魔道書店主の平凡な日常

@mattyamonaca

第1話 とある平凡な日常

 薄暗い店の中には所狭しと本が並べられ、少し埃っぽい室内には人影は全く見えない。

そんな書店の奥から、しゃりしゃりと何かを噛み砕く音だけが静かな店内に響いていた。

 

 「おいレンカ、食い終わっちまったからもう一個くれ」

  

 「だめ、今日の分はもう終わり。キュリの実だってタダじゃないんだから」

 

 この店の店主であるレンカは、隣で果物を貪り食っている本に対して冷たくそう言い放つ。

 あからさまにため息をついて、その本はペッと種を吹き飛ばした。

 

 「ちょっとルベリア、店内をよごさないで」

 

 「けっ、どうせだれもこないだろこんなオンボロ書店」

 

 ルベリアと呼ばれた本がそう口にすると、レンカはむぅっと頬を膨らませて表情に抗議の意思をにじませる。

 

 「いいのルベリアそんなこと言って。売り上げが伸びなかったらキュリの実だって買えないんだからね」

  

 「それは困るな。しかしこのご時世、魔道書なんて売っても儲からんだろ」

 

 ここ、魔道書専門店ナインフォールでは、魔道書と呼ばれる特殊な本を主に扱っている。

 魔道書には読むだけで魔法を覚えられるものや、本自身に意思が宿っているもの、持っているだけで不幸になるものなど様々な種類がある。

 レンカの隣で悪態をついているルベリアも魔道書の一つであり、唯一この書店で非売品となっているものだ。

 ただ、常にキュリの実というそこそこ値段のする果物を食いたいと要求してくるため、そろそろ売っぱらってしまおうかとレンカは考えていた。

 

 「おいレンカ、お前今俺様を売っぱらおうとか考えてたな」

 

 「だから思考を読むのは禁止っていってるでしょ。店番の邪魔ばっかりする上に食費で収入を食いつぶしていく不良品なんだから、あんまり反省しないと本当に売るからね」

 

 「はいはい、全く冷たいご主人様だぜ」

 

 どうせならもっと俺様に優しくて可愛いご主人様と契約をしたかったと愚痴るルベリアを、握った拳で軽くどつく。

 

 「暴力的な女は嫌われるぜ? っと、どうやら客が来たみたいだな」

 

 そう言うとルベリアは口を閉じ、一見ただの本にしか見えない本来の姿に戻った。

 同時に、玄関についているベルがなり、レンカに来客を告げる。

 

 「いらっしゃいませ、ようこそナインフォールへ。何かお探しものでしょうか?」

 

 入ってきたのは、シンプルなドレスで身を飾り、腰まで伸びる金髪が美しい女性だった。

 一目で貴族だとわかるその格好に、レンカは無礼は働けないと少しだけ緊張する。

 もっとも、この店には訳ありの貴族が結構くるので、もう慣れたものではあったが。

 

 「あの、この店では魔道書の回収も行っているときいたのだが」

 

 凛と透き通るような声で、貴族の女性はそう口にした。

 そっちかの用件か、と内心がっかりしながらもそれを表情には出さず、営業スマイルで対応する。

 

 「えぇ、行っていますよ。本は今お持ちですか?」

 

 その問いかけに、女性はあぁ、と答えて懐から一冊の本を取り出した。

  

 「先日、亡くなった祖父の書庫から発見されたものでな。価値あるものかと思って取っておいたのだが、この本に触れたものがほぼ全員体調を崩したのだ」

 

 「典型的な呪いの本、といった感じですね」


 レンカの言葉に、女性も頷いて同意する。

 

 「当家としても放置しておくわけにはいかなくなり、鑑定と、可能なら引取りをお願いしたい」

 

 「わかりました。ちょっと見てみます」

 

 そう言って本を受け取った瞬間、指先から本に生命力が吸われていく感覚がする。

 あまり長時間触るのは危険だと判断して、すぐに本から手を離した。

 

 「……あなたは、この本を持っていてなんともないんですか?」

 

 「あぁ、不思議と私だけはこの本を触ってもなんともなかった」

 

 よほど生命力にあふれているのか、あるいはこの本に嫌われているのか。

 レンカは不思議なこともあるものだと思いつつ、カウンターからブックカバーを取り出す。

 

 「それは?」

 

 「魔道書の能力を一時的に封じ込めるものです。このままでは危なくて触れないので」

 

 「ということはやはり、それは危険なものなのか」

 

 女性の問いに、レンカはこくりと頷いて答える。

 

 「詳しいことは調べてみないとわかりませんが、危険な魔法が宿っていることは確かです。一晩お時間をいただいてもいいですか?」

 

 「あぁ、かまわない。また明日、結果を聞きに来ればいいのかな?」

 

 「はい、お願いします。朝には済んでると思うので、お好きな時間に来てください」

 

 女性はわかったと言って踵を返し、店から出ていく。

 部屋の扉が閉まったのを確認してから、レンカは唇を開いた。

 

 「ルベリア、出番だよ」

 

 「はいはい、おおせのままに」

 

 面倒臭そうにしゃべるルベリアを軽く睨みながら、渡された呪いの本とルベリアを持って、カウンターの奥へと足を進める。

 この書店は半分は魔道書の売り場になっているが、もう半分は作業場になっていて荒事にも対応できるようにしてあった。

 

 「とりあえずなんの魔法が込められてるのかを調べないと」

 

 作業机を脇にどけスペースを確保したレンカは、チョークで床に幾何学的な模様を描きこんていく。

 十分ほどかけて円形の模様を描き終わり、その中心にカバーを外して呪いの本を置いた。

 

 「汝の正体を表せ」

 

 模様の外から出たレンカが短くそう告げると、チョークで引かれた白線が淡い光を放ち始める。

 同時に閉じられていたはずの本がひとりでにめくれ始め、真ん中まで開いたところでバタバタと暴れ始めた。

 

 「ルベリア、よろしく」

 

 「あいよ」

 

 レンカがルベリアを開いて構えるのと同時に、呪いの本の中から太いイバラが何本も生えて彼女へと襲い掛かってきた。

 だがそのイバラはレンカに届く前にルベリアから伸びた鎖によって縛り上げられ、一切の身動きが取れなくなる。

 

 「これは、イバラの呪いね。放っておくと家中にイバラを張って、住んでる人の生命力を吸ってくって聞いたことがある」

 

 「俺様からしたら雑魚魔法だが、人間にはたまったもんじゃないんだろうな。本に触れた奴が体調崩したってのはその影響かね」

 

 「たぶんね。まだ完全に魔道書として目覚めてはなくて、生命力を吸うって部分だけが発現してたんじゃないかな」

 

 とはいえ、レンカの手で正体を暴かれ完全に魔道書として目覚めた以上、このまま放置しておくわけにはいかない。

 正当な手順を踏んで、魔道書を管理できる状態にするのもまた、レンカの仕事だ。


 「それじゃあ、封印作業に入ろうか」


 いまだルベリアに縛り上げられ、苦しそうにもがくイバラに向かい合う。

 

 「魔道書ルベリアに告げる。その鎖を持って魔を封じよ!」

 

 「承知」

 

 イバラを縛り上げている鎖とは別に、新たに二本の鎖がルベリアから放たれる。

 床に置かれた本ごとイバラに絡みつき、這い出たイバラを本の中に押し込めるように縛り付けていく。

 やがて押さえつける力に抵抗できなくなったイバラは、本の中へと徐々に引きずり込まれ、その姿が全てページの中に消えると同時に、パタリと本が閉じた。

 本には二重に鎖が巻かれ、そう簡単には開けられないようになっている。

 

 「ふぅ、お仕事終わりっと」

 

 「にしてもまたこんな不良品抱えて、どうする気なんだ」

 

 無差別に生命力を吸う力は封じたが、持ってるだけで命を吸われる本なんて売れるはずもなく、また店に出せない在庫が増える。

 実際、そんな不良品としか言えない魔道書は他にも多くあって、裏の倉庫に大量に積まれていた。

 だがレンカは、呆れたようにそう口にするルベリアに向けて、小さく唇の端を持ち上げる。

 

 「大丈夫、今回はちょっと考えがあるから」

 

 

 

 

 「昨日頼んだ本の件だが、無事終わったか?」

 

 翌日、訪ねてきた貴族の女性に対し、用意していた封印済みの本を渡す。

 

 「はい。鑑定の結果ですけど、この本の中にはイバラの呪いという魔法が込められています。持ってるだけで家に住んでいる人間の生命力を吸い始める厄介なものなので、封印措置をとらせてもらいました」

 

 レンカの言葉に貴族の女性は、そんな物騒なものだったのかと顔をしかめた。

  

 「では、このまま引取りをお願いしたいのだが」

  

 「えっとそれなんですけど、ちょっと相談したいことがありまして」

 

 相談? と首をかしげる女性に、レンカははいと頷いて本を持つようにお願いする。

 

 「その本、封印処置を施してあるので、持ち主が込められている魔法の管理ができるんです。まぁちょっと、魔法発動させている間、持ってる人も生命力が吸われるという欠点はあるんですが……」

 

 「ほう、それは面白いな。そして私なら発動している間も、特に害はない、ということか」

 

 「話が早くて助かります。封印処置を施す前からイバラの呪いの被害を受けていなかったお客様なら、使いこなせると思うので」

 

 その言葉を聞いて、女性は興味深そうに鎖で巻かれた本を眺めた。

 

 「ちなみに発動方法を聞いても?」

 

 「本を持ったまま封印解除と言っていただければ。ここで試してみますか?」


 レンカの提案に女性は頷いて、本を手にしたまま封印解除と唱える。

 すると本を縛り付けていた鎖が解け、開かれた本から昨日と同じイバラが何本も這い出てきた。

 おぉ、と女性が驚きつつも本を閉じると、再びイバラは本の中にしまいこまれ、本は鎖によってぐるぐる巻きにされる。

 

 「このイバラに絡まれると、生命力を吸い上げられて行動不能になります。護身用にお一つ、どうでしょうか?」

 

 「ふふ、商売上手だな。わかった、譲ってもらおう。値段はいくらだ?」

 

 「鑑定代、封印処置代もあわせて金貨三枚でどうでしょう」

 

 「残念だが今持ち合わせが金貨二枚と銀貨五枚しかなくてな。少し負けてはくれないか?」

 

 「わかりました。その代わり今後ともごひいきにお願いします」

 

 「あぁ、今後も魔道書がらみの時はお願いするよ。世話になった」

 

 そう言ってお金を置いて出ていく女性を、レンカは満面の笑顔で送り出す。

 

 「ご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 女性が店から出て行った後、レンカは満足げな声でルベリアに話しかけた。

 

 「やったよルベリア! これで今月の食費はどうにかなりそう」

 

 「そりゃよかった。今回は俺も働いたんだから、キュリの実を奮発してくれよご主人様」

 

 「はいはい、わかったよ。ちゃんと明日買い出しに行ってくる」

 

 そんなやりとりをしていると、珍しく今日二回目のベルが店内に鳴り響いた。

 見れば、小柄な男の子が不安そうな表情で、店の中をきょろきょろと眺めている。

 なかなか無い一日に二度目の来客に、レンカは上機嫌で笑みを浮かべ、言い慣れた営業文句を口にした。

 

 「いらっしゃいませ、ようこそナインフォールへ。今日からお家で使える魔法集から、太古の悪魔を呼び出す魔道書まで、何でも取り揃えています。あなたは、何をお探しですか?」

 

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