みえぬもの

果糖

一話完結

 怪談か。あんまり気乗りはしないんだが・・・・・・

まぁ、怪談の席で俺だけ話さないというのは不公平だな。一つ話してやるよ。その前に、結構風が吹いてるから窓を閉めた方が良くないか? ああ、頼む。蝋燭が消えたら何も見えないからな。

 よし、それじゃあ始めるぞ。あれは一昨年の夏の事だった。高校の同窓会で温泉旅館に行ったときの話だ。今日みたいに中々寝付けなくて、暇つぶしに怪談話でもしようかって事になったんだ。どうせだから、って百物語みたいに蝋燭を何本も立ててな。ぐるりと車座になってだ。

 で、それで上座に座っている奴から時計回りにぐるりと怪談を始めたんだ。

 十人目くらいだったかな。ともかく、そいつがやたらと話すのを渋ってな。けど今のお前らみたいに周りがやたらと催促するもんだから、そいつも今の俺みたいに渋々と怪談を話し始めたんだ。

 これじゃ怪談を聞いた話であって怪談ではないと思うか。確かにそうだな。ま、話はこれからだ。


     ***


 大学の部の合宿で、田舎の山にある民宿に泊まった時の事だ。

 たかだか学生にそんなに金があるわけないから、泊まる場所は本当に小さくてボロい民宿だった。しかも、管理人が急用が入ったらしく休みで、宿泊費がタダになるかわりに食事も風呂も全部俺たちが自分でやらなくちゃいけなくなった。

 部長とかは経費が浮いたとか喜んでいたけど、俺たちからしてみれば、楽しみにしていた小旅行が台無しになったんだから、そこまで気楽には喜べなかった。

 あまりにボロいからそこに泊まるのを嫌がる奴も出てきて、宿泊場所は別の旅館に泊まる組と、そのまま民宿に残る組で二つに分かれることになった。ちなみに、後者には俺のように旅館に泊まるための余計な費用を持ってきていなかった奴も含まれていた。

 合宿初日の夜は、場所が田舎のせいか妙なくらいに静かだった。本当に静かだった。奇妙なことに、虫の鳴き声さえまったく聞こえなかった。そのせいか、民宿に泊まっていた奴らは全員が早々に寝入った。


 ただ、それで話は終わりではなかった。次の日、どういうわけか民宿に泊まっていた部員二人が、荷物を残したままいつの間にか民宿からいなくなっていた。

 携帯で連絡が取れなくて、すぐに皆で民宿の周囲や村中を探したけれど、二人の姿は見つからなかった。念のために実家のほうに連絡を取ってみたけれど本人とはどうやっても連絡が取れなかった。

 一応、捜索願は出さないことにした。学生だから途中で合宿に飽きて、どこか別の所に行ったかもしれないからだ。

 どのみち合宿は二泊三日で明日には帰ることになっているので、その時には戻ってくるだろう。そういう楽観的な考えを大半の部員が持っていた。

 ただ、一つ不思議なことが残っていた。

どうして荷物を残して二人がいなくなったのか。

誰もが首をひねったが、答えは出なかった。


「気味が悪い」

 

 誰かのセリフに、思わずぎくりとした。

 それは俺が感じていた事と全く同じだった。



 その夜、民宿のあまりの不便さに辟易した何人かは旅館の方に移り、民宿に居るのは俺を含めた五人ほどだった。

深夜に差しかかった頃のことだ。トイレに向かった先輩がいつまで経っても戻ってきていないことに気がついた。

 どうしたんだろう? 

トイレにしては時間が長すぎる。

「俺、少し見に行ってみるよ」

 そう言って、部長が部屋を後にした。

 一時間くらい経っただろうか? それでも二人は帰って来なかった。きっとこれは、季節はずれの肝試しのつもりだ。そう自分に思い聞かせようとしたけど、その時にはすでに微かな不安が俺たちの間に広がっていた。

「お、俺、少しトイレ行ってくる」

 残った俺を含める三人の中で一番年下の部員がそう言って、顔を真っ青にして部屋を後にした。

 部屋には俺と、あともう一人だけが居た。妙なくらいに静かで、心臓の鼓動が耳についた。

 どういうわけか酷く息苦しく、吐き気がこみ上げてきた。

 この感覚は何だ?

「なぁ、これっておかしくないか?」

 残されたもう一人が、あたかも俺の心の内を代弁するかのような言葉を口にした。

「ここ絶対ヤバイって。逃げようぜ」

「けど――」

 なんだか嫌な予感がした。この部屋を出たら、二度と戻って来れないような気がする。

「もう少し待たないか?」

「いいから行くぞ!」

 彼は苛立ち混じりに叫び強引に俺の手を掴むと、部屋の外に飛び出した。

民宿の電気は部屋以外に点いてなくて、部屋を出て少し歩くとすぐに目の前さえ見えなくなる。それなのに彼は迷わずに廊下を進んでいく。

何かおかしい。

こいつは一体――

「――なぁ、あんた誰だっけ?」

 俺がそう言うと、何故だか彼がにやりと笑うのが見えた気がした。


 とっさに踏み止まろうと、掴まれている手に力を入れた。

 男の手の感触は、何故か――


ぐにゃり、とした。


「うわぁぁぁ!」

 得体の知れぬ恐怖を感じ、思わずその手を振り払った。

 振り返って、来た道を走る。廊下がどうなっているかは全く見えない。そんなことより自分の手を掴んでいた男から逃げることが先決だった。

 ついさっき気がついた。

俺は彼の顔を知らない。

 あの男は誰だ?

 どうして俺はそんなことさえ解らなかったんだ?

 ひたすら走り続ける。

息が切れてきて、スピードを落とした。

 そこで気がついた。


 


 光はどこにも見えない。

ここは何処だ。

良く解らない。

自分の置かれた状況が

 見えない。

廊下の先どころか自分の手でさえ。

 俺は暗闇に飲み込まれたのか?

 嫌だ、怖い。

 助けてくれ!


 叫び声は、ただ虚しく響いた。

***

 

結局、民宿に泊まった人は、誰一人として見つからなかったそうだ。

実はその民宿には幽霊が憑いていて、それは昔、この民宿に住んでいた人の幽霊であった。この民宿自体、その人の持ち家を誰かが騙し取ったもので、そのことを恨んでいる元の住民が化けて出てくるそうだ。

 その証拠に、管理人は居るはずなのに誰もその姿を見たことがなかったみたいだ。まぁ、要するにそいつらが泊まった宿はいわくつきだったわけだ。

 運良く失踪しないで済んだ部活の仲間が事情を聞こうと民宿の管理人に話を聞こうとしたけど、その管理人とやらは実は名義を貸していただけで実際に管理をしていたわけではなかったそうだ。

 その名義を借りていた誰かは、どうやっても見つからなかったらしい。

とまぁ、俺の話はこれで終わりだ。

おかしいだろ?

誰一人として見つからなかったなら、そんな怪談が流れるわけないはずだ。

本当に不思議だな。

 実はこの話には続きがあるんだ。その怪談を話した奴の名前を誰も思い出せなかったんだ。

 そう、誰もが、だ。

 確か怪談を一つ話すごとに蝋燭を一つ消すんだよな。ほら、消したぞ。

 ん? どうしたんだ? 俺が誰なのか?

 ・・・・・・しょうがない奴らだな。少しトイレに行ってくるから、戻ってくるまでに思い出しておいてくれよ。

 ったく、勘弁してくれよ。そこまで耄碌はしてないはずだろう。

 じゃあな。








引き戸がゆっくりと音を立てずに閉まった。

 さっきはあんなにも騒がしいくらいに吹いていた風も、いつの間にか静まっていた。

一体、いつの間に風は吹き止んでいたのだろうか?

 蝋燭しか灯りのない部屋では、互いの顔さえ見えない。そのせいかすぐ傍に誰かは居るはずなのに、誰もがこの部屋には自分だけしか居ないように感じていた。

 

 どこからか風が吹いてきて、すべての蝋燭の火を消した。

 民宿の一室は、無明の闇に包まれた。ただそれだけなのに、ここが民宿の一室でないような気がしてくる。


 人の息遣いさえ、聞こえなくなった。

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みえぬもの 果糖 @kato_sugar

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