新婚旅行

「ねぇ見てユウ、かわいい!!」


「ホントだ、かわいいなぁ。」


二人の視線の先には、母親に甘える、コロコロとかわいい赤ちゃんパンダが2頭。


「だっこしてみたいね。」


「もふもふしてそう。」


ユウとレナの視線は、愛らしい赤ちゃんパンダに釘付けになっている。


「テレビで見たよりずっとかわいいね。」


「うん、来て良かったな。」




先日、結婚式を挙げたばかりの片桐悠29歳と、片桐アリシア怜奈、29歳。



ユウは人気バンド`ALISON´のギタリスト。


188cmの長身、長い手足と甘く整った顔立ち。


照れ屋な性格で、人前で話すことが苦手なユウだが、最近はテレビの歌番組などで司会者から結婚の話題を振られた時の照れた顔がかわいいと、女性のファンが増えたらしい。



レナはアメリカ人と日本人のハーフの両親の元に生まれ、茶色い髪と茶色い瞳、すらりと背が高く日本人離れした顔立ちをしている。


幼い頃から極度の人見知りで人前に出ることと目立つことが苦手なレナだが、子供の頃からファッションデザイナーの母親のリサが経営するファッションブランド`アナスタシア´のモデルをつとめ、芸術大学の写真科を卒業してからはカメラマンとしても活動している。



レナは、愛らしい赤ちゃんパンダの写真を撮ろうとカメラを構える。


パンダに夢中になっているレナの横顔を、ユウは微笑みながら見つめていた。


「うまく撮れた?」


「うーん…動物って難しいよね…。」


それでもなんとかシャッターチャンスを逃すまいと、レナは懸命にカメラを構え、ファインダーを覗く。


(写真撮ってる時のレナって、やっぱりキレイだな…。)


高校時代から見慣れたはずのその横顔に、ユウはいつものように見入っている。


「やったぁ、いい写真撮れたよ。」


振り返って嬉しそうに微笑むレナを、ユウはたまらなくかわいいと思う。


「良かったな。後で見せて。」


「うん!」



その後も二人は、見事な演出のイルカショーを楽しんだり、サファリバスに揺られて普段なかなか近くで見ることの出来ない動物たちを間近で見たり、大人しい草食動物に触れたり、大きなジェットコースターに乗ったり、そのテーマパークでの1日を子供のように楽しんだ。



物心がつく前からの幼なじみだった二人は、互いに想いを寄せ合いながらも、その想いを伝えることができないまま、一度は離ればなれになってしまった。


それから10年の時を経て再会し、涙と別れを乗り越え、1年前にようやく恋人同士となり、そして先日、二人は晴れて夫婦となった。




結婚式の後、ユウが事務所の社長に言われた

「新婚旅行はどこに行くんだ?」と言う一言で

二人は入籍や挙式のことで手一杯で、新婚旅行のことまで考えていなかったことに気付く。


`ALISON´の新しいアルバムの発売日が、二人の誕生日でもある4月5日を予定していることもあり、3月下旬にはメディアへの出演などが相次ぎ、ゴールデンウィークにはツアーが始まることから「今のうちにどこかへ連れて行ってやれ!」と言う社長はじめ、バンドメンバーたちの心遣いで、短い休暇をもらうことができたユウは、勤め先の写真事務所から休暇をもらったレナを連れて、遠くへは行けないけど、気分だけでも…と旅行をすることにした。


2泊3日の短い旅行先に、二人はテレビのニュースで見た赤ちゃんパンダを一目見ようと、和歌山県の白浜にやって来た。



テーマパークを出て温泉旅館にチェックインすると、通された客室でゆっくりお茶を飲む。


「すごく楽しかったね。」


「うん、思ってた以上に楽しかった。」


ほどなくして仲居がやって来ると、手際よく夕食が並べられた。


「どうぞごゆっくり。」


仲居が部屋を後にすると、二人はテーブルに所せましと並べられた豪華な食事に目を輝かせる。


「すごい豪華…。こんなに食べられるかな?」


「うまそう。さ、食べよ。」


二人はグラスにビールを注いで乾杯すると、新鮮な刺身や色鮮やかな料理に舌鼓を打つ。


「おいしいね。」


「うん、うまい。」


「考えてみたら、二人で旅行なんて初めてだね。」


「そうだなぁ…。去年は何かと慌ただしかったもんな。」


「ユウとの旅行は、高校の修学旅行以来。」


「ホントだ。沖縄、楽しかったな。」


「また行きたいね。」


「ゆっくり時間ができたらさ、また行こうよ。オレたち…夫婦、なんだし。」


「うん…夫婦、だもんね。」


二人は、夫婦と言う言葉に、少し照れ臭そうに微笑んだ。




食事が終わって一息つくと、二人は着替えを持ってお風呂へ向かった。


レナが大浴場へ向かおうとすると、ユウはその手を掴んで、スタスタと大浴場とは別の方へ歩き出す。


「ユウ?お風呂、こっちでしょ?」


「こっち。」


ユウは大浴場とは別の露天風呂のドアを開けると、困惑気味のレナを引っ張り込んだ。


「貸し切りの露天風呂、予約しといた。」


「えっ…?えぇっ?!」


レナは慌ててユウの手から逃れようとする。


ユウは、そんなレナを抱きしめると、耳元で囁いた。


「一緒に入ろ。夫婦、でしょ?」


「だって…。」


恥ずかしさで真っ赤になるレナの頬にチュッと口付けると、ユウはレナのシャツのボタンを外しながら、意地悪そうに囁いた。


「前に一緒に入った時はバスタオル着用可だったけど、今日はダメだから。」


「やだ…。恥ずかしいよ…。」


「レナの体は何度も見てるよ?」


「それとこれとは違うの…。」


レナが恥ずかしがっているうちにも、ユウはレナの服を脱がせていく。


「オレとレナは、夫婦、でしょ?」


「そうだけど…。」


あっという間に服を脱がされ下着姿にされてしまったレナは、顔を真っ赤にして、手で体を隠しながらユウを見上げた。


「これも脱がせてあげようか?」


「ユウのエッチ!!」


「そうだよ。知ってるでしょ?」


ユウは笑いながら自分の服を脱ぐと、うつむいてユウから目をそらしているレナの頬に口付けた。


「先に行って待ってる。」


ユウが先に脱衣所を出てお風呂に行くと、レナは恥ずかしそうに下着を外し、髪を上げ、タオルで体を隠しながら風呂場のドアを開けた。


ユウは温泉に浸かりながら、レナのそんな姿を見て嬉しそうに笑う。


「おいで。一緒に入ろ。」


「あっち、向いてて。」


「えーっ…。」


「いいから、あっち向いてて。」


「ハーイ…。」


ユウがクルリと背中を向けると、レナは体を隠していたタオルを外し、掛け湯をしてそっと湯船に浸かる。


(こんなの恥ずかし過ぎる…。)


レナがユウに背を向けて、顔を真っ赤にしながら湯船に浸かっていると、ユウが近付いてきてレナを後ろから抱きしめた。


(……!!)


「レナ、つかまえた。」


「や…恥ずかしい…。」


「レナ、かわいい。ホントに恥ずかしがりやだな。そんなに恥ずかしがられると、余計にこういうこと、したくなるんだけど…。」


ユウはレナの首筋にキスを落とす。


「んっ…ダメ…。」


「ダメ?」


「…ダメ…。」


「じゃあ、お楽しみは後に置いとこうかな。」


「ユウって、ホントにエッチ…。」


「レナにだけ、特別な。」


「……うん…。」



二人でのんびりと露天風呂に浸かりながら、夜の白良浜を眺める。


静かな夜に響く寄せては返す波の音。


時おり頬を撫でる風が心地いい。


「キレイだね…。」


「うん。夜の海もいいな。」


「これから、ユウと一緒にいろんな所に行きたいな。キレイな景色とか、おいしいものとか、いろんな初めてのこと、ユウと経験したい。」


「うん、行ったことのないとこ、いっぱい行こう。」


「夫婦、なんだし?」


「そう。夫婦、なんだし。」


「子供の頃は…私もユウも、家族旅行なんてできなかったもんね。」


「お互い、多忙極まりない母親だしな。一人っ子同士だし。」


「だから余計に、私たちずっと一緒にいたんだろうね。ユウと一緒にいると安心したし、全然寂しくなかった。」


「じゃあ、お互い一人っ子で良かったのかな。もし男の兄弟がいたら、レナを取り合いになってたかも知れないもんな。」


「どうだろ?でも私はやっぱり、誰に何を言われても、ユウを選ぶよ。」


「言い切っちゃうんだ?」


「うん。だって…。」


レナはお湯の中で、ユウの長い腕に後ろから優しく抱かれながら、少し振り返ってユウを見上げて微笑んだ。


「ユウ以外の人といる自分を、想像できないし…したくもない。私には…ユウしか考えられない。」


「オレも、レナしか考えられない。」


ユウはレナの唇に優しく口付けた。


「オレきっともう…一生レナしか愛せない。」


「きっと?」


ユウは笑いながらギュッとレナを抱きしめる。


「絶対、だな。」


「うん…神様に、誓ったもんね。」


「そうだな。」


「私も、一生ユウだけ愛してる。」


優しい波の音を聞きながら、二人はもう一度唇を重ねた。


唇が離れると、ユウはレナの耳元で囁く。


「もっと、愛したいな…。」


「え…。」


「そろそろ、我慢も限界かも…。」


「ユウったら…。」


「上がろ。」


「…うん…。」


レナがユウに背を向けて、先にユウがお湯から上がるのを待っていると、ユウはその長い腕で突然レナを抱き上げた。


「キャッ!!」


「一緒に、上がろ。」


「恥ずかしいの!!」


「そんなとこも好き。」


「ユウのバカ!!エッチ!!もうキライ!!」


「レナは…こんなオレ、キライ?」


「……ううん…好き…。」


ユウはレナの体にタオルをかけてやると、横抱きにして軽々と脱衣所まで運ぶ。



(なんか…ユウがだんだん大胆になっていくような…。色っぽくなっていくような…。)


付き合い出したばかりの1年前からは想像もつかないような、ユウの大胆な行動や、色っぽい仕草や甘い言葉が、時にレナを翻弄し、時に溺れさせる。


(一緒にいると、そうなって行くのかな?……一緒にいると…ってことは、私も変わってるってこと…?)


途端に恥ずかしさが増して、レナは更に顔を真っ赤にする。


「どうしたの?」


ユウはそっと下ろしたレナの体をバスタオルで包みながら、その色っぽい目でレナを見る。


「なんでもない…。」


レナはユウの視線から逃れるように、慌てて目をそらした。


「恥ずかしいから、あんまり見ないで…。」


「ずっと見てたいんだけどな…。」


「ダメ!!もう、あっち向いてて!!」


「ハイハイ。」


ユウは笑いながらレナに背を向けると、少し離れた場所で体を拭いて、浴衣を着る。


(あっち向いてろって言われたけど…。)


ユウはレナに気付かれないように、そっとレナの方を見た。


レナが、浴衣に袖を通している。


(めちゃくちゃ色っぽいんだけど…!!)


初めて見るレナの浴衣姿。


ゆるく結い上げた髪。


細い首筋にかかる後れ毛。


(レナ、だんだん色っぽくなってくな…。)


付き合い出した頃のレナは、それまで誰とも恋をした経験がなく、何もかもユウが初めてで、ユウが体に触れることにも、自分からユウに触れることにも戸惑っていた。


(あれから1年経って…まさか結婚までしてるとは思わなかったけど…レナは、オレだけのレナなんだよな…。)



18歳の時にたった一人で決めて、誰にも言わずロンドンへ渡った時には、レナを傷付け泣かせた自分は、もう2度とレナには会えないと思っていた。


10年間、レナとは離ればなれで1度も会わなかった。


どこで何をしているのかもわからなかった。


それが1年前、思いがけずレナと再会して、やっぱりレナが好きだと、ずっと忘れようとしていたレナへの想いが、抑えきれなくなった。



(つらいこともいろいろあったけど、今レナと一緒にいられて本当に幸せだな…。)


レナの後ろ姿にユウが目を細めていると、不意にレナが振り返る。


「あ…あーっ!!あっち向いててって言ったのに、ずっと見てたの?!」


レナがユウに駆け寄って、真っ赤な顔でユウの胸をドンドン叩く。


「ずっとじゃない…今、チラッと見ただけ…それより痛いよ、レナ。」


「ホントに?体拭いてる時とか…裸の時は見てない?」


レナはユウの胸を叩く手を止め、じっとユウを見上げる。


(めちゃくちゃかわいい…。)


「見てないよ。…見たかったけど。」


「もう!!」


「そろそろ予約の時間も終わるし、行こ。」


「ん…素敵な庭園、あったね。行ってみたいな。」


「うん。」



二人は売店で買った水を飲みながら、浴衣姿でゆっくりと庭園を散歩した後、手を繋いで客室に戻った。


二人がお風呂に入っている間に、客室には布団が2枚並べて敷かれていた。


(なんて言うか…浴衣に布団って妙に…。)


普段とは違うシチュエーションに、急にドキドキしながら、ユウはレナの様子を窺う。


レナは濡れたバスタオルをハンガーに掛けると客室の奥の応接セットのソファーに座って、大きな窓から夜景を眺める。


(…すごく色っぽい…。)


ユウは冷蔵庫からビールを取り出し、栓抜きで栓を開けてグラスに注ぐ。


「ハイどうぞ、奥さん。」


「ありがとう、旦那様。」


二人でグラスを合わせて乾杯すると、ユウは勢いよくグラスを空けた。


「はー、うまい。」


「ユウはビール好きだよね。」


「そうだなぁ。」


「この辺り、有名な地ビールがあるんだって。お土産に買って帰ろうね。」


「いいねぇ。」


レナがユウのグラスにビールを注ぐ。


レナのそんななんでもない仕草にも、ユウは見とれていた。


(このカッコ…何しても色っぽい…。)


じっと見つめるユウの視線に気付いたレナは、照れ臭そうにユウから目をそらした。


「あの…そんなにじっと見られると、恥ずかしいんだけど…。」


「いや…レナ、色っぽいなーって…。」


「えぇっ?!」



モデルとしては恵まれた体型の、背が高く細い体は、レナにとってはコンプレックスだった。


もっと色気が出るように努力した方が良いのかと考えるものの、具体的にどうすれば良いのかもわからない。


体質的に太れないので、かつてユウが関係を持ってきたたくさんの女の子たちのように、胸が大きくて女性らしく色っぽい体つきにはなれない。


胸は決して小さくはない方だとは思うが、かつてユウと体を重ねたことのあるグラドルのアヤに言われた“色気ゼロ”と言う言葉は、いまだにレナの頭から消えない。


時々ユウに色っぽいと言われても、レナは、一体こんな自分のどこに色気などあるのかと不思議に思う。



(だから結局…色気って何?)


「あの…おっしゃる意味が、よくわかりません…。」


「え?」


「時々ユウが私に言う、色っぽいって言葉の意味が、わかりません…。」


「なんで?」


「だって…私の体、全然色気ないでしょ…。細いし背も高いし……胸もたいして大きくないし…。」


「…そうか?」


ユウは不思議そうにレナを見つめる。


「オレにとっては最高に色っぽいんだけど。」


「どこが?」


「どこがって…首筋とか胸とか…体のラインとか…とにかく全部。服着てても着てなくても、体も仕草も表情も…レナの全部が色っぽい。」


ユウのストレートな言葉に、レナは真っ赤になった。



「レナ、真っ赤。」


「だって…。」


「そういうとこ、すごくかわいい。」


ユウはレナの手を引いて、布団へ導く。


「さっきからレナが色っぽ過ぎて、かわい過ぎて、オレもう我慢できないんだけど。」


「え…。」


レナを布団の上に座らせると、ユウはレナを後ろから抱きしめた。


レナの耳や首筋にキスをしながら、ユウの手は浴衣の襟元からそっと忍び込む。


「浴衣って、なんかエロい。」


「ユウのエッチ…!!」


「知ってるでしょ?レナにだけ特別だって。」


「…うん…。」


ユウはレナを抱き上げ膝に座らせると、レナの髪を愛しそうに撫でた。


「オレは、レナの全部が好きだよ。」


「ユウ…。」


「オレはレナにしか、興味ないから。」


「うん…。ユウのそういうとこ、大好き…。」


照れ臭そうにレナが微笑むと、ユウはレナの唇に優しく口付けた。


優しいキスはやがて熱を帯びて、二人は浴衣を乱して抱き合った。



旅先でのいつもと違う夜。


いつもよりユウは激しくレナを求め、レナはいつもよりユウの愛情を深く感じた。





翌朝、豪華な朝食でお腹いっぱいになった二人は、旅館のフロントで手配してもらったレンタカーに乗って出掛けることにした。


「まずはどこ行く?」


運転席のユウが尋ねると、助手席に座ったレナがガイドブックを手に、ウキウキした様子で答える。


「どこがいいかな?キレイな景色もいっぱい見たいし、美味しいものも食べたいし…。」


「いくら美味しくても、今は食えないよ。朝食でお腹いっぱいだろ。」


「そうだったね。」


「じゃあ…ここ、行ってみる?」


「うん、行ってみよ。」




二人を乗せた車は海沿いの道を通り、体験型アトラクション中心のテーマパークに到着した。


トリックアートや3D映画、錯覚を利用したアトラクションなど、不思議な体験にドキドキワクワクしながら楽しんだ。



遊び疲れた二人は、白良浜を眺めながら足湯に足をつけてひと休みすることにした。


「夕べ、露天風呂から眺めた夜の白良浜もキレイだったけど…。」


「うん、昼間もいいな。」


「足湯、気持ちいいね。」


「底の小石、ツボ押し効果で気持ちいいな。」


二人が足湯を楽しんでいると、そんな二人に気付いた周囲の人たちが、仲の良い二人を微笑ましく見ている。



「あら、ユウくんとアリシアちゃん違う?」


「ホンマやわぁ。本物はテレビよりオトコマエとべっぴんさんやねぇ。」


「お二人結婚したんやって?おめでとう。」


「ハ、ハイ、ありがとうございます…。」


近くに座って足湯に足を浸していた関西弁のオバチャンたちに突然話し掛けられ、オバチャンパワーに圧倒されながらも、ユウとレナは、見ず知らずの人たちまでもが、自分たちの結婚を祝福してくれることを嬉しく思った。


「こんなオトコマエの旦那さんやと、奥さんは心配やね。」


「ふふ…。大丈夫ですよ。」


「むしろ旦那さんの方が心配してはるんちゃう?こんなキレイなお嫁さんやもんね。」


「そうですね…。でも、大丈夫です。」


「お嫁さんがキレイやって言うとこだけは認めはるんや!!ホンマ仲がエエんやねぇ。」


「はは…。」


(関西のオバチャン、噂で聞くよりつえぇ!!)


「こんなとこでこんな有名人に会えるとは思うてなかったから、ホンマ嬉しいわぁ。オバチャン、これからずっと応援してるで。」


「ありがとうございます。」


「うちの娘、アリシアちゃんのファンでね、アリシアちゃんのお母さんとこの服、今度娘と買いに行く約束してるんよ。」


「ありがとうございます。母も喜びます。」


「ほな行こか。邪魔してごめんねぇ。」


「お幸せにねぇ。」


「ユウくん、浮気はあかんでぇ!」


「し、しませんよ!!」


「アリシアちゃん、うんと大事にしてもらうんやで!!」


「ハイ。そうします。」


「エエなぁ、新婚さんは。かわいいわぁ。」


オバチャンたちは二人に手を振ると、賑やかに去って行った。


ユウとレナは顔を見合わせ、クスクス笑う。


「そろそろオレたちも行く?」


「そうだね。」


ユウとレナは足湯で温まった足をタオルで拭きながら楽しそうに話す。


「オバチャンたち、すごいパワフル。」


「でも、面白かったね。」


「関西弁?」


「うん。それにオバチャンたち優しかった。」


「オレには厳しくなかった?」


「しょうがないんじゃない?」


「えー…。」


「新婚さんだって。」


「うん、言ってたな。」


「なんか、照れ臭いね。」


「そうだけど…。新婚夫婦、だしなぁ。」


ユウとレナは靴を履いて、手を繋ぎ、指を絡めて歩き出す。


「そろそろお昼だけど、お腹空いた?」


「もう少し?」


「じゃあ、探しながら腹減らそう。」



テーマパークを出ると、車で海沿いの道を走りながら昼食を取る場所を探した。


「海辺だけあって、海鮮丼とか寿司とか、多いな。レナは何がいい?」


「夜は旅館でまたしっかり和食だと思うから、お昼は軽めの物でいいかな…。ユウは?」


「うん、オレもそれでいい。」


ドライブがてら、白浜の市街地から離れた場所まで車を走らせた所で、海沿いにひっそりと建つレストランを見つけた。


「行ってみようか。」


「うん。」



車を降りて二人で店内に入る。


明るくゆったりとした雰囲気の店内で、パスタのランチをオーダーした。


「素敵なお店だね。」


「うん、窓からの眺めが最高。」


窓からの景色とおいしいパスタをゆっくりと堪能した二人は、再び車に乗り込んで、ガイドブックを開いた。


「どこか行きたいとこある?」


「私、ここ気になる。写真撮りたい。」


「よし、行ってみよ。」



二人はグラスボートに乗って、ガラス張りの船底からの魚の姿や、珊瑚礁などを眺めて楽しんだ。


海底に広がる神秘的な海の世界や、白装束に身を包んだ海女による海底ショーは、地上からは決して見ることのできない、とても興味深い光景だった。


船が円月島のすぐ間近まで来た時、レナが嬉しそうにその景色を眺めながらユウに尋ねる。


「夕方、この島をあっちの砂浜から撮りたいんだけど、いい?」


「ん、いいよ。どうして?」


「和歌山の夕陽100選に選ばれてるんだって。自分の目で見て、撮ってみたいの。」


「へぇ…。それは見ておかないとな。」



レナは本当に写真を撮るのが好きなんだな、とユウは思う。


高2の時に、担任に勧誘されて軽い気持ちで写真部に入ったレナが、今ではプロのカメラマンだ。


(人生、何がどう転ぶかなんて、わかんないもんだな…。オレもまさかレナと一緒になれるなんて、思ってもみなかった…。)


あの頃は、ただレナを想うばかりで、自分の気持ちも伝えることができなかった。


それが今では、自分には一生無理かもと思っていた結婚をしている。


それも、相手は幼い頃からずっと想い続けたレナであることが、ユウには奇跡のようにも思えた。



それから二人は、白浜の絶景を求め、千畳敷や三段壁に足を運んだ。


レナは嬉しそうに景色を眺め、夢中になってカメラを構える。


そんなレナの姿を、ユウはスマホのカメラで写真に収めた。


(ホントにいい顔するな…。)


ユウは、スマホの画面に映るレナを愛しそうに眺めて微笑んだ。


夕方になると、レナが見たいと言っていた円月島の夕景を砂浜から肩を寄せて眺めた。


「キレイだね。」


「うん。でも、こっちはもっとキレイ。」


ユウはスマホのカメラをレナに向ける。


夕陽に照らされた、穏やかなレナの横顔を写真に収めると、ユウは満足そうに笑う。


「あっ…また…。」


不意に写真を撮られたレナは、照れ隠しにユウにカメラを向けてシャッターを切る。


「お返し。」


「やったな…お返しのお返しだ!!」


ユウもレナにスマホのカメラを向けてシャッターを切る。


「ふふ…ユウと写真を撮ると、いつもこうだね。」


「昔からな。」


ユウはレナの肩を抱き寄せて、自分たちにカメラを向けてシャッターを切った。


「二人の写真も、撮っとかないと。」


「うん。新婚旅行、だもんね。」


「そうだけど…もっとゆっくり時間ができたら、もう少し遠くに旅行に行こうか。」


「うん…。でも、これも私には、ちゃんと新婚旅行だよ。ユウと二人で初めての旅行、すごく楽しい。」


「オレも楽しい。レナが喜んでくれるなら、それが一番嬉しいし。」


「優しいね、うちの旦那様は。」


「かわいい奥さんのためだから、特別な。」


二人は顔を見合わせて微笑んだ。



その後、車で白浜の地ビールを買いに行った。


仕込みに白浜の名水を使ったと言うそのビールは、おしゃれな小瓶に詰められ、レトロ調のラベルが貼られていた。


ユウの事務所やバンドのメンバー、レナの写真事務所の人たちへのお土産と、家で自分たちが飲むために、味の違う二種類のビールを大量に注文して、宅配便で送ってもらうことにした。


「家で二人で飲もうね。」


「楽しみだな。」


そして二人は車に乗り、旅館へと戻った。




旅館に戻ってほどなくすると、昨日とはまた違ったメニューの豪華な夕食が用意された。


「今日の夕食も、すごい豪華。」


「昼飯、軽めにして正解だったな。さ、食べよっか。」


「うん。」


二人はビールで乾杯すると、たくさんの料理をゆっくりと味わう。


「クエ鍋、すごくおいしい!!」


「高級魚らしいぞ。」


「東京に戻ったらなかなか食べられないものばかりだね。」


「うん。しっかり食っとかないと。」


豪華な夕食でお腹いっぱいになった二人は、お腹が落ち着くまで、しばらく窓からの夜景を見ながら、のんびりと過ごした。



「お風呂、行こうか。」


ユウが着替えを持って立ち上がる。


「今日は、大浴場に行くからね。」


「残念ながら、今日は別々。貸し切り風呂、予約できなかった。」


ユウの言葉に、レナはホッと胸を撫で下ろす。


「オレと風呂に入るの…そんなに嫌?」


ユウは少しすねたようにレナに尋ねる。


「嫌とかじゃなくて…恥ずかしいの。」


レナも着替えを持って立ち上がる。


「オレは毎日でもレナと一緒に風呂に入りたいんだけどな…。」


「それはダメ…。」


レナはユウの言葉に耳まで真っ赤になった。


「まぁ…家に帰ってもずっと一緒だし、今日は別々で我慢しとく。たまにはいいでしょ?」


ユウに甘えたように目を覗き込まれて尋ねられると、レナはうつむきながら小さく呟く。


「………たまになら…。」


「やった。」


ユウは嬉しそうに笑ってレナの頬に口付けた。


(ユウが…どんどん大胆になってく…。)




大浴場でゆっくりとお風呂に浸かった後、二人で客室に戻った。



「明日の夕方には東京に戻るんだな…。」


「なんか、あっという間だね。」


二人でビールを飲みながら、のんびりと寛ぐ。


「初めて来たけど、すごく楽しかった。」


「うん、また来ような。」


「そうだね。パンダもイルカもすごくかわいかったし、景色もすごくキレイだった。また来たいな。」


「いつか子供ができたら見せてやりたいな。」


「うん…。」


子供ができたら、と言うユウの言葉に、レナは少し照れて頬を染める。


「それまでは二人で、いろんなとこに行こ。」


「うん。」


頬を染めながら照れ臭そうにビールを飲むレナを、ユウは愛しそうに見つめる。


(ホントかわいい…。)


ユウはレナの手を引いて、布団に向かう。


「そろそろ寝よ。」


「うん。」


「まぁ…このまま寝かせたりしないけど…。」


「えっ?!」


ユウはレナの頬に口付けると、ゆっくりと布団の上にレナを押し倒す。


「しょうがないじゃん。浴衣姿のレナが色っぽ過ぎるんだから。」


「えっ、えっ?!」


「なんと言っても、新婚さんだし。」


「そうだけど…。」


「こんなオレ、キライ?」


「…キライなわけないよ…ユウの意地悪…。」


「レナ、愛してる。」


「私も…愛してる…。」


ユウはレナの唇をついばむように、優しくキスをしながら、レナの髪を愛しそうに撫でる。


「一緒にいてこんなにドキドキするのも、幸せな気持ちになるのも、レナだけだよ?」


「うん…私も、ユウだけだよ…。」


二人は手を握り、指を絡め合い、何度もキスを交わした。


「オレ、レナと一緒になれて幸せ。」


「私も、ユウと一緒になれて幸せ。」


「もっと、幸せにしてあげる。」


「…うん…。」


新婚旅行二日目の夜も、二人は布団の中で、甘く幸せなひとときを過ごした。




翌朝、またしても豪華な朝食でお腹いっぱいになった二人は、チェックアウトを済ませてから旅館のお土産物屋さんへと向かった。


和歌山特産の梅やみかん、柚子などを使ったお土産物が、ところせましと並んでいる。


「梅そうめんだって。キレイな色。」


「梅の味、するのかな?」


「どうだろ?買ってみようかな。」


「本場だし、やっぱり梅干しは買っとく?」


仲の良い友人や親へのお土産、二人で家で楽しむためのお菓子やお酒など、たくさんの商品を二人で仲良く選び、宅配便で送ってもらうことにした。




旅館を後にした二人は、フロントに荷物を預けて、手を繋ぎ指を絡めてゆっくりと白良浜のビーチを歩いた。


「すごくキレイ…。」


青く澄んだ海に、白い砂。


関西屈指のリゾートビーチと呼ばれるだけあって、その景色はとても美しい。


「砂、すごいサラサラなんだね。」


「靴、脱いで歩いてみようかな?」


ユウは靴と靴下を脱いで、素足で砂浜を歩く。


「すごい気持ちいい。」


「ホント?」


レナもユウと同じように裸足になって砂浜を歩いた。


「楽しいね。裸足で砂の上を歩くなんて、子供の頃以来かも。」


「ホントだ。」


二人はしばらく、裸足でビーチの散歩を楽しんだ。




「そろそろ行く?」


ユウがコンクリートの上に座り、足の砂を払いながら、靴下を履く。


「そうだね。」


レナもユウと同じようにしようとすると、ユウがレナに肩を貸す。


「ほい。」


「ありがと…。」


(ユウって、ホントに優しい…。)


ユウの肩を借りながら、レナは足に付いた砂を払って靴下と靴を履いた。


「また、来ような。」


「うん。」



二人は旅館で預けていた荷物を受け取ると、タクシーで空港へ向かい、飛行機に乗って白浜を後にした。




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