第28話 チャチャが傷つけるのは夫の心だけ



 コタロウとチャチャは人に噛み付いたり引っ掻いたりしたことがない。軽く甘噛はするけれど、痛いほどには噛まない。


 チャチャからは一度だけ引っかき傷をつけられたことがある。うちに来て初めての日に足をお湯で洗おうとしたとき、驚いて私の体を駆け下りた。子猫の鋭い爪で怪我をした。それが最初で最後だ。


 コタロウは遊びに夢中のときにうっかり爪を引っ掛けることがあるけど、チャチャに至っては遊んでいる時も人間のそばだと爪を出さない。


 これは地味に凄いと思う。何回か見たことがあって、ものすごく夢中でバリバリ厚紙を破いて遊ぶようなワイルドな事をしている時(もちろん、ものすごく爪は出てる)私の腕が当たりそうになったら、さっと引っ込める。最初は偶然かと思ったけれど、いつでも誰にでもそうしていた。


 前回も書いたとおり、チャチャが傷つけるのは夫の心だけなのだ。


 しょっちゅう(シャー)はしても爪を出すことはしない。歯もむき出しにしない。とりあえず威嚇しておこうという感じだ。怖がりなのかもしれない。それから目が少し悪いのだと思う。これはだいぶ前から気がついていた。見えないのではなくて、見えにくいのか近眼なのか(猫にあるのかわからないけれど)ちょっといつもと違う時、とりあえず威嚇する。夫が変な服を着ている時、とか私の頭がピンク色の時(カーラー)とか、もれなくシャーだ。


 目が悪いからなのか耳がすごく良い。オハイオのこの家は裏庭よりも家の前がすごく広くて車道まで少し距離がある。それでも郵便の車が止まり、誰かが降りてくると、しゃーどころではなく、ネコ科大型動物、もしくは犬のように低く ううううう~~~と唸る。


 これで、私は「あ、アマソンからマンガ来た」とか「ネットで買ったどら焼き来た!」てなことを知ることが出来る。大急ぎで着替えもできる。夏でも冬でもパジャマショーツでしかもピンクハート柄だったりして、デリバリーのおじさん、さっと横を向いたりしていた。顔色が悪くなっている。すまぬ。


 それにしてもチャチャの唸りは迫力がある。そんな声どこから出るのかと思う。なぜなら、いつもはコタロウよりも高い声でにゃ~んと鳴くのだ。


 夫はチャチャに嫌われていると思いこんでいるけれど、反対ではないかなと最近思っている。チャチャが夫に何か頼む時はとびきり高い声でにゃ~んをする。足のまわりを8の字でスリスリもする。甘えているよね?


 これでもかと可愛いポーズをしているのに夫はお皿を洗うのに必死で見えてない。私はさっさと洗って猫缶も目分量で適当にいれるのだが、夫は猫皿をきちんときれいに洗って、ペーパーナプキンで水気を拭いて、プラスチックのスプーンで缶詰をきっちり半分づつにする。丁寧だけど長い。猫はもうにゃんにゃん鳴きながらぐるっぐる回ってる。息子も同じく丁寧でそこからさらに食べやすいように片側に寄せたりしている。この2人似ているのだ。


 そんなわけで、せっかくものすごく甘えているのに夫は見逃している。食べ終わってお腹いっぱいの時に限って抱っこしかけてシャーされたりしている。お腹いっぱいなのに、おまえ抱っこしたら吐くだろうがーのシャーだと思う。


 「嫌われてないよ、すごく甘えてるよ」と言っているのだが「そうかなあ、さっきも顔を近づけたら目を閉じて、それからツンって後ろをむくんだ」

「それ!目を閉じるのは笑っているのと同じだって!大好きって意味なんだよ?それから後ろを向くのは本当に信用しているからだって」「え!そうなの?」「そうだよ、自分より何十倍も大きい怪獣みたいなのに、目を閉じたり後ろむいたりしないでしょう?」「モンスター……でもたしかにそうだね。信用してないと後ろは向かないね」


 パッと顔が輝いてうふふと嬉しそうにチャチャを撫でるとやっぱりさっと後ろむきになった。これは、あれだな、夫 「今眠いから触るんじゃねえ」だな。


 いつもタイミングと要領が悪いのだ。


 しかし私もいつも「タイミング悪い」と言われる。夫に何か言いかけるとき映画の一番いいところだったり、仕事のタイプをびっしり書いているところだったりする。そして「いつもタイミングが悪いんだよ」と言う。

けっこう似た者夫婦なのかもしれない。猫にだけはタイミング気をつけようと思う。

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