神戸の街

ライブ終了後、レナと相川はメンバーに誘われ食事に出掛けた。


隠れ家っぽい雰囲気のダイニングバーで、ライブの話や他愛もない話をしながら、おいしい食事とお酒を楽しんだ。


レナから少し離れた場所に座っている相川の隣に、タクミが座ってにこやかに話し掛けた。


「相川くんお疲れ様。」


「お疲れ様です。」


「相川くん、あーちゃんのこと好きでしょ?」


「え?」


タクミの唐突な質問に相川は少し驚いた。


「実はバイト一緒にしてた頃、片想いだったとか?」


相川はグラスを傾け苦笑いをする。


「わかりますか?」


「うん。あの子、ものすごーく鈍感だからね。すぐそばに自分を想ってくれる人がいても、全然気付かないんだ。」


「旦那しか眼中にないですからね。」


「そうなんだよねぇ。」


「まぁ…レナの幸せそうな顔見てたら、それでいいかって思ってますよ。」


「いい男だね。」


「全然気付いてもらえないですけどね。」


「そうなんだよねぇ…。それでもなんか、あの子の幸せそうな顔見てるだけで自分まで幸せな気持ちになるのは、なんでだろうね?」


「タクミくんもいい男だからじゃないですか?それとも、旦那がいい男なのかな。」


「少なくとも、あの子にとってはユウが一番いい男ってことだね。」


「告白もしないうちに失恋ですね。」


「告白しても失恋だからね。」


タクミと相川はお互いに苦笑いを浮かべながらグラスを合わせてビールを飲み干した。



「相川くんは今夜どうするの?どこか泊まるとこ、予約してる?」


「いや、本当は今日の新幹線に乗って東京へ帰る予定だったので。今からでも予約できるかな…。」


「あーちゃんは?」


「明日、旦那と神戸を観光するって、駅の近くにビジネスホテル予約してるみたいですよ。」


「ふーん…。じゃあさ、今夜はゆっくり飲もうよ。相川くんも今夜はこっちに泊まるんだからさ。」


「オレ、宿は取ってないけど…。」


「あーちゃんの予約したビジネスホテルに泊まればいいじゃん。」


「えっ?!」


「二人は夫婦なんだから、オレたちにまで気を遣わなくてもいいのにね。ここに来てわざわざ別の所に泊まらなくても、二人で泊まれるとこ1軒くらいは見つかるでしょ。明日の晩までにホテルに帰れば移動に差し支えないし、またしばらく離ればなれになるんだからさ。二人っきりにしてあげたいじゃん。」


「なるほどね。」



バーを出て、相川はレナのそばに行くと、今夜はこっちに泊まることにしたと話す。


「相川くん、ホテル予約してた?」


「してないからレナに相談してる。レナの取ったホテル、オレに譲って。」


「えぇっ?!そうしたら私は?」


慌てるレナのそばにタクミが来て、レナの肩をポンポンと叩く。


「あーちゃん、オレの部屋に来る?」


「いや、それは…。」


「タクミ…オマエは…。」


レナの後ろでユウが低く呟く。


「あれ?ダメだった?」


「ダメに決まってるだろ!!」


「じゃあ、ユウとあーちゃん、二人で泊まれるとこ、どっか探せば?」


「えぇっ?!」


「今からでも1軒くらいは見つかるでしょ。」


タクミがスマホを出して、近くのホテルを探し始める。


「いやいやいや…。」


「いいじゃん。マネージャーにはオレから言っといてあげるから、ユウは明日の晩までにホテルに帰ればいいよ。あーちゃん一人で泊まらせるの、ホントは心配なんでしょ?」


「そうだけど…。」


ユウがあたふたしている間に、タクミは今夜の予約ができるホテルを探し出して、勝手に予約をした。


「片桐様お二人様、予約完了っと。」


「えぇっ!!」


「ハイ、ここね。明日はあーちゃんとゆっくりしてきなよ。」


タクミはユウのスマホにホテルの地図を送信して、ニヤニヤしている。


「さぁ、そうと決まれば行っといで。」


タクミはユウの背中をポンと叩く。


「…しょうがないな…。」


レナが相川のスマホに予約したビジネスホテルの地図を送信した後、ユウとレナはそこでみんなと別れ、タクミが予約したホテルへタクシーで向かった。


「オレ、着替えとか全部ホテルに置いて来たのに…。レナは着替えとか大丈夫?」


「私は大丈夫だけど…。」


「じゃあ、1日くらいはまぁいいか。」



ホテルにチェックインすると、案内されたのは窓から神戸の夜景が一望できる部屋だった。


「わぁ…すごいね…。」


レナは窓際に駆け寄り、初めて見る神戸の夜景に目を輝かせている。


「ホントだ、キレイだな。」


ユウはレナを後ろから抱きしめ、しばらく二人で夜景を眺めた。


「アイツら、気を利かせてくれたのかも…。」


「そうなのかな?」


「うん…多分。オレとレナが二人っきりになれるように。」


「ふふ…。新婚旅行の続きみたいだね。」


「そうだな。」


ユウはレナにそっとキスをする。


「夜景もキレイだけど、夜景見てるレナはもっとキレイ。レナの目に夜景が映ってる。」


「ユウって…ホントに激甘。」


「でも、こういうオレも好きでしょ。」


「うん…大好き。」


二人はまた唇を重ねて抱きしめ合う。


「お風呂、一緒に入ろう。」


「えっ…。」


「この間は結局一緒に入れなかったから。」


「だってあの時はユウが…。」


恥ずかしそうにうつむくレナの髪を撫で、ユウはレナをじっと見つめる。


「うん。だから今日は、オレが我慢できなくなる前に、一緒に入ろ。」


色っぽいユウの目に見つめられ、レナは顔を真っ赤にしてもじもじしている。


「…この前みたいにしない?」


「…努力する。」


「努力するって…。」


ユウはレナの頭をポンポンと優しく叩いて、バスタブにお湯を張る。


「レナ、先に入る?後に入ると、レナが洗ってる間、オレずっと見てるけど。」


「…先に入る…。」


結局はユウの甘い声と視線に逆らえず、レナは先にバスルームへ向かう。


(ユウのあの声と目にはかなわない…。)



レナが洗い終わる頃、ユウがバスルームの外から声をかけた。


「そろそろいい?」


「うん…。」


レナは髪をまとめて結い上げると、ドアに背を向けて湯船に漬かった。


ユウが頭や体を洗っている間、レナはお湯に漬かって膝を抱えるようにしていた。


洗い終わったユウが湯船に漬かって、レナを後ろから抱きしめる。


「はぁ…癒される…。至福の時だな。」


「ユウ、最近よくそう言うね。」


「うん、レナといると幸せだから。」


「私も、ユウといると幸せ。」


「お風呂の中でも?」


「お風呂はやっぱり恥ずかしい…。」


温かいお湯の中でユウに抱きしめられながら、レナは恥ずかしそうにうつむいている。


「レナ、こっち向いて。」


「やだ…。」


「オレ、レナの顔が見たいんだけど。」


「見えるの、顔だけじゃないもん。」


「そうだけど。オレはレナの全部が好き。だからやっぱり見たい。」


「ユウのエッチ。」


「こんなふうに思うの、レナだけなんだけど。それでもダメ?」


「………。」


ユウの甘い声に耳元で囁かれ、レナは黙っておずおずとユウの方を向いた。


「あの…恥ずかしいから、体はあんまり見ないで…。」


「どうしよっかな。」


「意地悪…。」


ユウはレナの唇に軽くキスをして笑う。


「しょうがないじゃん。恥ずかしがってるレナが、めちゃくちゃかわいいんだから。」


「ユウ、やっぱり意地悪。」


「もっと意地悪しようか?」


「それはダメです…。ユウ、またこの前みたいにするつもりでしょ。」


「どうしよっかな…。」


ユウはレナを抱き寄せ、甘いキスをする。


「して欲しいって、言わせてみようかな?」


「ユウのバカ…。」


「こんなオレ、嫌い?」


「………好き…。」


ユウに甘いキスをされながら、大きな手で体に優しく触れられると、レナは身をよじりながら吐息混じりに小さく声をあげ、トロンとした目でユウを見上げた。


「ユウ…。」


「ん?」


「私…。」


「して欲しい?」


ユウの甘い囁きに、レナは恥ずかしそうに小さくうなずく。


「じゃ、続きはベッドでゆっくりな。」


レナの唇に軽く口付けると、ユウはレナを抱き上げてバスタブの外にそっと下ろした。


「レナが部屋に行くまで、ここにいるから。ベッドで待ってて。」


「うん…。」


先にバスルームを出たレナは、バスタオルで髪と体を拭くと、バスローブを羽織って脱衣所を出た。


(なんか…恥ずかしい…。)


レナはドキドキしながら赤くなった頬を両手で押さえ、ユウに言われた通り、ベッドに入ってユウを待った。



バスルームから出たユウは体を拭きながら、さっきの色っぽいレナを思い出して口元をゆるめた。


(あんな顔するんだもんな…。また我慢できなくなるとこだった…。オレ、よく耐えた…。)



バスローブを羽織ると、ユウは余裕のあるフリを装って、レナの待つベッドに腰掛け、わざとらしく言ってみる。


「さぁ、今日は疲れたし、もう寝るか。」


「えっ?!」


レナは驚いて思わず声をあげた。


(ユウ、さっき、続きはベッドでゆっくりって言ってたよね?)


目をパチパチさせているレナを見て、ユウはたまらず吹き出してしまう。


「嘘だよ。そんなわけないじゃん。」


「……ユウのバカ!意地悪!もう寝る!!」


レナはすねてユウに背中を向けた。


「ごめん、冗談だって。こっち向いて。」


「もう知らない!」


ユウはバスローブを脱いでベッドに入ると、レナを後ろから抱きしめた。


「オレがこんなかわいいレナほっといて、おとなしく寝るわけないじゃん。せっかくレナからして欲しいって言ってくれたのに。」


「…言ってないもん。」


「言ってたよ、目で言ってた。」


「目では言わないよ。」


「じゃあ、心の声?」


「何それ…。」


ユウはレナを自分の方に向かせると、じっと見つめて甘く囁く。


「今日は寝かせてあげられないかも。覚悟はいい?オレのかわいい奥さん?」


「ホントに意地悪な旦那様…。」


「でも、オレのこと好きでしょ。」


「…わかってるくせに…。」


レナはユウの胸に顔をうずめ、ユウの肌にそっと口付けた。


「好きじゃなかったら、こんなことしないもん…。」


「オレももう、レナとしかしないよ。レナにしかこんな気持ちにならないから。」


「こんな気持ち?」


レナは顔を上げてユウを見つめる。


「レナ、愛してる。オレが欲しいのはレナだけだから。」


「うん…。私も、ユウ以外の人とは考えられない…。ユウ、愛してる…。」


そして二人はどちらからともなく唇を重ね、甘く囁きながら、時間を忘れて何度もお互いを求め合った。



夜明け前、東の空が白み始める頃。


身も心も幸せに満たされた二人は、愛しそうに抱き合って眠りについた。





翌朝、ホテルをチェックアウトした二人は、レナの荷物をコインロッカーに預け、手を繋いで神戸の街をのんびりと歩いた。


海に面した公園で散歩をして、タワーにのぼると、展望台から神戸の街を眺めた。


ゆっくりと廻る展望カフェでお茶を飲んで一息付くと、今度は海の上のショッピングモールへ足を運んだ。


「あ、ここにもあるんだ。」


レナが1軒の店先で足を止める。


そこは`アナスタシア´の店舗で、若い女性やカップル、親子連れが、リサのデザインした洋服に目を輝かせていた。


「リサさんの服は神戸でも人気なんだな。」


「うん。嬉しいね。」


「ちょっと入ってみる?」


「え?」


ユウはレナの手を引いて、落ち着いた内装の店内へと足を踏み入れた。


店内のボードには`アナスタシア´の服に身を包んだレナの姿が映し出され、レナは照れ臭くて下を向いて歩く。


「なんか、恥ずかしい…。」


「そう?オレはなんか嬉しいけど。」


ユウがワンピースを手に取り、レナの体に当ててがう。


「よくお似合いですよ、お客様。」


「もう…。」


「でもこの服は見たことない。」


「私も全部着るわけじゃないから。」


「じゃあ、レナの着たことない服もあるんだ。買ってあげようか?」


「え?」


「たまにはいいじゃん。オレもたまにはそういうこと、してみたい。」


ユウはたくさんの服の中から、レナに似合いそうな服を嬉しそうに選ぶ。


「これなんかどう?」


「それはこの間撮影で着たよ。」


「じゃあこれ?」


「それ初めて見る。」


楽しそうに服を選ぶ二人に周囲が気付き始め、チラチラとこちらを窺っている。


「なんか、見られてるけど…。」


「いいじゃん。それよりほら、これは?」


「あっ、かわいいね。」


「じゃあ、このシャツとこのスカートにしようかな。あと、これなんかいいんじゃない。」


「ユウ、コーディネート上手だね。」


「かわいい奥さんのためだからな。」


ユウの選んだ服を手に、レナは試着室に入って着替えると、鏡に映る自分を見た。


(まさか`アナスタシア´で試着するとは思わなかったな…。)


レナが試着室のドアを開けると、ユウがレナを上から下まで眺めて、満足そうに笑う。


「うん、やっぱり似合う。」


「リサの作った服だからね。」


「いつもと少し感じが違って新鮮だし。これ、このまま着て行こうよ。」


「えっ?!」


「いいじゃん。デートっぽい。こういうこと、全然しなかっただろ。」


「そう言われてみれば、そうだね。」


「オレの選んだ服着て、神戸の街をデートしてくれる?」


「喜んで。」


嬉しそうに笑うユウにつられて、レナも笑う。


ユウが店員を呼んで、このまま来ていけるようにタグを切ってもらい、会計を済ませて、着てきた服を紙袋に入れてもらった。


店員が紙袋を手渡しながら、控えめに声をかけた。


「あの…アリシアさんとユウさんですよね?」


「ハイ…。」


レナは照れ臭そうに返事をする。


「お会いできて嬉しいです!こちらには観光で来られたんですか?」


「二人とも仕事で来たんですけど、今日は休みなので、初めての神戸観光です。」


ユウが紙袋を受け取りながら言うと、店員は嬉しそうに笑った。


「そうなんですねぇ。楽しんで行って下さい!神戸はいいところいっぱいありますから。」


関西訛りの店員の言葉に、ユウとレナは顔を見合わせて微笑む。


「ホントに新婚旅行の続きみたいだな。」


「うん。なんか嬉しいね。」


ユウはポケットからスマホを取り出し、店員に渡す。


「せっかくなんで、記念に1枚撮ってもらっていいですか?」


「ハイ、喜んで!!」


店員に写真を撮ってもらいユウがスマホを受け取ると、店員がデジカメを手におそるおそる尋ねる。


「あのー…店舗に飾りたいんで、1枚撮らせてもらっていいですか?」


「私はいいけど…ユウは大丈夫?」


「うん。全然問題ない。」


「じゃあ、こんな普通で良ければどうぞ…。」


「ありがとうございます!!」


ユウとレナは店員にデジカメで写真を撮られた後、求められた握手に応じてから店を出た。


「なんか、新鮮。不思議な感じ。」


「そうだなぁ。レナが店で`アナスタシア´の服買うことなんて、まずないもんな。」


「これ、ありがと。似合ってる?」


「うん、すげー似合う。やっぱり、オレの奥さん世界一かわいいな。」


「ユウったら…。」



二人はまた手を繋いで歩き出した。


二人でひとつのジェラートを分け合って食べた後、海に面したベンチに座って海を眺めた。


「海っていいよね。」


「神戸は港町だからかな。白浜とはまた全然違う。」


「ねぇユウ見て、大きな船だね。」


レナは着岸したばかりの白い船を指さす。


「あれってなんの船なの?」


「行ってみる?」


中から満足そうに笑う乗客が降りて来るその船は、神戸の海を周遊する遊覧船だった。


「今からでも乗れるみたいだ。乗ってみる?」


「乗りたい!!」


チケットセンターで遊覧船の次回の周遊乗船券を買い、まだ時間があるので、チケットセンターに並ぶお土産を少し見て回った。


「後で、みんなに買って行こうか。」


「そうだね。」



二人が乗船する時間が近くなると、他の乗客に混じってユウとレナも列に並んで待った。


人目を引く二人は、やはりここでもすぐに周囲から注目の的になったが、それはそれで楽しむことにしようと、時々手を振られると軽く会釈したり、手を振り返したりした。


ようやく乗船開始時間になり、二人は船内に入ってテーブル席に座る。


「ティータイムクルーズで選べるケーキがおいしいらしい。」


「そうなの?」


「って、他の人たちがそう言ってた。」


「そうなんだ。楽しみだね。」


出港して、船がゆっくりと動き出した。


方向転換した船は、広い海へと進む。


ユウとレナは窓から見える景色を見ながら、おいしいケーキと紅茶で、船上のティータイムを楽しんだ。


「神戸って初めて来たけどすごく楽しいね。」


「うん。また二人で初めての経験できたな。」


「私たち二人だけ、こんなに楽しんで良かったのかな?」


「いいんじゃない?これはアイツらの気遣いだから。逆に楽しまないと申し訳ないよ。」



お茶を終えた二人はデッキに出て、海風を感じながら海とその向こうに見える景色を眺めた。


「今日は時間的に無理だけど、今度は山手の方にも行ってみたいね。」


「異人館とか?」


「うん。他にもいろいろ。」


「レンタカー借りてまわるといいかもな。オレもレナと一緒にいろんなとこ行ってみたい。」


二人で肩を寄せ合って海を眺めているうちに、船は港へと戻ってきた。


「あっという間だったね。」


「ティータイムクルーズだしな。ディナーとかランチのクルーズもあるらしいけど、それは人気あるから予約しないと無理だって。チケット買った時、ティータイムも残り僅かだって言ってた。」


「じゃあ、乗れてラッキーだったね。すごく楽しかったから、余計に時間が経つのが早く感じたのかもね。」


「そうだなぁ。だったらオレ、レナといると、あっという間に歳取るんじゃないか。」


「二人とも毎年同じ日にひとつ歳取るんだよ。ユウがオジサンになったら、私もオバサンだから、いいんじゃない?」


「そっか。毎年一緒に歳取るんだもんな。」


ユウはそう言って、ふと思い出した。


(そう言えば…レナに買った誕生日のプレゼント、まだ渡せてないんだった…。レナにもらったプレゼントもまだ開けてなかったな。いろいろありすぎて忘れてた!)


「ユウ、どうかした?」


「いや、なんでもないよ。お土産買ってく?」


「そうだね。」



神戸の有名な菓子メーカーのバウムクーヘンを見て、レナが目を輝かせた。


「これ、すごくおいしそう。うちにも買って帰ろうかな。」


「オレがいないうちに一人で全部食べきらないように。」


「そんなに食いしん坊じゃないよ。ユウが帰るまで待ってるから。」


「じゃあ安心してライブに専念できるな。これ、リサさんと、うちの親と、あとはシンちゃんとこにも買ってくか。」


「岡田くんちにあげたら、ユイちゃん喜ぶだろうね。久し振りに会いたいな。持って行こうかな。あと、両方の事務所とヒロさんにも買ってかないとね。」


「ヒロさん?!」


「うん。お父さんだから。」


他にも神戸のおしゃれな雰囲気の洋菓子や異国情緒の漂うお土産物をいくつか選び、親や事務所のスタッフ、友人に渡すお土産を宅配便で送ってもらうことにして、`ALISON´のみんなやスタッフには、小さめのブランデーケーキがたくさん入った物を買った。


「みんな、こういうケーキ好きかな?」


「レナからだって言えば喜んで食べるよ。」


「そうなの?」



お土産物を買った後、港を離れて、相川お勧めの南京町へ向かった。


「相川くんが、神戸に来たら南京町で食べ歩きだって言ってた。おいしい物がたくさんあるんだって。」


「へぇ…そうなんだ。」


南京町を訪れた二人は、店先に並ぶ屋台でいろんな物を買って食べた。


「ゴマ団子おいしい!!」


「こっちの豚まんもうまい。」


揚げパンやラーメン、なぜか南京町名物のコロッケなど、少しずつたくさんの物を食べてお腹が満たされた二人は、ところせましとたくさんの小物が並ぶ雑貨店に入った。


「なんだこれ。」


「面白いね。」


いろんな物を手に取っては眺めて笑う。


ユウは、壁際に掛けられたチャイナドレスを見て、レナを手招きした。


「レナ、似合いそう。」


ユウが大胆にスリットの入ったチャイナドレスを手に取り、レナの体にあてがう。


「…これはちょっと…。」


「いいじゃん。色っぽい。」


「えぇっ?!」


「こんなの着て出迎えてくれたらなー。」


「ユウ…なんかやらしい。」


「そうか?レナに似合うと思うんだけどな…。これも買ってみるか。」


「えぇっ?!」


ユウはチャイナドレスを手に、レジへ向かう。


(あんなの着せてどうするつもり?!)


レナは顔を真っ赤にしてうつむいた。


(絶対着せられる…!!)


レナがオロオロしながら待っていると、ユウが会計を済ませて戻って来た。


「ん?どうしたレナ?」


「だって…ユウが勝手に、私にそれ着せる予定なんだもん。恥ずかしいよ…。」


「大丈夫、絶対似合う。レナは自分をわかってないな。」


「え?」


「いや、たまには一緒に洋服買いに出掛けるのもいいなぁって。レナが絶対選ばないような服だって、似合いそうな服はいっぱいあるし。」


「一緒に洋服買いに行くのはいいけど…あんまり露出の多い服はやめてね。」


「それは大丈夫。レナの体を他の男には見せたくないから。そういう服は家で二人だけの時に着てもらうことにする。」


「もう…!」


「さ、次はどこ行く?」


ユウは笑ってレナの手を取り、指を絡めた。


(ホントに気が付いたらいつもユウのペースなんだから…。)


昔はただ優しく守るようにレナのそばにいたユウが、今はレナを驚かせたり困らせたり、優しいキスでときめかせたり、甘い声で囁いて何も考えられなくなるくらい溺れさせ、翻弄する。


それに戸惑いながらも、レナはそんなユウに夢中になっていることが幸せだと思う。


(やっぱり私、ユウには弱いな…。ユウは私に甘くて、私はユウに弱くて…。一緒にいると似てくるってホントかも…。幸せだな。)




「そろそろ戻らないとな。」


「そうだね…。」


コインロッカーに預けたレナの荷物を取りに海のそばの公園までタクシーで戻った。


「まだ少しなら時間あるから、ちょっと散歩でもする?」


「うん。」



夕暮れ時の神戸の海辺を手を繋いで歩いた。


また少しの間離れるのが寂しくて、二人は繋いだ手に力を込めた。


「一緒に暮らし始めてから別々の場所に帰ることってなかったから…こういうの、すごく久し振りかも。」


ユウが呟くと、レナはユウを見上げて尋ねる。


「久し振りって?」


「昔はずっと、当たり前みたいに一緒にいたけど、そろそろ帰ろうかなってレナが言うと寂しくてさ。どれだけレナを抱きしめて引き留めたいと思ったことか…。」


「そうだったの…?」


レナは少し照れ臭そうにユウを見る。


「そうだよ。レナはそんなの全然気付きもしないで、いつもあっさり帰っちゃったけどな。レナと再会した後も、まだ付き合う前は、レナに好きだとかもっと一緒にいてくれとか言えなかったから。会えると嬉しいのに別れ際は胸が痛くて痛くて…。」


「知らなかった…。」


歩きながら、ユウが大きな観覧車を指さした。


「あれ、乗ってみようか。」


「うん。」


二人は海の上のショッピングモールに隣接された大きな観覧車に乗ると、窓から神戸の夕景を肩を寄せ合って眺めた。


「さっきの話なんだけど、私も1度だけ覚えてる。18歳の誕生日、一緒にテーマパークに行ったでしょ。あの時、ずっと手を繋いで、いつもよりゆっくり歩いて…。」


「気付いてた?」


「うん。でも、私もあの時、もっとユウとこのまま一緒にいたいって思ってたから…。家の前まで帰って来て手を離したとき、なんかわかんないけど寂しかったの。」


「あの時、オレが勇気だして告白してたら、レナはなんて言ったんだろうな。」


「わかんないよ…。あの時はまだ、自分の気持ちにも気付いてなかったから。ただ、ずっとユウと一緒にいたいって思ってた。好きだって言われたら戸惑ってたかも知れないけど、これからもずっと一緒にいようって言われてたら、うんって答えたのかもね。」


「それは恋人としてじゃなくて、幼なじみとしてだろ?」


「そうかもね。ずっと一緒にいたから、どこで線を引くのか、余計にわかんなかったのかな。あのまま10年後も一緒にいたら、今みたいな気持ちではなかったのかもね。」


「離れたから余計にレナが好きだって思えたのかな。久し振りに会ったら、レナすごくキレイになってたから、すごくドキドキしたな。レナは久し振りに会ったオレの最低ぶりにガッカリしただろうけど。」


「ホントにね。でも…ガッカリしたのは、ユウを好きだからだと思うよ。ガッカリもしたけどすごくドキドキもして…。あんな気持ちになったの初めてだったから、何がなんだかわからないし、どうしていいのかもわからなくて…ユウに会うのが怖かった。」


「怖かった?」


「うん…。自分が自分じゃなくなるみたいな気がしたし、ユウが私の知らない大人の男の人みたいだったし。でも、昔の面影見つけたりすると、やっぱりユウなんだって、すごく嬉しくて…。あれって…。」


「初恋?」


「うん…。遅すぎる初恋だけどね。」


「オレの初恋はいつだったかな…。」


「覚えてるの?」


「よく覚えてない。でも、オレがレナを守ってあげなきゃって初めて思ったのは、多分4歳とか…レナいつも寂しそうだったから。初めて好きだってハッキリ思ったのはいつなんだろうな。」


ユウは暮れていく神戸の街に明かりが灯るのを見つめている。


「物心ついた頃にはいつも隣にレナがいて、知らないうちにレナが一番大事になって…気が付いたら、どうしようもないくらいレナを好きになってた…。どこが良くて好きになったとかじゃないんだ。レナの存在そのものが、オレにとっては大切だから。」


「うん…。」


「あ、でも好きなところはいっぱいあるよ?一番はどこかって言われたら決められないし、全部言おうと思ったら何時間かかるかわからないけどな。」


「じゃあ、今度ゆっくり聞かせてね。」


レナが少し照れ臭そうに笑みを浮かべると、ユウはレナの唇に優しくキスをした。


「今はレナがいない人生なんて絶対考えられないし、レナといつも一緒にいられることも、離れるのが寂しいって言えることも、幸せだって思えるんだ。」


「うん…私もユウがいてくれて良かった。ユウがいなかったら、こんな気持ち知らないまま人生終えてたかも知れないね。」


「他の人とは考えないんだ。」


「考えて欲しい?」


「…いや、ダメだ。やっぱりレナには、オレだけ見てて欲しい。」


レナは窓の外の景色からユウに視線を移して、じっとユウの目を見つめる。


「私には、ずっとユウだけだよ。ユウこそ、もうよそ見しないでね。」


「しないよ。夕べも言っただろ?」


「うん。信じてるからね。」


二人はそっと唇を重ね、肩を寄せ合って、暮れていく神戸の夕景を眺めた。


「また一緒に来ような。」


「うん。一緒にね。」




ユウとレナは観覧車を降りると、荷物を手にタクシーに乗って新神戸駅へと向かった。


ユウは片方の手に荷物を持ち、もう片方の手でレナの手を握って歩いた。


(ホントは離したくないんだけどな…。)


改札の前まで来ると、レナは新幹線のチケットをバッグから取り出し、ユウの手から着替えの入った鞄とカメラの入った重いバッグを受け取った。


「ありがとう。ごめんね、重かったでしょ?」


「いや、オレは大丈夫だけど…レナは大丈夫か?」


「カメラのバッグが重いのには慣れてるから大丈夫だよ。」


「そっか…。気を付けてな。家に帰ったら電話して。」


ユウがレナの頭を優しく撫でると、レナは穏やかに笑みを浮かべる。


「うん、わかった。ユウも気を付けてね。」



小さく手を振って改札を通り歩いて行くレナの後ろ姿を、ユウは片想いの頃のような切ない気持ちで見ていた。


(行っちゃったな…。)


離れて行くレナの後ろ姿を見つめて、ユウがため息をついた時、レナがクルリと振り返って、ユウに向かって手を振った。


(あっ…!!)


嬉しくて思わず満面の笑みで手を振り返したユウの胸の奥が音を立てる。


(なんだこれ…。なんだこのキュンって…。)


レナの姿が見えなくなると、ユウは胸を押さえた。


(オレってやっぱ、高校時代からあんまり変わってないのかも…。)



レナのことを考えると切なくて、レナが笑うと嬉しい。


レナと会えるとドキドキして、レナと離れるのが寂しい。


気が付くと誰よりも大切で愛しくて、掛け替えのない存在になっていたレナが、自分の帰る場所になったことが、ユウにとってとても幸せなことだと思った。



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