好きな人の好きなところ

ライブが終わった後、誰もいなくなった客席から、レナはステージを眺めていた。


(お客さんはこういうふうに見てるんだ…。)


誰もいなくなったステージに向かってシャッターを切ると、座席に静かに腰掛けた。


(仕事とは言え、一番前の席のお客さんよりも近いところで、ステージの上のユウを見られるんだから…カメラマンで良かったかも…。)


ポケットからユウのピックを取り出し、手のひらに乗せて眺めると、レナは今日のライブでのユウを思い出して、嬉しそうに微笑んだ。


あの時レナは、レナに向かってピックを投げて笑ったユウにドキッとした。


どこにいたって、レナがユウにとっての特別な存在だと言ってもらったようで嬉しかった。


(昔はずっと一緒にいても当たり前みたいに思ってたのに、今になってこんなにドキドキするなんて…。一緒に暮らし始めて1年以上経つのに、ユウには私のまだ知らない顔がたくさんあるのかも…。ユウ、あんなふうに笑うんだもん…カッコ良すぎでしょ…。)


一緒にいるほど、ユウをどんどん好きになる。


ユウが笑うとレナも嬉しくて笑顔になるし、ユウが抱きしめてくれると安心する。


(甘えられるとつい許しちゃうし、ユウに求められると…やっぱり嬉しい…。私ってユウには弱いな…。こういう気持ちって、ずっと続くのかな?)


レナは少し照れ笑いを浮かべて、ユウのピックをまたポケットにしまって席を立った。



レナが`ALISON´の楽屋を訪れると、楽屋ではメンバーと相川が談笑していた。


「相川くんって片桐さんと大学時代のバイト先が同じだったってホント?」


「そうなんですよ。」


リュウは興味津々な様子で相川と話している。


「片桐さんってどんな子だった?やっぱり昔から美人だったの?」


(えっ、私の話?!)


「そうですねぇ…。美人だったけど今ほど色気もないし、愛想よくもなかったかな。無口であんまり笑わないし、怒らないし、驚かないし、変わった子でしたねぇ。ただ、陰口とか見え見えのお世辞とかも言わないし、媚びないし、無駄口叩かず真面目なんで、仕事は人一倍できましたよ。」


楽屋の入口のそばにいる相川の後ろでその話を聞いていたレナが、相川に向かって低く呟く。


「色気ないは、一言余計でしょ…。」


さっきまでいなかったはずのレナの呟きに、相川は驚きメンバーたちは笑ったが、ユウだけは顎に手を当て、何か考えている。


「ユウ、どうかした?」


レナがそばに言って尋ねると、ユウはタバコを吸いながら、相川の方をチラリと見た。


「いや…。レナのこと、ものすごくよく見てるなって思ってた。」


「…色気ないとか?」


「そこじゃないよ。それに、その時から色気あったらオレが困る。」


「えっ?」


「レナ、モテるから。」


「何それ…。」


レナは照れ臭そうに呟いた。


「片桐さん、お疲れ様でした。」


ハヤテがレナに頭を下げる。


「お疲れ様でした。」


レナも頭を下げるとトモがおかしそうに笑う。


「あん時の片桐さんはケッサクだったなぁ。」


「あぁ、固まってたねぇ。」


リュウも思い出し笑いをする。


「レナは人前が苦手だって言ってただろ?タクミが急にステージに上げたりするからだよ。」


ユウは眉をひそめてタクミを見る。


「いやぁ、1回言ってみたかったんだよね。オレのかわいい奥さんです!!って。」


タクミが悪びれる様子もなく笑う。


「人の嫁で予行演習するな。」


「ユウ、カッコ良かったよ?オレの大事な嫁だ!!オマエには絶対やらん!!って。」


「…それはもう言うな…。」


ユウは顔を赤くしてそっぽを向いた。


そんなユウを見て、相川は笑みを浮かべた。


「相思相愛だねぇ…。」


そこへ、水野が現れた。


「皆さんお疲れ様です。」


「水野くんじゃん、お疲れー。」


水野はメンバーに軽く頭を下げると、ユウのそばに来てさらりと言う。


「あっ、片桐先輩。さっきの、カッコ良かったですよ。」


「えっ?」


「オレの大事な嫁だ!!オマエには絶対やらん!!って。」


水野の言葉に、ユウはまた顔を赤くして頭を抱えた。


「水野…もうその話はするな…。」


そのやり取りに、メンバーたちはまた大笑いした。


「片桐先輩は昔から、誰がどう見ても、高梨先輩のことが大好きでしたもんね。」


水野は笑ってそう言うと、レナの方を見た。


「高梨先輩、良かったですね。」


「…うん…。」


レナが照れ臭そうに微笑んでうなずくと、水野は満足そうに笑った。



「じゃあ、そろそろ行くか。」


メンバーたちが帰り支度を終えて楽屋を出ようとした。


「片桐さんと相川くんは?」


「オレは最終の新幹線で帰ります。」


「そうなんだ。片桐さんは?」


「私も。」


「ユウ、愛しい妻と、しばしの別れだな。」


メンバーたちがぞろぞろとドアへ向かう。


レナもそれに続こうとすると、ユウが黙ってレナの手を握り、引き留めた。



二人きりになった楽屋のドアが静かに閉まる。


レナが驚いてユウの方を振り返ると、ユウはレナの唇に不意打ちのキスをした。


「しばらく会えないから。」


「…うん…。」


ユウはもう一度レナに口付けて、レナを引き寄せ抱きしめる。


「ちゃんと、旦那の帰りを待ってるように。」


「ハイ。」


ユウがレナの頭を撫でると、レナも微笑んだ。




メンバーと会場の前で別れ、レナと相川は二人で駅へ向かう。


「オマエの旦那、男前だな。」


「ん?」


「愛されてるねぇ…。」


「うん。」


「付け入る隙はない、か…。」


「ん?」


「いや、なんでもない。」





翌日の夕方、レナはヒロに呼び出され、撮影スタジオにいた。


「この間の曲な、ネット配信先行になったんだ。CDよりその方が早く公開できるから。」


「そうなんですか?」


「それで、今日はPV撮ろうと思ってな。オレの馴染みのエンジニアに頼んであるんだ。」


ヒロはレナの顔を見て、嬉しそうに笑う。


「うまくいったんだな。」


何も話していないのに、顔を見ただけで状況を掴んでしまうヒロに、レナは苦笑する。


「ホントにダディにはかなわないですね。」


「ちゃんとわかってもらえたのか?」


「ハイ。私、初めて大声で泣いて、怒って、ユウを責めちゃいました。でも、ユウが、自分の前ではそうしていいんだって。もっとわがまま言って甘えて欲しいって…。」


「そうか…。アイツもやっと男になったな。」


ヒロは満足そうに笑う。


「ユウは、生まれた時から男ですよ…?」


レナは、ヒロの言葉の意味が理解できず、何度も首を傾げた。


「大事な嫁のすべてを受け入れられるようになって初めて、夫になれるってことだよ。」


「結婚したら夫になるんじゃないんですか?」


「そうだよ。新婚だからな。まだまだお互いに遠慮することもあると思うが、少しずつ歩み寄って、本物の夫婦になっていけばいいんだ。」


「新婚の定義ってなんでしょうね?」


ヒロは思いがけないレナの言葉に、おかしそうに笑う。


「そうだな…。相手の懐探ってるうちは、まだまだ新婚じゃないか?」


「何年経っても?」


「そうかもな。」




レナは控え室で衣装を着せられ、メイクを施された。


この間とはまた違った雰囲気のメイクと衣装だったが、これもまたいつものレナとは別人のようだった。


(なんか大人っぽい…。)


鏡に写る自分をレナはしげしげと眺める。


スタジオに移動して簡単に説明を受けると、レナは指示された通りにそれをこなす。


「天才かも知れねぇな…。」


カメラの前に立つレナを見ながら、ヒロはポツリと呟いた。




撮影が滞りなく終わると、ヒロは満足げにレナを出迎えた。


「いやぁ…想像以上だ。急に呼び出したのに、この短時間でこれだけやれるとは…。」


「緊張しました…。映像って苦手で。」


「レナは完璧だ。後は編集の腕次第だな。」




数日後、ユウが帰宅した。


「お帰りなさい。」


玄関でレナが出迎えると、ユウは嬉しそうにレナを抱きしめる。


「ただいま、奥さん。」


「ちゃんといい子で待ってたよ?」


「うん。いい子にはご褒美あげないと。」


ユウはレナを抱き上げ、リビングに連れて行くと、膝の上に座らせ髪を撫でる。


「かわいいな、オレの奥さん。」


「ユウも、カッコ良かったよ?」


「過去形?」


「ん?今も。」


ユウはレナの唇に優しくキスをする。


「ユウ、疲れてるでしょ?」


「うん。だから、こうしてレナに癒してもらってる。」


もう一度キスをすると、ユウはレナの耳元で囁く。


「もっと癒してくれる?」


「…うん。」


「お風呂、一緒に入ろう。」


「えっ…。」


「この前みたいにしないから。」


「もう…。」


ユウは嬉しそうにレナの手を引いて脱衣所へ向かう。


「あの…バスタオルは…。」


「ダメです。」


「ええっ…。」


「オレたちは夫婦でしょ?」


「そうだけど…。」


ユウは、もじもじしているレナの頬に軽く口付けると、シャツを脱いでレナを抱きしめた。


「レナ、かわいい。そんなに恥ずかしがられるとオレ、止まんなくなるけど。」


ユウはレナを抱きしめながら、レナの耳や細い首筋にキスをする。


「やっ…ユウ、待って…。」


「ダメ、もう待てない。やっぱりお風呂は後でいいや。」


ユウはレナを抱き上げベッドに運ぶ。


「疲れた旦那を癒してくれる?」


「ユウのエッチ…。」


「知ってるでしょ?」


「うん…すごくよく知ってる。」


「レナ、オレがいない間、寂しかった?」


「うん…すごく会いたかった。」


「オレもレナに会いたかった。」


ユウはキスをしながらレナの服のボタンをはずした。


「ちゃんと待ってたいい子のレナに、いっぱいご褒美あげる。」


「うん…。」


二人は何度も甘いキスを交わし、愛してると囁きながら、お互いの温もりを確かめるように抱き合った。




ツアーの中休みの1週間。


ユウはテレビの歌番組の収録や雑誌の取材などの仕事をいつものようにこなし、仕事の後は、周りが呆れるほど早く、レナの待つ家へ帰る。


嬉しそうに笑って出迎えるレナの“お帰りなさい”の一言や、時には仕事が終わり買い物袋を提げて帰宅したレナを“おかえり”と出迎えること、レナが作ってくれた夕食を二人で食べ、一緒に眠れること、隣にレナの温もりを感じながら目覚め、“おはよう”と言えること、レナと一緒に過ごす特別なことのない日常に、ユウは幸せを感じた。


最近、レナはいつも幸せそうに笑っている。


レナのそんな笑顔を見るたび、レナの最高の笑顔を引き出せるのは、いつも自分でありたいとユウは思った。



ユウとレナの休みが久し振りに重なり、二人はいつもよりゆっくり目覚め、ベッドの上でじゃれ合うように、甘く穏やかな時間を過ごした。


「腹減った。」


「うん、お腹空いたね。」


二人はベッドに横になったまま、指を絡めて見つめ合う。


「あっ、そうだ。久し振りに食べたいな。」


「ん、何?」


「ホットケーキ。」


「私も食べたい。昔、よく一緒に作ったね。」


レナの額に自分の額をくっ付けて、ユウは優しく笑う。


「久し振りに一緒に作ろっか。」


「うん!」


ユウは嬉しそうに笑うレナの唇にチュッと口付けて起き上がり、レナを抱き起こした。



着替えを済ませ顔を洗うと、二人でキッチンに立つ。


「ユウと一緒に料理するの久し振り。」


「うん。」


ユウはボウルに卵を割り入れ、泡立て器でかき混ぜる。


「ギター弾いてる姿もいいけど、キッチンに立つ姿も絵になりますね。」


レナはボウルに砂糖と牛乳を入れながら、おどけてそう言ってユウを見上げた。


「カッコいい?」


「うん、すごくカッコいい。」


「どっちが好き?」


「うーん…どっちも好き。」


「じゃあ、ハイ。」


ユウはレナの口元に頬を寄せる。


「ん、ユウ大好き。」


レナがユウの頬にキスをすると、ユウもレナの唇にキスをする。


「はぁ、至福の時だな。」


「ふふ。さあ、作っちゃお。」


「うん。」


二人で仲良くホットケーキの生地を作り、フライパンに流し入れて、焼き上がるのを待つ。


「いい匂いしてきたね。」


「早く焼けないかなー。」


ユウがホットケーキをひっくり返すのを、レナは子供のようにワクワクした顔で見ている。


「あっ、キレイな焼き色!」


嬉しそうに笑うレナを、たまらなくかわいいとユウは思う。


「学生時代、思い出すな。」


「うん。休みの日のお昼に、よく作ったね。」


「大人になってもレナとこうして一緒にいられるなんてな。」


「思ってなかった?」


レナはユウを見上げて尋ねる。


「ずっと一緒にいたいって思ってた。だから、好きだってレナに言えなかった。」


「私も、ユウとずっと一緒にいたいって思ってたけど…。」


「けど?」


「あの時と今とでは、ユウを思う気持ちが違うのかなって。あの時もユウのこと大好きだったけど…今みたいにドキドキしたりとかしなかったし、それに…。」


「それに?」


「…なんでもない。」


「教えてよ。」


「恥ずかしいもん。」


「えー…余計に聞きたい。」


ユウはキレイに焼き上がったホットケーキをお皿に乗せて、もう一度フライパンに油を敷き、生地を流し込んだ。


「教えてくれないと、食べさせてあげない。」


「ユウひどい…。意地悪…。」


レナが頬を膨らませると、ユウが笑いながらレナの頬をつつく。


「レナかわいい。子供みたい。」


「子供じゃないもん。」


「知ってる。子供にこんなことしないから。」


ユウはレナの腰を抱き寄せてキスをした。


「ユウのそういうところ…。」


「ん?」


「昔はユウがこんなに甘いなんて全然知らなかったけど、ユウのそういうところも、私だけが知ってるんだもんね。」


「そうだよ。まぁ、昔からオレはレナにだけは甘かったらしいけど。」


「今は激甘だね。どんどん甘くなってる気がするんだけど。」


「一緒にいるとどんどんレナが好きになるから余計に甘くなるのかなぁ。昔はオレの片想いだったけど…幼なじみから恋人になって、夫婦になって…今は一緒にいられるし、レナが好きだって思いきり言えるし、抱きしめたりキスしたり…レナを想って、レナを抱いてる。それが嬉しい。」


「…私も。」


「ん?」


「昔から知ってるユウも、私しか知らないユウも、ユウの全部が好き。ユウも私も昔と違って…今はユウにそうしてもらえることが…嬉しいの。」


恥ずかしそうに呟いたレナの言葉を聞くと、ユウはクルリとフライパンの方を向き、嬉しそうに口元をゆるめてホットケーキをひっくり返した。


(そっか…嬉しいんだ…。)


「ユウ?」


「ん?」


「ユウは…私のどこが好き?」


「“どこ”が?」


「うん。」


ユウはホットケーキの焼き色を確認しながら考える。


(“どこ”が好き…?)


レナはユウを見上げて返事を待っている。


(“どこ”って言われてもなぁ…。)


「…ユウ?」


「ん?」


「ユウ…私の好きなとこ、ないの?」


レナはシュンとして肩を落としている。


ユウは焼けたホットケーキをお皿に乗せて火を止めると、慌ててレナの頬を両手で挟む。


「違う違う。逆だから。」


「え?」


「レナの全部が好き過ぎて、どこがって言われると悩むんだよ。」


「…そうなの?でも…。」


「でも?」


「聞いてみたいんだもん…。」


レナが照れ臭そうにうつむいて体を揺らしている。


(な、なんだこれ?!めちゃくちゃかわいいんだけど!!)


ユウは思わずレナにキスをした。


「かわいすぎる!!」


「えっ?!」


「そういうところ、めちゃくちゃ好き。」


「…よくわかんない。」


「とにかく全部が好き。さ、食べよ。」


(よくわかんないけど…まぁいいか…。)


ユウはホットケーキの乗ったお皿を運び、レナはコーヒーをカップに注いで運ぶ。


マーガリンを塗ってシロップをかけて、二人で食べたホットケーキは、甘くて優しくて、どこか懐かしい味がした。



ホットケーキを食べ終わり、キッチンで後片付けを済ませた二人は、ソファーで肩を寄せ合ってコーヒーを飲みながらのんびりと過ごす。


「はぁ、落ち着く…。」


ユウはレナの肩を抱いて、長い髪に顔をうずめる。


「ユウって甘えんぼだよね。」


レナがユウの肩に身を預けながら見上げると、

ユウはレナの髪を撫でながら、もう片方の手でレナの頬をつまんだ。


「そうかなぁ…。じゃあ、レナももっと甘えていいよ?」


「ユウにだけ特別に?」


「そう。オレにだけな。」


「うん。」


レナはユウを見上げてじっとユウの目を見る。


(あっ、この顔久し振り…。)


ユウはレナの頬に手を添えて、レナの唇をついばむように、優しくキスをした。


レナも目を閉じてユウのキスに応える。


長いキスの後、ユウはレナを包むように抱きしめて、幸せそうに呟いた。


「至福の時だな…。」





翌日からユウは、またツアー先に出掛けた。


レナはカメラマンの仕事をこなし、ユウのいない部屋へ戻る。


一人で夕飯を食べながら、レナはぼんやりと考える。


(私とユウは仲直りできて幸せだけど…ケイトとのことは、どうなってるんだろう?)


ツアー初日にレナが会場にいる間、ケイトはいつもみたいにユウにベッタリくっついて来たりはしなかったし、一緒にいるところも見かけなかった。


(ケイトも今はプロとして仕事に徹してるのかな…。だけどこのまま終わることはなさそうだし…ユウはケイトになんて言うんだろう?)




数日後、レナも密着取材のために新幹線に乗って神戸へ向かった。


翌日が休みなので一緒に観光しようとユウと約束したレナは、今夜のライブの後は駅近くのビジネスホテルに宿泊する事にした。


(神戸って初めて…。楽しみだな。)


レナは駅のコンビニで買ったガイドブックを楽しそうに眺める。


「神戸で観光か?」


相川がガイドブックを覗きながら言う。


「うん。ユウも私も明日は休みだし、せっかくだから観光しようってことになったの。神戸って初めてだから、楽しみなんだ。」


「やっぱり南京町で食べ歩きだろ。」


「相川くん、行ったことあるの?」


「何回か仕事でな。」


「へぇ…。」


嬉しそうにガイドブックを眺めるレナを見て、相川は肩をすくめる。


「いいねぇ。新婚さんは楽しそうで。」


「もう、冷やかさないで。」


昔、タウン誌の取材で一緒に出掛けた時、レナはこんなウキウキした顔はしなかったなと相川は思った。


(やっぱりレナは、旦那とじゃなきゃ、こんな顔はしないか…。)




新神戸に着いてタクシーで会場に足を運ぶと、`ALISON´はステージで立ち位置を確認したり今日の段取りを確認したりしていた。


(あっ、ユウ…。)


数日ぶりに見るユウの姿に、レナは思わず口元をゆるめた。



この間のライブで、ユウが会場に向かってピックを投げたのを見たのは、レナに向かって投げた1度きりだった。


(そう言えば、去年のツアーの時も、1度も見たことないような…。)


もしかして、自分にだけ特別に投げてくれたのかも…と、レナは微笑む。


(今日はどんなユウが見られるのかな…。)



レナはメンバーたちに挨拶をすると、カメラを構えて、リハーサル風景をカメラに収める。


ユウは写真を撮るレナを見て微笑んだ。


(やっぱり写真を撮ってるレナはキレイだ。)




その日のライブも大変な盛り上がりを見せた。


ステージで演奏をするメンバーたちをカメラで追いながら、レナは時々、ステージで楽しそうにギターを弾くユウをファインダー越しに見つめて微笑む。


(どんなユウも好きだけど、やっぱり、ギターを弾いてるユウは最高にカッコいいな…。)


ステージのすぐそばで、レナがユウに向かってシャッターを切ると、ユウがレナに向かってピックを投げた。


レナは手を伸ばして、それをキャッチする。


ユウはそんなレナの姿を見ると、声には出さず口元で何かを呟いてニッと笑う。


(今、ユウ…“好きだよ”って言った?!)


レナはそんなユウに一瞬目を奪われ、真っ赤になった頬を思わず両手で押さえた。


(何これ…カッコ良すぎる…。)


レナはピックをポケットにしまい、再びカメラを構えてメンバーたちの姿を追った。


そしてアンコール前のMCで、レナはまたしてもタクミに捕まって、強引にステージに連れ出されてしまった。


「オレのかわいい奥さんでーす!」


「だから違うだろ!!」


レナの肩を抱き寄せるタクミの腕から、ユウはレナを奪い返す。


そしてレナの背中に手を添えて、マイクの前に立った。


「タクミのじゃなくて、オレの大事な奥さんです。いろいろ心配かけましたが、2月14日に無事に入籍しました。この先ずっと二人で頑張って行きますので、温かく見守って下さい。」


ユウが少し照れ臭そうに話すと、会場からはキャーッと言う黄色い声と、わーっと言う大歓声が起こった。


「あれっ?!今日のユウはいつもと違うね。」


タクミが拍子抜けしたようにユウを見る。


「いつもなら真っ赤になってオロオロしてるのになぁ。」


リュウもベースを手に、不思議そうにユウを見る。


「ユウに何が起こったんだ?」


トモがドラムセットの前で首を傾げている。


「ユウだよね?まさか替え玉ってことは…。」


キーボードの前のハヤテが呟くと、ユウがニヤリと笑った。


「いつまでも同じこと繰り返さないよ。オレだって少しは成長するし。このメンバーの中では最年少でも、唯一の既婚者だからな。」


得意気に話すユウを見て、リュウとトモが顔を見合わせる。


「聞いたか?」


「聞いた。」


「これって自慢か?」


「ノロケなのか?」


「やっぱりユウから奥さん奪っちゃおうぜ。」


「オレも参戦する!!嘘じゃなくて、本物のオレの奥さんでーすって言いたい!!」


「じゃあ、最年長のオレも参戦すべき?」


「4人で争奪戦だな!!」


「なんでそうなるんだよ!!オレの嫁だから!!オマエらには絶対渡さん!!」


ユウはあたふたしているレナを抱き上げると、スタスタとステージの裏へとレナを運んだ。


「ユウ?!」


レナはいつもと違うユウの堂々とした姿に驚いて顔を見上げる。


「オレはレナの旦那だから。かわいい奥さんはちゃんと守らないと。」


ユウはレナをそっと下ろすと、頭を優しくポンポンとやって笑みを浮かべる。


「行ってくる。」


「うん。頑張ってね。」


レナに軽く右手を上げてステージに向かうユウの背中を、レナはじっと見つめた。


(昔、ユウが私から離れて行った時は、ユウの後ろ姿にどんなに手を伸ばしても、もう届かないんだってすごく寂しかったけど…今は誰よりも私のそばにいて、私を包んでくれる…。ユウと一緒にいられて、本当に幸せ…。)


レナは幸せな気持ちで、ユウのギターの音を感じながら、`ALISON´の演奏と、アンコールに沸く会場の熱気に、目を閉じて身を委ねた。





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