嘘をついても
レナが自分の部屋へ入ると、ユウはお風呂に入り、湯船に漬かって考えていた。
(何をわかって欲しかったんだろう…?)
ユウの知らない自分の過去をわかって欲しかったのか。
それとも、ずっとユウを騙していたことをわかって欲しかったのか。
(知らないままでいた方が幸せだった…。)
知る必要のない過去なんて、知らない方が幸せに決まっている。
レナがずっと自分だけを想ってくれていたと思っていた方が、幸せだった。
(じゃあなんで今更…?)
レナの言葉の意味がわからず、ユウは頭を抱える。
(オレも、レナに嘘をついた…。)
ケイトとは何もなかったのかとレナに聞かれた時、本当のことは言えなかった。
だけど今になって、なぜレナはそれを聞いたのか?
ユウはハッとして顔を上げる。
(まさか…オレがいないところで、ケイトから本当のことを聞いていたんじゃ…?!)
確か水野が、ケイトの撮影で急病になったカメラマンの代わりをレナが務めたと言っていた。
その時に、ケイト本人の口から、ロンドンにいた頃のユウとケイトの関係を聞かされたのではないか?
もしそうなら、常にユウに寄り添うケイトや、それを強く拒否しないユウの姿を見て、レナが不安になってもおかしくはない。
(レナは…不安な気持ちをわかって欲しかったのか?!)
ユウは、レナが“もうどこへも行かないで”と泣きながら何度もユウを求めてきた夜のことを思い出した。
(いつもと様子が違ったのは、レナがケイトからオレとの過去を聞いて不安だったから?!)
思えば、あれからレナの様子がおかしかった。
レナがユウの知らない過去を話したのも、あの後のことだ。
さっき、レナは“嘘ついてごめんね”とは言ったが、何が嘘だったのかは言わなかった。
(もしかして…他の男と付き合っていたって話の方が嘘?!)
もしそうなら、なぜレナはそんな嘘をついたのか?
(そのせいでオレは、レナのことをめちゃくちゃ疑って…レナが他の男のところに行くんじゃないかって…。)
そこまで考えて、ユウはやっと気が付いた。
わかって欲しかったのは、知りたくもない相手の過去を知った時の気持ちなのかも知れない。
好きな人の過去の相手が現れて、自分の知らない過去の話をしたり、親密そうに近付いてきた時、それがどんなに不安なのか。
思えば今まで、レナは知りたくもないユウの過去の相手を何度も見ている。
その度にレナは、どんな気持ちでいただろう?
強く責めたり怒ったりしないレナのことを、過去のことは仕方ないと許してくれているのだと思っていた。
(オレ…バカだ…!!)
ユウは慌ててお風呂から上がり、レナの部屋のドアを開けた。
レナはベッドの上で、声を殺して、一人泣きじゃくっている。
「レナ!!」
ユウは泣いているレナを強く抱きしめた。
「ごめん…。オレ、レナの気持ち、全然わかってなかった…。」
「ユウ…。」
「考えたらわかることなのに…レナが不安なの隠して、無理して笑って許してくれてるの、全然気付いてなかったんだ。ホントにごめん。」
レナはユウの腕の中で、声を上げて泣いた。
「ユウがまた私のそばから離れて行くんじゃないかって怖かったの、すごく不安だった!ケイトに何されても黙ってるユウを見てるのも、すごくつらかった!私のユウを取らないでって、本当は大声で言いたかったの!!好きなのはレナだけだって、ケイトの気持ちには応えられないって、どうしてハッキリ言ってくれないの?!優しいのはレナにだけ特別なっていつも言ってるくせに、なんで私以外の人にまで、そんなに優しくするの?!ユウのバカ!!嘘つき!!そんなユウ、大嫌い!!」
ずっと胸の奥に溜め込んでいたいろんな気持ちが溢れ出して、レナはつらかった思いのすべてを、初めてユウにぶつけた。
レナは今まで生きてきた中で、こんなに感情をむき出しにして大声で泣くのも、胸の内を吐き出すのも、初めてだった。
「つらい思いさせてごめん…。それでもオレは…誰よりも、レナが好きなんだ…。」
腕の中で泣きじゃくるレナの髪を撫で、ユウは何度も何度も“ごめん”と繰り返す。
「オレはどこにも行かないよ…。オレはもう、レナしか愛せない。レナじゃないと、ダメなんだ。」
「嘘つきな私でも…?」
レナは涙声で絞り出すように呟く。
「オレのこと愛してるって言ってくれたのは、嘘じゃないだろ?」
レナはユウの胸に顔をうずめてうなずいた。
「ユウならわかるでしょ…。私には…最初からユウしかいないよ…。」
レナの言葉を聞いて、ユウは抱きしめる腕に力を込めた。
「レナ、つらい思いばっかりさせてごめん。嘘なんかつかせてごめん。オレも、レナに知られたくなくて嘘ついた…。ホントにごめん。」
「うん…。」
ユウはレナの頬を両手で包み、レナの涙を濡らす涙を親指で拭った。
「誰になんて言われても、オレが愛してるのはレナだけだ。信じてくれる?」
「うん…。ユウは、どっちの私を信じるの?」
「そんなの決まってる。オレだけが知ってるレナが、オレのレナだ。」
「うん…そうだよ…。」
ユウはレナの唇に優しく口付けた。
「他の人には見せない顔も、他の誰も知らないレナも…全部オレだけが知ってるんだよな。」
「うん…。ユウじゃなきゃ…他の人じゃ、イヤだよ…。他の人とは考えられない…。」
「ありがとう…オレを選んでくれて…。」
「もう、他の人の所へなんか行かないで…。」
「行かないよ。オレが欲しいのは、レナだけなんだから。」
「私は…ユウのものだよ?」
「うん…知ってる。オレだけのレナだ。誰にも渡さない。オレも、レナだけのユウだから。無理して笑ったりしないで、オレの前ではさっきみたいに、思いきり泣いても、怒っても、責めてもいいんだ。もっとわがままも言って欲しいし、甘えて欲しい。オレは、レナがもう不安になったり、一人で泣かないで済むように、レナの全部を受け止めたい。」
「ユウ…大好き…。」
二人はベッドに倒れ込み、何度も唇を重ねた。
「嘘ついて、ごめんね。」
「嘘で良かった。」
二人は額をくっつけ合って微笑むと、また何度もキスを交わした。
「これからもずっと、レナ愛してるって言ってくれる?」
「当たり前。二人で神様に誓っただろ?」
「うん。ユウ、愛してる。」
「オレも、レナを愛してる。これからもっと、愛してもいい?」
「うん…。私も…甘えていい?」
「いいよ。いっぱい甘えて。一人で寂しい思い我慢させた分だけ、これでもかってくらい、目一杯甘やかすから。」
レナは嬉しそうに微笑む。
「ユウ、激甘だね。」
「レナにだけは、特別な。」
「うん…知ってる…。」
二人は抱きしめ合って何度も唇を重ね、不安だった心を温め合うように、お互いの気持ちを確かめ合った。
「ユウとこうしてるの…すごく、幸せ…。」
ユウに抱かれながら、レナが囁く。
「オレも、幸せ。もっと幸せにしてあげる。」
「うん…もっと、して…。」
「レナ、かわいい…。いいよ。いっぱいしてあげる。愛してるよ…。」
何度も求め合った後、二人は幸せそうに抱き合って、久し振りに心地よい眠りについた。
翌朝、ユウはレナと朝食を取りながらレナに尋ねた。
「結局レナの嘘は、どこからが嘘だったの?」
レナはコーヒーのおかわりをカップに注ぎながら静かに答える。
「相川くんと、大学時代のバイト先が一緒だったのはホント。でも、それだけ。」
「…水野は?」
「ユウがロンドンに行く前に告白されたのはホント。でも付き合ってない。ただの後輩。」
「そっか…。」
ユウはホッとしたように、コーヒーを飲む。
「ユウは…。」
言いかけて、レナは口をつぐんだ。
「やっぱりいい。」
「なんで?」
「聞きたくないもん。」
「そうだよな…。」
「だけど…ロンドンから帰って、私を選んでくれたのは、勘違いなんかじゃないでしょ?」
「当たり前。ずっと好きだったのはホント。」
「…なら、それでいい。私も一緒だから。」
そう言って、レナは穏やかに微笑んだ。
朝食を終えると、ユウはレナが用意した着替えの入った鞄を持ち、玄関で靴を履く。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
軽くキスを交わし、ユウはレナを抱きしめた。
「ホントは離したくないんだけどな…。」
「ふふ…。ユウったら…。」
ユウはもう一度レナにキスをすると、レナの頭を優しく撫でた。
「レナの笑顔見られたから、頑張れそう。」
「うん、頑張ってね。」
笑顔のレナに見送られ、ユウは笑顔を浮かべて玄関を出た。
(ユウが笑ってくれると、私も嬉しいな。)
翌日、`ALISON´ライブツアー初日。
レナは密着取材のため、朝から相川と一緒に新幹線に乗っていた。
レナはコーヒーを飲みながら、手帳をめくって今日の取材の段取りを確認している。
隣の席で腕を組んで目を閉じていた相川は、うっすらと目を開き、レナの様子を窺った。
(この間より、表情が明るいな…。)
相川はほんの少しレナの方に顔を向けて静かに呟く。
「旦那と…うまく落ち着いたのか?」
「えっ?!」
「顔に全部出てる。」
「ぜ、全部?!」
突然の相川の一言に、レナは赤くなった頬を両手で押さえ、慌てふためいている。
(レナも、そういう顔、できんだな…。)
大学時代に一緒にバイトしていた時、レナはいつも、その表情を崩さなかった。
微かに笑みを浮かべることはあっても、思いきり笑ったり、怒ったり、驚いたり、そういう感情を表に出すことはしなかった。
口数が少なくて無駄なことも言わないけれど、大袈裟なお世辞を言ったり、人の悪口を言ったり、女の弱さを見せてまわりの男性に甘えるようなことも、絶対にしなかった。
相川は、レナのそういう正直で裏表がなくて、まっすぐなところが気に入っていた。
いつも寂しげなレナのことが気になって、レナに積極的に話しかけたり、わざとちょっかいを出したりしているうちに、他のスタッフよりは仲良くなれたと思う。
ただ、一緒にバイトをしている間、胸に秘めた想いをレナに伝えることはできず、そのまま卒業してバイト先を辞めた。
やっぱり一言だけでも気持ちを伝えようと思った時には、レナは既に上京した後だった。
その後、仕事に追われながらも別の女性との恋愛をいくつか経験してきた。
ずっとレナを好きだったとか、そういうわけではないが、大学を卒業して8年も経って、偶然仕事でレナと会えた時は嬉しかった。
ただ、レナと`ALISON´のユウの熱愛報道や、週刊誌を賑わせた騒動も、レナの出演したファッションショーと“私にはユウしかいない”と言い切ったインタビューも、その後二人が結婚したことも知っていたから、レナが幸せならそれでいいと思っていた。
(あの時…あんな無防備に寂しそうな顔して…マジで、旦那から奪って…連れ去ろうかと思った…。)
相川は、レナの顔をじっと覗き込む。
「幸せそうな顔してるな。」
「そんなにじっと見ないでよ…。」
恥ずかしそうに目をそらすレナを見て、相川は苦笑いを浮かべて小さく呟いた。
「いつでも責任取ってやろうと思って、ヤケ酒の誘い待ってたのにな…残念だ。」
「何それ…。相川くん、私の嫌がることはしないんじゃなかったの?」
「オレとじゃ嫌か?」
「前にも言ったでしょ。そういうの、セクハラ発言って言うんじゃないの?」
「キツイねぇ…。」
「それに私、ユウ以外の人とは、考えられないから。」
レナが微笑んで小さく呟くと、相川は優しく笑った。
「そうか…。幸せなんだな。」
「うん…。」
「キレイになるわけだ…。」
相川は満足そうに呟くと、また目を閉じた。
(旦那のことが、好きで好きでたまんねぇんだな…。今まで見た中で、今日のレナが一番キレイだ…。あの時、衝動だけでレナの幸せを壊すようなことしなくて良かった…。)
ライブ会場に到着したレナと相川は、早速リハーサル風景の取材を始めた。
ステージの近くでカメラを構えているレナを見つけたユウが、ファインダー越しに優しく微笑んだ。
レナもほんの一瞬、ユウに微笑み返した。
そんなユウとレナの幸せそうな顔を見て、タクミは肩をすくめる。
(あー残念…早くも仲直りしちゃった感じ?)
二人が幸せならいいやと思いながらも、レナがユウといて悲しむくらいなら、本当に自分を選んでくれないかと思ってみたりもする。
レナにも、ユウにも言った言葉は、ただの冗談と言う訳でもない。
もしレナが自分を選んでくれるなら、喜んでこの先の生涯を共にするつもりだ。
ユウほどレナに恋い焦がれているわけではないけれど、初めて会った時から、なんとなくレナに惹かれている自分がいる。
自分が呼べばすぐに“タクミが呼んでる”と気付いてもらえるように、誰も呼ばない呼び方でレナを“あーちゃん”と呼ぶ。
もしユウがレナを好きじゃなかったら、なんの遠慮もなくレナにアタックしていただろう。
自分でも不思議な、掴み所のない曖昧な愛情。
自分の手で誰よりも彼女を幸せにできるなら、と思う。
(でも結局、あーちゃんはユウとうまくいってる時が、一番幸せそうな顔するんだよな。オレは、あーちゃんを幸せにしてあげたいだけだから、ユウから無理やり奪ってあーちゃんを悲しませるつもりなんかないんだ。)
タクミはカメラを構えてシャッターを切るレナに向かって、笑って両手でピースサインをして見せた。
レナはそんなタクミを見て、おかしそうにクスクス笑った。
(ユウに、気持ちがちゃんと伝わって良かったね、あーちゃん。オレの気持ちは一生伝わらなくても、あーちゃんが幸せそうに笑ってくれたら…オレは、それだけで幸せだよ。)
日が暮れて開演時間が近付いた頃、ライブ会場ではたくさんのファンが、`ALISON´の登場を心待ちにしている。
ステージ裏ではたくさんのスタッフが忙しそうに行き来し、メンバーたちも気合いのこもった様子で開演時間を待っていた。
「よーし、今日も気合い入れて行くぞ!!」
「よっしゃあ!!」
円陣を組んで手を重ね会うみんなの姿を、レナはカメラに収めた。
「あーちゃんも、こっちおいでよ。」
「え?!」
タクミに手を引かれ、レナも円陣に加わる。
「今日もカッコよく撮ってね!!」
「片桐さん、よろしくお願いします!!」
「最高の写真をよろしく!!」
メンバーたちに声を掛けられ、レナは嬉しそうに微笑んだ。
「ハイ、任せて下さい!皆さん頑張って下さいね!」
「うおー、更にヤル気出た!!」
「ガンガン行くぜ!!」
みんなの笑顔に、レナもつられて笑顔になる。
メンバーがそれぞれに動き始めると、レナはユウを見つめた。
ユウもレナの方を見る。
「頑張ってね。」
レナがユウに微笑むと、ユウはレナの頭を優しくポンポンと撫でた。
「行ってくる。」
(どんなに眩しい場所にいても、ユウは私の大好きなユウだ…。)
たくさんのファンの歓声と熱気に包まれながら`ALISON´のライブは始まった。
1曲目からノリのいい曲で会場を揺らす。
(みんなすごい…!!)
レナは、ステージの上で競うように個性を放つ5人の姿を必死で撮り続けた。
どの曲も、5人の個性がひしめき合うようにひとつのメロディーを作り上げる。
それはとても心地よく、身体中に響いた。
その中でもユウのギターは、レナの心を捕らえて離さない。
レナがファインダー越しにユウを見つめると、ユウの手からピックが投げられた。
それはレナの方を目掛けて飛んでくる。
(わっ…。)
レナが手を伸ばしてそれを受け取ると、ユウは唇の右端を上げて小さく笑った。
(ユウ、カッコ良すぎでしょ…。)
レナは少し照れ笑いを浮かべて、ユウのピックをポケットにしまった。
ライブが終盤に差し掛かった頃、タクミがステージにケイトを呼んで、ロンドンでの音楽仲間のケイトを紹介した。
そして、今回のコラボの話をする。
普段はイギリスで活動しているケイトだが、日本人の祖父に溺愛されていることで、日常会話程度なら日本語が話せるそうで、今回の曲は日本のみんなに聴いてもらうため、歌詞を日本語にしたらしい。
ステージの上のケイトも、日本語で挨拶をしている。
(日本語…話せるんだ…。)
いつもメンバーたちとの会話も英語なので、ケイトの流暢な日本語にレナは驚いてしまった。
(そんなに上手に話せるなら、スタッフやメンバーたちとも日本語で話せばいいんじゃ…。私にも英語だったし…。)
レナは、そんなどうでもいいことを考える。
そしていよいよ`ALISON´とケイトのコラボ曲が始まった。
『I miss you』
溢れる想い 抑えきれない
あなたをずっと 見つめてきたの
他の誰にも 渡したくない
あなたのすべて 愛しているの
私のことが好きだと言って
あの夜のこと 覚えてるでしょ?
他の誰かを 傷付けてでも
あなたのことを 手に入れたいの
他の誰かを見たりしないで
今 ここにいる私を見てよ
忘れられない恋も どこかに
捨てて 私を見つめて欲しい
もう これ以上 焦らさないで
私を抱いて ここでキスして
もう その瞳 そらさないで
私を見つめて そして キスして
私の気持ち 知ってるくせに
気付かないフリ しているんでしょ?
ひとり 私を置き去りにして
あなたは誰を想っているの?
他の誰かの夢を見ないで
今 ここにいる私を見てよ
叶わなかった恋も忘れて
私のことだけ 愛して欲しい
もうあなたしか 愛せないから
私を抱いて ここでキスして
もう忘れたの?あの日のことを
私の気持ちは 変わらないのに
ねぇ それ以上 何も言わず
私を抱いて ここでキスして
ねぇ その甘く優しい声で
私の名前を呼んで キスして
それは、大好きな人への想いを、半ば強引なほどストレートに歌ったものだった。
ケイトがメインで、タクミは控えめにハモリのパートを歌う。
レナは、タイトルが1度も歌詞に出て来なかったことを不思議に思ったけれど、少し考えるとその意味はすぐに理解できた。
(これ…『I miss you』って、ユウが恋しいって意味だ…。ケイトの、ユウへの想いを歌った曲なんだ…。)
ケイトの、ユウへの想い。
強気に好きだと言っているのに、それは愛する人の心には届かなくて、振り向いてもらおうと呼び掛ける姿も、必死で強がっているようで、どこか悲しい。
レナにとっては恋敵になるのかも知れないが、ケイトなりにユウを本気で好きなんだと思うと、ケイトの想いに、レナの胸が痛む。
(切ないな…。)
レナは、ステージの上のケイトの姿をファインダーで捉えると、少し切ない気持ちでシャッターを切った。
(でも、私も…ユウだけは、譲れないの…。)
ケイトがステージを去った後、いつものように`ALISON´の5人でラストの曲の演奏を終えた。
観客席からはアンコールの声が響き、ファンは`ALISON´がステージに戻って来るのを声を上げて待っている。
ほどなくして5人がステージに戻って来ると、更に大きな歓声が響いた。
タクミがマイクを手に会場をぐるりと見渡す。
「みんな、今日はありがとう。ライブツアー初日、幸先のいいスタートになったよ。」
愛敬たっぷりのタクミの笑顔に、女性ファンは黄色い声を上げる。
(さすがタクミくん…。)
「それではここで、みんなに紹介したい人がいまーす。」
タクミはステージのそばでカメラを構えているレナに視線を留めると、ステージから飛び降りて、レナの腕を掴んだ。
「えっ?!」
レナは突然のことに慌てふためいている。
「おいで、あーちゃん。」
タクミがやや強引にレナの腕を引いてステージに上がると、ユウは何事かとオロオロした。
「紹介します。オレのかわいい奥さんです。」
タクミがレナの肩を抱いてそう言うと、ユウが慌てて、その手からレナを奪い返した。
「オマエのじゃないだろ!!オレの大事な嫁だ!!オマエには絶対やらん!!」
思わず大声を上げてから、ユウは我に返って真っ赤になった。
会場からはキャーッと大きな声が上がる。
レナは、突然観客の前に連れ出され、大歓声に固まっている。
「タクミーっ!!」
ユウは大声で叫んで頭を抱えた。
「ユウは相変わらず照れ屋さんだねぇ。ファンのみんなの前で、ちゃんと報告しないと。」
タクミの言葉に、ユウは恥ずかしそうに頭をかきながら、渋々マイクの前に立つ。
「えー…いろいろご心配お掛けしましたが…2月14日に、無事に彼女と入籍しました…。」
ユウがレナの肩に手を添えて静かに話すと、会場からは二人を祝福する大歓声が起こった。
「ユウおめでとう!!」
「お幸せにー!!」
「ありがとう…。いろいろありましたが、二人で頑張って行きますので…温かく見守って下さい…。」
ユウはペコリと頭を下げる。
レナも我に返って、慌てて頭を下げた。
「とりあえず…彼女、ものすごく人前が苦手なんで…ステージからおろしてあげてもいい?」
ユウが小さく呟くと、観客からはまた歓声が上がる。
「ユウ優しいー!!」
「カッコいいー!!」
観客に混じって、メンバーたちもユウを冷やかす。
「キャーッ!!ユウカッコいいー!!」
「新婚さーん!!お幸せにー!!」
「旦那さん羨ましいーっ!!」
ユウは照れて真っ赤になりながら、メンバーたちを睨む。
「いい加減にしろ、オマエらーっ!!」
ユウはまた大歓声に固まってしまったレナの手を引く。
「大丈夫か?」
レナは茫然自失している。
「ユウ、ここはやっぱりお姫さまだっこで!!」
「ええっ?!」
「だって、あーちゃん動けなさそうでしょ。」
「……オマエなぁ…。」
ユウは仕方なくレナを抱き上げると、大歓声を背に、レナをステージ裏まで運んだ。
「レナ、大丈夫?」
ユウがレナをそっと下ろして、顔を覗き込む。
「ああっ…!う、うん…。」
まだ動揺しているレナの頭を優しく撫でると、ユウは優しく笑った。
「なんか、ごめんな。オレもビックリした。」
「う、うん…。大丈夫…。」
「終わるまでここにいて。ここから写真撮っててもいいから。」
「わかった…。」
とてもじゃないけどステージ前には戻れないと思い、レナはステージ裏からのみんなの様子を撮ることにした。
「じゃ、行ってくる。」
ユウはレナの頭を優しくポンポンと叩くと、ニッコリ笑った。
「うん、いってらっしゃい…。」
レナもようやく落ち着き、微笑み返した。
ユウがステージに戻ると、メンバーたちはこぞってユウを冷やかした。
「遅いぞー、ユウ。」
「まさかチューでもしてたんじゃ…。」
「するかーっ!!」
会場からはドッと笑いが起きた。
「さぁ、お待ちかねのアンコール行くよー!!」
タクミの明るい声で、アンコールの曲が始まった。
レナはホッとしてカメラを構える。
そんな様子を少し離れた場所から眺めていたケイトは、悔しそうに唇をかみしめていた。
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