第26話 輝くステージ

五月末

星海総合文化センター控え室



純白のドレスコードを身に纏い雨霧八雲は眼を閉じ精神統一していた、ドアが開き係の者に声をかけられる。




「雨霧様そろそろご準備お願いいたします。」




「...はい」




眼をゆっくり開き、立ち上がる。演奏を今か今かと待ちわびている観客の元へと向かう




「さてと、そろそろ来るよな?八雲の出番」




プログラムを開いて八雲の登場を楽しみに待つ陸人。




「結構いろんな方が弾いてたけど、八雲さんもしかしてトリなんでしょうか?」




「かもしれないよ凛ちゃん。八雲ちゃん順番について特に何も言ってなかったから」





「時間的にも何となくラストっぽいよね。フィナーレの大役を務めるなんて、やっぱり本当に凄い」




そんな会話をやり取りしていると、スポットライトがステージ中央に当たる。


照らされた光の先には奏者、雨霧八雲が立っていた、登場と同時に拍手が鳴り響いて、八雲が深々とお辞儀する。


ステージから見える空席が一つもない景色が演奏者の緊張をより一層強く誘発



顔を上げピアノを弾く姿勢に移行

その姿は美しく凛とした様相を見せた。



瞬間辺りは静まり返り、観客達は今から行われる演奏に固唾を飲んで見守る。



繊細な指使いから放たれるメロディー、複雑な指先の動きから響き渡る音はホールの全域に広がり



その日演奏した誰より、美しく魅了されるミュージック。会場が音で色付いてゆく



退屈させる時間などない、飽きを感じる隙間すら存在しない演奏



会場全体が彼女のピアノに耳を傾ける。ひたすら夢中に



演奏が進むと共に八雲の顔は真剣な眼差しから徐々に笑顔へと変化する。



この状況を楽しんでいたのだ、彼女は自分に重くのしかかるプレッシャーを跳ね除け最高の状態でギアをかけ続ける。




その姿はとても、綺麗だった。額に滲む汗すら輝いて見える。そしてそんな姿に誰よりも釘付けになっていたのは...陸人だった




(すげぇ、マジですげぇよ、八雲半端じゃなく格好良いじゃんか)




口が開いたままステージに視線を向け続けた、前回見たショッピングモールの時も凄かったが、今回は更に心を揺さぶる。




彼女を見続けて、彼女の演奏から視線を外せなくなって改めて感じる事




普段とは違う八雲の姿に、陸人は次第に惹かれていた。演奏が進めば進むほど、彼女だけを見続ける。




同時に学年も歳も一個下の女の子に、尊敬を抱いていた。姿勢、技術、作法、どれを取ってもプロフェッショナル。




偉大な母である雨霧響の娘として、恥じない堂々たる仕事を果たす姿は凛々しかった。



演奏はあっという間だった、いや四曲弾いていた為に尺としては短かった訳では無いのだが



時の流れを感じるセンサーは、瞬間毎の退屈度に比例する。あっという間に感じたのは圧倒的に充実していたからこそ




絶え間なく拍手が送られる。自然に立ち上がる観客、八雲はピアノを離れステージの前方に移動して様々な方角に笑顔と深いお辞儀で応える。




空たちも立ち上がって、盛大な拍手を彼女に向け続けた。




学校などで、普段あまり感情を露わにしない十七歳の女の子はその時ばかりは屈託の無い笑顔を振りまく




閉幕のアナウンスが流れて、八雲もお辞儀をしながらステージから立ち去る。

惜しみない拍手が次第に収まって行く、観客も席を立ち出口に向かったり座ったまま余韻に浸ったりとまちまち




空たち四人は取り出したスマホの電源を入れ八雲にグループからメッセージを送る。



[八雲さん演奏ありがとうございました!ひたすら綺麗で終わらないで欲しい、ずっと聴いていたいって思いました。次直接お会い出来たらまた伝えますね!お疲れ様でした!]



[八雲お疲れ様、凄かった!あんな晴れ舞台で緊張とかもある中本当鳥肌止まらなかった。いつ登場なのかと思ったらまさかの最後だったし、あっという間の楽しい時間をありがとう]



[八雲ちゃんお疲れ様!もう凄すぎてなんて表現すれば良いのか難しいんだけど、とにかく胸がジーンとしたの...これ以外は会った時にちゃんと伝えたいな!]




[八雲すげぇな!めちゃくちゃ格好良かった、普段と全然違う、何より終始指先の動きすげぇって...ってかこの後話出来る時間無いのか!?直に言いたいぞ!]




メッセージを送り終え、四人は会場の外へと出る。陽は傾き、駅に向かう人の流れが出来ていて、流れが落ち着くまで待つ事に




「ほんと凄かったですね八雲さん。圧倒的な演奏で」




「うん。同じ高校生と思えなかったよ、途中で登場してたプロの方と比べたとしても演奏負けてなかったし」




「明らかに金取れるレベルだよな、今日のがタダとかクオリティが高過ぎてさ、最初はつい寝ちゃう時間あるかもしれんって思ってたけど、そんなの勿体無いぐらい内容が濃かった!」




「私も同じ感想、今日のプログラムでコンサートとして公演を開いても沢山の人が絶対観に来るだろうなって、早く今は八雲ちゃんに直接伝えたくなったよ〜!」




そこに一件のメッセージが届き、四人のスマホが振動する。手に持ち文を確認




[皆んなありがとう、...まだ電車に乗っていないなら、今控え室で着替えて準備しているから後で会いに行かせて貰えないかしら、えっと、私も直接お礼が言いたいの]




読み終えお互いに視線が合わさる。

代表して奏が即座に反応




[了解だよ、八雲ちゃんありがとう!それじゃ何処か近くのお店入って待ってるね。]




とりあえず周辺に見つけたファミレスに移動する。まだ陽も完全に落ちていなかったので店内は空いていた、空たちはドリンクバーを注文し、会話を挟みつつ八雲を待つ




十分くらいが経過したタイミングで待ち人来たる。やけに早い登場の八雲は肩で息していて、頬が上気し赤くなっていた。

空が最初に気づいて




「あっ、八雲〜こっちこっち!」




「皆んな、ハァハァ...お待たせしちゃってごめんなさい」




「八雲ちゃん大丈夫!?」




凛が立ち上がって八雲に座るのを促し、自身の手をつけてない水を差し出した。




「大丈夫ですか八雲さん?...これお水です。どうぞ」




「ありがとう凛さん。...ゴクッ、助かったわ」




「何もそんな全速力で走ってこんでも...」




「出来るだけ待たせたくなかったのよ、それに早く伝えたかったし、改めて皆んな今日は来てくれてありがとうございました。」




ぺこりと頭を下げる。




「いやいや、何言ってるのさ感謝したいのはこっちだよ、前に見たショッピングモールでの演奏も凄かったけど」




空の言葉に陸人も同調する。八雲の瞳を見据えながら




「そうそう今回は、あの時より更に鳥肌止まらんかったぞ!演奏してる時の八雲尋常じゃなくカッケーわ」




八雲がその言葉を受け、若干照れる。視線を斜め下に向けて




「あっ、あありがとう...そんな風に言われたの初めてだから、どう返せばいいかわからないわね。」




どんな表情にしたら良いかがわからず、髪を触りながらひたすら唇を内側に隠す。そんな年相応の一面は陸人の心に突き刺さる。




(うっわめちゃくちゃ可愛いな...八雲)




凛と奏も労いの言葉や賞賛の言葉を八雲に直接伝える。




「八雲さん。演奏してる時の八雲さんが私ほんとに大好きになっちゃって、綺麗でカッコ良くて、もう素敵すぎます!」



思わず八雲の手を取り顔を合わした、当の握られた八雲は一瞬驚いた顔をしてから微笑む




「ありがとう、そう言ってもらえるのは奏者として最高の褒め言葉だわ凛さん。」




微笑み合う二人、繋いだ手はしっかり握られている。




「八雲ちゃん。今日は本当にありがとう、何年も前から...あの日からずっと頑張って来たんだろうなって、気持ちも何もかもが伝わってくる気が私はしたよ、素敵な時間をありがとう!お疲れ様」




奏の心に秘めていた思いの丈は八雲の涙を滲ませた。




「奏...その姿を私はあなたに見てもらえて嬉しいわ、見てくれてありがとう」




頬を伝ってしまう前にハンカチで目元を拭う、その姿を見て左右から奏が八雲に、凛が八雲に肩を寄せ合って手を繋ぐ。




対面に座っていた二人が小さな声で言葉を交わす。




「良い画だね。」



「ああ、最高だな」




陸人がスマホの写真を起動し三人が写るようにシャッターを切る。その撮影音に反応したのは八雲だった




「なっ!?ちょっと信じられない、陸人あなた今盗撮したわよね?」




ヒートアップする八雲、奏も凛も勢いに驚いている。




「いやすげーいい画だったから思わず、ってか別に盗撮じゃあないだろ」




「勝手に了承を得ず撮影したんだから盗撮と同じよ...あなた最低だわ」




「でも!先に言ったらさっきの状態では撮らせてくれないだろ?」




「当たり前よ!普通に考えたら撮られたくない瞬間だって事くらいわかるじゃない...」




じんわりと瞳に水滴がまた滲む

それを見た陸人は申し訳なさそうな表情で謝罪




「それは...すまなかった、ちょっと軽率だったよ」




「...いいわよ、写真消してくれたら許してあげる」




「えっ、消すの!?」




その言葉で収まりかけた八雲の熱が再燃

身を前に乗り出し言葉をぶつける。



「この流れで何で消さない選択肢があるのよ!」




「わかったよ、消すよ!ほら消したよ」




画面を相手に向け削除に触れ消去されたのを確認し、八雲はいつも通りの表情に戻ってメニューに手を伸ばした、




「怒ったらお腹すいたわ」




凛も空気を読んで言葉を添える。




「わっ、私もお腹すいちゃいました〜、奏さん八雲さん何食べますか?」




「うっ、うん。何にしようかなぁ、このパフェとか後で注文したいかも!八雲ちゃんはどう?」




「私は...パフェもご飯もどっちも食べるわ」




怒りの嵐は去って、穏やかなメニュー決めへと移行、空が陸人に耳打ちする。




「りっくんそりゃ怒るのも無理ないよ、どうしたの...いきなり撮るなんて」




「いやだって本当良い構図だったから思わず無意識に動いたというか」




そこに八雲が冷たい音で会話に入る。



「注文したいのだけど、二人は決まったのかしら?決まってないなら、こそこそ話してないで早く決めて」




二人は顔を見合わせ同時に返答した




「はい!すぐ決めます。五秒で決めます!」




「わかってくれたらそれで良いのよ」




この後会話の主導権を八雲が握り終始、陸人たちが萎縮していたのは想像するに容易かった。

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