよな。いやー、オマエらが女性シンガーとコラボするって聞いたから、オレもやってみようかなーって。タクミに詞を書かせてさ。トモとリュウとハヤテは、オレの曲だって言われてレコーディングしただろ?」


「あっ、あの曲ですか…。コラボって…ケイトとですか?」


「違う違う。見つけたんだよ。逸材をな。」


「はぁ…。」


「それでだ。せっかくだから、できあがったばかりのPVをどうせなら巨大スクリーンでオマエらに見せてやろうかと思って、来たわけだ。」


「えぇっ?!」


ヒロの突然の提案にメンバーたちはあたふたしている。


「見たい?」


ヒロが客席のファンに尋ねると、大歓声が起こった。


「よし、じゃあネット配信直前のPV、今日は特別に見せてやる!オマエら、裏に下がれ!!」


「えぇっ?!オヤジひでぇ!!」


「横暴オヤジだ!!!」


「うっせぇ!引っ込め!!」


ヒロに促されメンバーがしぶしぶステージからはけると、レナもこっそりその場を抜け出し、再びステージ前に戻った。


(ダディが言ってたスクリーンジャックって…このことだったの?!)


しばらくすると、スクリーンにはレナが歌ったあの曲のPVが流れ始めた。


(恥ずかしいな…。でも、バレないように知らん顔してなきゃ…。)


レナは観客と一緒に、できあがったばかりのPVを初めて観た。




『秘密』


優しい笑顔の裏であなたは

いくつ 秘密を重ねて来たの?

気付かないフリの 嘘の笑顔で

幸せだよと 呟いてみた


ここにあなたがいてくれるなら

あなたの好きな私 演じる

私の好きな 優しいあなた

他の人にも そうしているの?


嘘つきな その唇にキス

言えない秘密 胸にしまって

ひとり 涙を流した夜は

夢の中だけ 素直になれる


あなたのすべてが知りたいの

たとえ 心を切り裂かれても

あなたのすべてが知りたいの

胸の痛みに 泣き疲れても



愛しいあなたの胸に抱かれて

何度 涙を 隠して来たの?

言い出せないまま 嘘の笑顔で

愛してるよと 囁いてみた


嘘つきな その唇にキス

あなたの秘密 胸にしまって

涙の跡を 隠して眠る

今日も あなたの嘘に抱かれて


私のすべてが知りたいの?

包み隠さず 教えてあげる

私のすべてを知っている

今 ここにいる あなたがすべて



あなたの嘘に 気付いても

たとえ 秘密を知り尽くしても

あなたのすべてを 愛してる

今 ここにいる あなたがすべて





スクリーンの中では、自分とは別人のような女性が歌っている。


レナは不思議な気持ちで、そのPVを観ていた。


(歌の歌詞は、少し前の私みたいなのに…映ってる私は、私じゃないみたい…。)




ステージ裏でモニターを観ていたユウは、驚いて目を丸くした。


(えっ?これ、レナ?!)


いつもとは全然違うメイクや髪型、衣装。


表情も、今まで見たことがないくらい大人っぽくて、ちょっと見ただけでは誰もレナとは気付かないだろう。


(しかも、なんでレナが歌ってるんだ?!)


声に出すとみんなに気付かれてしまうと思い、ユウは黙ってモニターを見つめ、ぐるぐると考えを巡らせる。


(やられた…。)


ヒロにも、レナにも秘密にされていたのかと、ユウは黙って頭を抱え込む。


(しかもなんか、レナすげー色っぽいし…。)


どんなにいつもとは違う格好をしていても、レナはやっぱりレナだと、ユウは小さく苦笑いを浮かべる。


(どんなに離れた場所にいたって、どんな格好してたって、すぐに気付いちゃうんだもんな、オレ…。やっぱり重症だ…。)



PVが終わり、ヒロを交えてMCが始まる。


「あの子、めっちゃ美人でしたね!誰なんですか?」


リュウが興奮気味にヒロに尋ねる。


「しかも、歌声がもう…天使みたいで…。」


トモも興味津々な様子で呟く。


そんな彼らの様子を見て、ヒロは得意気にニヤリと笑った。


「それは『秘密』だ。」


「えーっ?!ズルイな、名前だけでも!!」


「名前か…。名前だけなら教えてやるか…アンリだ。」


(いやいや、レナだから。)


ユウは黙って涼しい顔をしている。


さっきの歌はタクミが作詞したとヒロが言っていたが、まるでレナの気持ちを代弁したようだったとユウは思う。


(あんな思い、させてたのかな…。)


「さっきの曲、近日ネット配信開始だからよろしく!!あと、コイツらのこと、これからもよろしくな!!」


ヒロはそう言い残してステージを去った。


ヒロとメンバーの写真を撮りながら、レナはチラリとユウの様子を窺う。


(バレてないかな…?)



`ALISON´のアンコールが始まり、観客は夢中になって歓声を送る。


レナはステージの上で楽しそうにギターを弾くユウをファインダー越しに見つめた。


(やっぱり、ギター弾いてるユウは最高にカッコいいな…。)




大変な盛り上がりの中、ライブツアーが幕を閉じた。


楽屋ではテンションの高いメンバーたちがハイタッチを交わし笑っている。


「いやー、やりきったな。」


「達成感ハンパねぇ!!」


「打ち上げだー!!今日は飲むぞー!!」


ユウは黙々と着替えながら、そんなメンバーたちを見ている。


(これから打ち上げか…。本当は帰ってレナと二人でのんびりしたいけど…。)


「ユウ、今日は強制参加だからな!!」


「わかってるよ。」


楽屋のドアがノックされ、レナと相川が顔を出した。


「あーちゃんと相川くんも、打ち上げ一緒に行こうよ。」


「あっ、うん。」


「じゃあ、お言葉に甘えて。」


相川が返事をする。


「オレ、ヒロさん探してくる。」


ハヤテが楽屋を出て、ヒロを探しに行った。


ユウはレナのそばに来て、小声で尋ねる。


「明日の仕事、大丈夫か?」


「うん。明日は休みだから。」


「そっか。」


帰り支度を済ませると、メンバーたちはゾロゾロと楽屋を後にする。


「いつものバー、電話しといたから。」


「さすがハヤテ。」


「ヒロさんは?」


「先に行ってるって。」


みんなが楽屋を出た後、ユウも席を立つ。


「オレたちも行こうか。」


「うん。」


二人で楽屋を出ようとした時、ドアがノックされケイトが入って来た。


「ユウ…ちょっといい?」


ユウはチラリとレナを見た。


「私、外で待ってるね。」


レナはひとりで静かに楽屋を後にした。


(私はユウを信じてる…。)



レナが去り楽屋にはユウとケイト二人だけになった。


「ユウ…私はやっぱり、ユウが好き。」


「ごめん。オレには大事な人がいるから。」


ユウが言い終わるより早く、ケイトがユウに抱きついた。


「どうして私じゃダメなの?あの子のどこがそんなにいいの?」


「どこがって…。全部だよ。ケイトがダメとかじゃなくて、オレはどうしてもレナじゃないとダメなんだ。」


「あの子にあって私に足りないものって何?」


「それは…オレの気持ち…。昔からオレは、レナが好きだった。ロンドンにいた頃は、もう会えないと思ってたから…レナのいない寂しさを埋めてくれる人なら誰でもいいって思ってた。ケイトには言ったことなかったけど、ロンドンにいた間、ケイト以外にもいろんな女の子と寝た…それでもレナの代わりなんていなかった。」


「私だけじゃなかったの…?」


「うん…。」


「いや…。私のこと好きだって言って。あの子じゃなくて私を見て。」


「ダメだよ。オレが愛してるのはレナだけなんだ。レナがいないと、オレは生きている意味がないんだ。オレの一生かけて、レナを愛して守るって約束したから。」


「お願い…。もう1度だけ抱いて。そうしたら…あきらめるから…。」


ケイトは涙を浮かべてユウを見上げる。


「それはできない。もう、これ以上レナを悲しませたくない。ケイトには悪いことしたけど…オレは…レナしか愛せない。」


ユウは体からケイトの腕をほどく。


「ごめん…。勝手だけど…ケイトには、自分だけを愛してくれる人を見つけて、幸せになって欲しい。」


ユウはケイトに背を向け、振り返ることなく、静かに楽屋を後にした。



会場の外で、レナはベンチに座ってユウを待っていた。


(ケイトと何話してるんだろう…。)


気にはなったが、レナは不思議と不安な気持ちにはならなかった。


(少し前なら不安で仕方なかったけど…今は、ユウを信じてるって、胸を張って言える…。)


レナの気持ちを知ったユウが、レナを悲しませるようなことはしないと、レナは思う。


(ユウは、私だけのユウだもんね…。)



ぼんやりと街路樹を眺めるレナに、ユウが近付いて来た。


「お待たせ。」


「うん。」


レナが立ち上がると、ユウはレナのカメラが入った重いバッグを肩にかけて、レナの手を握って歩き出す。


「重いでしょ?」


「だからだよ。」


「…ありがと。」


二人で黙って歩いていると、ユウがポツリと呟く。


「聞かないの?」


「うん…。」


レナが小さく返事をすると、ユウは繋いだ手に力を込めた。


「ちゃんと、オレの気持ち伝えたから。」


「ユウの気持ち?」


「オレはレナじゃないとダメなんだって。レナがいないと、オレの生きる意味がないんだって。」


「…生きる意味?」


レナはユウを見上げて首を傾げる。


「オレの一生かけて、レナを愛して守るって、約束しただろ。」


「うん…。」


レナはユウの気持ちが嬉しくて、目に涙を浮かべた。


温かな雫が、レナの頬を伝う。


「ありがと…ユウ…。」


ユウは立ち止まって、レナの頬を濡らす涙を指で拭う。


「泣くなよ…。」


「だって…。」


「ずっと、そばにいる。誰よりもレナを幸せにするから。」


「うん…。」


ユウはレナを抱き寄せ、愛しそうにレナの頭を撫でた。


ユウの胸に顔をうずめて、レナは幸せな涙を流した。




少し遅れてバーを訪れた二人は、既にお酒の入ったテンションの高いみんなに冷やかされながら席に着いた。


「お疲れさん。」


ユウとレナはハヤテからグラスを受け取り、ピッチャーからなみなみと注がれたビールで、みんなと乾杯した。


「やっぱりライブの後の酒は格別だな!!今日は飲むぞー!!」


「またかよ…。」


ユウは苦笑いを浮かべる。


「あーちゃんお疲れー。」


タクミが笑ってレナにチョコを差し出す。


「あーちゃん、今回のツアーではいい仕事してくれたから、これあげる。」


「あ、ありがと…。」


「レナを無理やりステージに上げるのは、もうやめてくれよ。こっちは心配で、気が気じゃないんだよ…。」


「出た!!旦那の妻溺愛ぶり!!」


「ユウは愛妻家だねぇ。」


「大事な奥さんだからな。」


ユウがサラリと答えるので、レナは照れ臭くてうつむいた。


(恥ずかしいけど…嬉しいな…。)


おいしい料理とお酒を味わいながら、みんなでライブの話で盛り上がる。


「ところでヒロさん、あの子誰なんですか?いい加減教えて下さいよ。」


リュウの一言に、みんながヒロの方を見た。


「言ったろ?アンリだよ。」


「だからー、アンリって誰なんですか?」


「それは『秘密』だ。」


レナはみんなが気付かず自分の話をしていることが照れ臭くて、黙ってビールを喉に流し込んだ。


するとユウがレナの耳元で、ぼそっと呟く。


「『秘密』のアンリちゃん。」


「えっ?」


レナは驚いてユウを見た。


ユウはニヤリと笑ってまたレナの耳元で呟く。


「どんな格好してても、オレにはすぐにレナだってわかるよ。」


レナはバツが悪そうに小さく呟く。


「気付いてたの…。」


「当たり前だろ?オレが何年レナを見てると思ってんの?どんな格好してたってレナはレナだから。オレにはすぐにわかるよ。」


「ユウには隠し事できないね…。」


「うん。でも、みんなには秘密にしとく。レナがあんな色っぽい顔するなんて、みんなには知られたくないから。」


「ユウったら…。」


ユウとレナがこそこそ話していると、みんなはまた二人を冷やかした。


「あんまり見せつけんな、新婚夫婦!!」


「くそー、オレもかわいい子と結婚したい!!」


「やっぱり片桐さん争奪戦だな!」


「なんでだよ!!他当たれ!!」



ユウとレナから少し離れた場所で、相川は幸せそうな二人を眺めていた。


(レナが幸せそうで本当に良かった…。)


レナが幸せなら何も言うことはないと、相川はレナへの想いを、黙って胸に閉じ込めた。




打ち上げが終わり部屋に帰ると、ユウとレナはソファーに身を沈めて水を飲んだ。


「楽しかったね。」


「ライブの後の酒は格別だからな。」


二人は顔を見合わせて笑う。


「ねぇ、ユウ…。ユウっていつも、ライブ中にピック投げたりするの?」


「ん?しないよ。したことない。」


「でも、今回のツアーで、私に向かって投げたでしょ?」


「ああ…レナだけは特別。」


「特別?」


「うん。ライブ中は、レナがどんなに近くにいても抱きしめられないから。オレがレナのこと見てるのわかって欲しいし。レナにももっとオレのこと、見てて欲しいから。」


「そうなんだ…。私、ユウに溺愛されてる。」


レナは笑ってユウの肩に身を預けた。


「そうだよ。昔からオレは、ずっとレナに溺れてんの。だから、レナが遠くにいたってすぐに気付くし、どんな格好してても気付く。」


ユウはレナを優しく抱きしめ、キスをした。


「レナに秘密にされた。」


「ん?」


「『秘密』のアンリちゃん。」


「だってあれは…ユウにもみんなにも秘密にしとくようにって、ダディに言われたから。」


「ダディ?」


「ヒロさん。私のこと、娘だと思ってるって。だからダディって呼べって。ダディも私のことレナって呼ぶの。オレとレナは仲良し父娘だーって。」


「えぇーっ…。」


ユウは思わずため息をつく。


「またヒロさんに、歌えって言われたらどうする?」


「もういいかな…。恥ずかしいし。」


「レナの歌、すごい良かったけど。」


「うん…でもあれは…断り切れなくて…。」


「笑顔で威嚇された?」


「うん。」


「でもまぁ…すごい人だよな。こんな逸材見つけちゃうんだから。まさかレナが歌ってるとは誰も思わないよ。PVも別人みたいだったし。」


「あれはジャケットに使うのかなぁ、もっと別人みたいな写真も撮ったよ。」


「そうなんだ…。オレの知らないうちに…。」


ユウはレナを膝に乗せて抱き寄せながら、プニプニと頬をつまむ。


「旦那に壮大な隠し事したお仕置き、しちゃおうかな。」


「えっ?」


「バツとして、今夜は別々に寝ます。」


「えーっ…。」


「やだ?」


「やだ…。」


「じゃあ、今夜は寝かせてあげないけど、いい?」


「えっ?!」


ユウは笑いながらレナの頬をつつく。


「そうだ。せっかくだから、あれ着てもらおうかな。」


(あれってまさか…。)


「神戸で買ったチャイナドレス。」


(やっぱり!!)


「やだ、恥ずかしいもん!」


ユウは、慌てて腕の中から逃げようとするレナを、逃げられないように長い腕で抱きしめて捕まえる。


「PVではあんなセクシーな衣装着てたのに?」


「だって…。あれは衣装だから仕方なく…。」


しどろもどろになるレナを、ユウは色っぽい目で見つめる。


「オレも見たいなー、セクシーなチャイナドレスのレナ。写真も撮ろうかな。それから…。」


「ユウのエッチ!!」


「レナにだけ特別な。」


ユウはレナの頬や首筋に何度も優しく口付け、耳たぶを優しくついばむ。


「オレだけに見せて。」


耳元でユウの甘く掠れた声で囁かれると、レナは顔を真っ赤にしてうつむいた。


ユウはキスをしながらレナの服を脱がせる。


ユウの甘いキスと肌に触れる大きな手の感触に溺れそうになりながら、レナはユウのシャツの胸元をギュッと掴んだ。


「いい?」


「うん…。」


「やった!」


(あっ、しまった!!つい…。)


ユウはクローゼットにしまってあったチャイナドレスを持ってきて、嬉しそうにレナに差し出した。


「いや…あの…ユウ?」


「レナ、いいって言ったもんな。それともオレが着せてあげようか?」


(ユウってホントにエッチ…。)


「自分で着るから…。」


レナは渋々チャイナドレスを受け取り、脱衣所で着替えた。


バレッタを外して髪をとかし、ひとまとめにして結い上げる。


おずおずとリビングに戻ったレナを、ユウが目を輝かせて見つめる。


「めちゃくちゃ似合う!!レナ、かわいい!!ものすごく色っぽい!!」


ユウはレナを抱き上げると、急いでベッドに運ぶ。


「ユウ?!」


「色っぽ過ぎてもう我慢できない。早く脱がせたい。」


「えぇっ?!」


「でもせっかくだから、ゆっくり脱がせる。」


ユウはチャイナドレスの裾をめくりながら、レナの太ももに唇を這わせる。


「や…!ユウ、やらしい!!」


「そうだよ。知ってるでしょ。」


「どんどんやらしくなってるんだけど!!」


「それは仕方ないよ。レナがオレをそうさせてるんだから。」


「えぇっ…?!」


ユウはいつもと違うレナを抱きしめ、何度もキスをして、優しく体に触れる。


そしてゆっくりとチャイナドレスを脱がせ、レナの肌に愛しそうに口付けた。


裸になったレナを抱きながら、ユウは甘い声で囁いた。


「レナ、愛してる。」


「ユウ…私も、愛してる…。」



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