第三話 暗雲低迷
「ただいまー」
誰もいない部屋に少し疲れた声が響き、大学の帰りに寄ったスーパーの買い物を冷蔵庫の前まで運び荷物を置いた。
朝はあれから急いで行ったが結局間に合わず遅刻をしてまい、落ち込んだがそこまで深く考える性格でもないので「ま、いっか」と開き直り一日を過ごした。
言ってしまうと…こういうことはたまーにあるのだ。
センちゃんたちの空間にいると気持ち良すぎて寝すぎてしまい、遅刻するということを小学生の頃からやっているので慣れてしまう。
そんなことを思いながら、部屋着に着替えキッチンの方へと移動した。
「さて、と…まだ夕飯には早いけど作っちゃいますかー。ピーちゃんニーちゃん!」
そう呼ぶと、冷蔵庫に貼ってあった二つのひし形のマグネットから二羽の黒い鳥が勢いよく出てきて葵の左右の肩に乗った。
『ピーピー』
『ニーニー』
名前の由来はもちろんこの鳴き声である。
二羽ともそっくりな姿をしているが、ピーちゃんの方は目が赤くニーちゃんの方は目は青い色をしているのでちゃんと見分けはつく。
一人暮らしをし始めた時に、まだそんなに料理の手際はよくなかったので「手伝ってくれる子ほしいな」と思い、描いた二羽なのでまだまだ描いた絵の中では新参者である。
「よし!今日もよろしく頼みますよ?」
任せろ!というかのように鳴きながら私の周りを飛んだ。
この子たちは私が思ってることが伝わるようで、使いたい調味料とかをてきぱきとそばに置いてくれるのだ。
この子たちが手伝ってくれるおかげで大分手間が省けたりするので、とても助かっている。
順調よくご飯を作っていると、携帯から電話を知らせる音が鳴り
すかさずニーちゃんが携帯を持ってこちらに画面を見せてくれた。
「んー?…誰だろう…」
番号を見ても分からなかったので、とりあえず通話オンにしスピーカーにしてもらいながら手は動かした。
『すいません、警察のものですが…間宮さんの携帯でよろしいでしょうか?』
え……警察?なんで?
「え、あの…そうですが…」
『実はですね、間宮さんのお母様の件で……
最近ニュースでも取り上げてるのをご存知かと思いますが、先ほどお母様がその通り魔に刺されまして、池田病院に搬送されたので至急来ていただきたいのですが』
一瞬頭が真っ白になった…。
確かにテレビでこの近くで通り魔事件が発生しているのを見て、怖いなーって思っていたけど……
お母さんが……刺された?
『…間宮さん?』
「あ、あの!!母の容態は!」
『命の別状はないのですが、血を流しすぎたせいか意識不明の重体です』
私はそれを聞いて財布と家の鍵、携帯を持って病院へと走った。
扉を閉めるときにピーちゃんとニーちゃんを戻してないと思ったが、そこまで考える余裕はなくただひたすらに走り、途中でタクシーを拾って病院に向かった。
お母さん!!無事でいて!!
「…さ、…ん…お嬢さん!」
しばらくするとタクシーの運転手さんに呼ばれているのに気づき、ハッと顔を上げた。
「大丈夫かい?池田病院に着いたよ」
「…ありがとうございます」
運転手さんは心配そうな表情で見てきたが、お金を払ってすぐに病院の中へと走って行った。
ナースステーションに着き、母の名前を言うと集中治療室を案内された。
そこには母の痛々しい姿があった。
「……お母さん…っ」
「間宮さんですか?」
声がした方に顔を向けるとスーツを着た男性が立っていた。
男性は懐から警察手帳を出し私に見せながら話した。
「警察のものです。電話でも少しお話ししましたが、お母様は通り魔に刺されて重傷です。
警察も総力を挙げて犯人を捜してますが未だに捕まえられてない状況です…」
ああ…この人が電話してきた人か…
「そうですか……ご連絡ありがとうございました…」
それから警察の人といくつか会話をしたが、頭に何も入ってこなくてぼーっと母のことを見ていた気がする。
そしていつの間にか家に帰ってきていた。
ピーちゃんとニーちゃんが心配そうに周りを飛ぶが、構ってやる余裕もなく
力なくソファーに倒れこんだ。
なぜ、母が刺されなければならなかったのか…
私の力を嫌った父が母と離婚してからは、女手一つで育ててくれた母はいつも私の味方だった。
私が描いた絵を見ては「あーちゃん、すごいね」と褒めてくれたし、叱るときはちゃんと叱ってくれた。
おおらかでいつも笑顔を絶やさなかった。
……許せない。
今この瞬間犯人がのうのうと生活してると思うと腸が煮えくり返りそうだ。
警察がいつ犯人を捕まえてくれるかも分からない…
だったら…―――。
「…私が、殺してやる」
母を刺した犯人にも同じ痛みを味合わせてやる。
むくりと起き上がり、油性ペンを手に持ち部屋の壁の前に立った。
雰囲気が変わったのに気づいたピーちゃんとニーちゃんは、私を正気に戻そうと騒ぎ立てるが、私の手は止まることなく動いた。
ようやく正気に戻ったのは後ろから誰かに抱き着かれた時だった。
「…セン……ちゃん?」
『葵、ダメ!!』と恐怖に怯えた顔で伝えてきて、私は今何を描いた?と血の気が引いた。
『ふふふ……あはははは!!』
すると壁から声が響き、部屋の中はただならぬ雰囲気が漂い始めた。
壁には大きな鎌を持ち不気味に笑う面をかぶった真っ黒な長髪の女性が描かれていた。
初めて悪意を持って描いた絵を前に私はただ固まって見ているだけだった。
次第に絵は動き始め、壁から出てくると私の前に立ち首をかしげながら
楽しげに話し始めた。
『こんばんは、葵♪あたしはジェトブラックよ。
ブラックって呼んでね?可哀想な葵のためにあたしが殺してきてあげる』
ふふふと楽しそうに笑い、私の頬に手を伸ばし愛おしそうに撫でる。
体温のない冷たい手は余計に不気味さを増した。
「ま、待って…!」
『待つ?……あははははは!!!
本心はそんなこと思ってないくせに!あたしは葵の想いで作られたものよ?
あたしを見ればどんな想いで描いたか分かるでしょ?
葵の想いはあたしが叶えてあげるから、安心して待っててね♪』
そう言い投げキッスをすると、ベランダの窓が勢いよく開きブラックは夜の街へと出て行った。
私は呆然と立ち尽くし膝をついて座り込んでしまった。
座り込んだ私と一緒にセンちゃんも座り込み、心配そうに頭をゆっくり撫でた。
そんなセンちゃんを見ていたら、私は後悔と罪悪感で瞳が揺れ声が震えた。
「…どうしよう、センちゃん。…私、とんでもない…ことしちゃった。
ただ……お母さんが、心配で…犯人が、許せなくて……
だから……だから…っ!」
ついに我慢していたものが爆発した。
センちゃんに抱き着いて大声で泣きセンちゃんは背中に手を回し、
私が落ち着くまでさすってくれた。
空は月が雲に覆われ不穏な空気へと変わっていった―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます