第24話 知り得た情報が齎すものは

「それで俺に聞きたい話ってのは、何か聞かせて欲しいんだが」




「はい、単刀直入に申し上げます。私の父である雨霧音也との関係について伺いたいのです。」




「あいつとは昔ちょっと知り合いだった時期があった、ただそれだけさ」





「...こちらの写真を見てちょっと知り合いだった、と信じるには無理があると思うのですが」





清一郎の前に出される一枚の写真。そこには肩を組み合って笑っている雨霧音也と田島清一郎が写っていた、空が思わず反応する。




「叔父さんの下に写ってる男の子って、もしかして...」





「...随分また懐かしい写真が出て来たもんだ、どこでこれを」





「何年か前にフォトフレームに入っていたのを、処分される直前に回収したんです。」





「飾ってあったのか...ならさっきの言葉に補足しよう、あいつとは当時肩組む程度には仲が良かったとな」





「...私が知りたいのは、どう言った経緯で知り合ったのか、そしてこの写真に写っている子供は私と青街くんで間違い無いのか、そして最後に何故今はもう父と疎遠になっているのか...この三点を教えていただきたいです。」




質問を受け、マグカップに手を伸ばしインスタントコーヒーを口へ啜る。含んだ後マグカップを置きゆったりと話し始めた、




「まずサクッと答えられる奴からだが、写真の子供二人は間違いなく空と雨霧の娘さんだ、この写真は約十年前に撮った代物でな、確か音也に公演の招待されて見に行った日の夜にシャッターを切ってもらったんだったかな」




「だから、お前たち二人は十年前に一度だけ顔合わしてる訳だ」




「私も、青街くんの事ずっと何処かで見た気がしていました。この写真の日に何があったのか詳しくは覚えてないんですけど」




「僕は全然覚えて無かった、会ってたのにごめん」




「いいのよ、子供の頃私は今と性格が全然違かったからきっとそのせいもあるだろうし」




「さて、残り二つについて話を続けるが、その為には音也と初めてあった日から話した方が良いな、あれはあいつが二十代の時だったか」




十二年前


その日は平日だった、いつも通り仕事を終え自宅に向かう田島清一郎


満員電車に乗り揺られながら最寄り駅まで乗車していて、つり革に掴まり眠気と戦いながら立っていた時の事であった、目の前に座っていた男性は疲れ切った顔をして眠っていた、抱き抱えたショルダーバッグから楽譜の様なものが見え隠れしている。



男性は端正な顔立ちをしていて、年の頃は二十代後半に差し掛かるぐらいに見える。おそらく一回りも年が離れていると思われる若者のぐっすり寝ている姿に、清一郎もつられて瞼が重くなっていた、最寄り駅までまだもう少し時間がかかるので、眠気覚ましにブラックガムを口に放り込む



満員電車で身動きも満足に取れないが、幸いポケットにガムを忍ばせておいて正解だった。電車が発進しては停車を繰り返し一つずつ着々と進む



漸く次で最寄り駅だ、そう感じながらガムを噛んでいた、明日は休みだし帰ったらゆっくり休もうと計画を立てる。



駅に着く、その瞬間目の前に座っていた男性が目を覚まし慌てて立ち上がった、抱きしめたバッグを持ったまま急いで電車を降りる。




「すっすみません。おっ、降ります!」




急いで動かれた為に清一郎の降車がワンテンポ遅れる。気にせず自分も降りようとした時の事だった、ふと目線を上げるとバイオリンケースが置いてある。椅子に座っていた客たちも続々電車を降りていくので、誰の忘れ物なのかは明白だった。




「ったくしょうがねぇなぁ」




バイオリンケースを持ち発車ベルが鳴り響く電車を降りる。目の前には先ほどより更に慌てふためく男性が動き出した電車を走り近づき目線で追う




「あんたが探してるのこれか?」




「...それは僕のバイオリン!?。あっ、ありがとうございます。本当にありがとうございます!」




ぺこぺこと何度もお辞儀を繰り返す。





「いやいいって、それより違ってなくて良かった。違かったら持ち主が困るだろうし、楽器って高いし馴染むまで時間かかるしな」




「何と感謝すればいいのやら...あっ、そうだ、私の家がすぐ近くなんです。お礼に何かご馳走させて下さい!とても大事なこのバイオリンを失くしたら生活に支障が出るくらいだったので助けていただいて、本当に本当にありがとうございます」




「いやいいって、今は兎に角早く帰りてぇし、気にせんで次からは忘れない様に失くさんでくれたらそれで良いからよ...」




「そっそうですか...わかりました、ではこれを受け取ってください、大した代物じゃありませんが、この場ですぐ出来る事と言ったらこれしか僕には無いので」




ショルダーバッグから取り出した一枚のチケットを目の前に差し出された。




「なんだこれ?」




「公演のチケットです。自分一応プロとして活動してまして」




「へぇ、...貴重なもんをどうも、それじゃあ有り難く受け取らせてもらう、ふぁぁぁ寝みぃから帰るわ」




「はい、是非来て下さいね。必ず楽しい時間をお届けしますから当日お待ちしてます。」




深い礼をする男性を残し、歩き出しながら手をひらひらと動かし改札へ向かう




家に着き、ギリギリ寝てしまう前にパソコンの電源をつける。チケットの名前を検索フォームに打ち込み調べる。



プロと言っていたが、どれくらいのものか調べたかったのだ、一番上にヒットしたサイトにアクセスする。チケット料金を閲覧



安い価格でも最低八千円から

しかも受け取ったチケットには関係者用と記載されていて、一般販売されてないものだった



「なるほど、ほんとに実力あるプロだったって訳か」




そこから興味が湧き、色々調べて有給休暇を申請し公演当日も訪れることにした。受付でチケットを渡し中へ進んでいく、当日既に完売していて満席



そしてやはり金額は嘘をつかない、キッチリとしたタキシードを着て登場した雨霧音也に向けられる盛大な拍手



一礼し、バイオリンに手をかける。演奏が始まると瞬く間に会場を支配するのが伝わる程の圧巻のパフォーマンスが披露される。



極上の音が全身を包み時間が短く感じた...いや刹那に感じたと言う方が強い、演奏が終わりより一層強い拍手が送られる中で一言礼を言おうと関係者用通路へ向かう



関係者チケットを持っている場合順々に本人と挨拶する事が出来た。清一郎の姿を見た音也はすぐさま反応する。




「来てくださったんですね。ありがとうございます」




「すげー演奏をありがとよ、最高の時間だったよ」




「それもこれも貴方のおかげです。あのバイオリンじゃなければ、ここまでパフォーマンス出来なかったでしょうから」



差し出す右手、握手を求められる。

握手に応じて



「経歴色々見たけど、あんたの腕前ならどうとでも出来たんじゃないのか?」




「そんな事決してありませんよ...あの日助けていただいて今日再開出来た出会いに感謝です。差し支えなければお名前お聞きしてもいいですか」




「俺の名前は田島だ、田島清一郎」




「田島さん。ありがとうございます。次の機会もまた招待させていただいても?」




「そりゃ光栄だな、何卒よろしく頼むよ」




「ではその時にまた、お会いしましょう田島さん。」







昔話に一区切りつけると、清一郎はコーヒーに再び手を伸ばす。




「とまぁ、こんな感じで知り合ったのさ、納得出来たか?」




話を固唾を飲んで聞いていた八雲が答える。




「父との関係性の経緯はわかりました。」




「そしたら最後の質問か、今現在は何故疎遠なのかって言ってたな」




「はい、この写真からもある程度わかる事なんですが、大変仲が良かった様にお見受けするので、過去に何があったのか知りたいのです。」




「その答えは単純だな、俺があいつを裏切っちまったからさ」





眉根を寄せる八雲





「...裏切った?」





「あいつは知り合った日から、公演がある度に毎回招待してくれたんだよ、一度も欠かす事なく毎回」




立ち上がり自室に向かう、部屋から持ち出して来たのは沢山の封筒だ、封は全て切られていた。それらを空と八雲の前に置く




「これが証拠さ、けど知り合ってから一年が経とうとしたタイミングで俺は仕事が忙しくなり行けなくなったんだ。それでもあいつは毎回送り続けてくれた、どんな時も」




静かに座り再び話を続ける。




「数年経ったある日、招待が来なくなり俺も仕事の忙しさがピークを迎えて余裕が無かった時だ、街頭の巨大モニターのニュースを見てあいつが引退してた事を初めて知った。」




言葉を音にしながら携帯の画面を開き、操作していく、目当ての画面を二人に見える位置においた。





「これは引退する前最後の公演があった日だ」




画面を覗き込む二人




[田島さん。お忙しいところ失礼します。今日の公演...来て下さるのをお待ちしています]




「しかし結局この日も俺は行けなかった、だから裏切っちまった、疎遠になったのも全部俺が悪い話でな、話はこれで最後だが聞きたい事に少しは答えられたか?」





長い沈黙が続く、やっと口を開いたのは八雲ではなく空だった。




「清一叔父さん。公演忙しくて行けなかったのってもしかして...僕がいたから」




「いや、ちげーよ仕事だって言ったろ?丁度昇進の時期と被ってたんだよ、それに寧ろお前が行きたがってたのに連れてってやれなかったんだ。小さかったから覚えてないかもしれないがな」




「えっ、そうなの?」




「ああ、何せこの写真は初めてお前を連れて観に行った時にまた行きたいってせがまれてたからな」




「そっか...駄目だ全然覚えてない思い出せない」




「無理もねぇよ、この後に例の一件があって頭強く打ち付けちまったんだからな、仕方ねぇさ」




空の中にある断片的な記憶は、思い出そうとしても手が届かない暗闇の中だった。俯く空




「田島さんお話ありがとうございました。私の知りたかった事全て聞けて良かったです」




「ああ、まさか雨霧の娘さんから連絡くるとは思っていなかったが、しかし年月が経ったのを感じるよ、随分成長したな」




「父に今回の話は」




「しなくていいさ、言い訳にしかならんからな、今更あの時そうだったなんて過ぎ去った後じゃ何の意味もないだろ」




「...わかりました、今日はこれで帰ります。ありがとうございました」




立ち上がり頭を下げる。




「おう気をつけて帰れよ、もう外も暗いからな」




「雨霧さん家まで送るよ」




「大丈夫よ一人で帰れるわ」




「あっいや写真について当時覚えてる事とか聞きたいんだ」




「...そう。わかったわ、行きましょうか」




家を出て歩いていく、八雲の家はここからだと十分以内には着くぐらいの距離、横並びになり人通りの少ない道を進む



「青街くん今日はありがとう、知りたかった情報聞けて目的が達成出来たわ」




「いや、こちらこそ叔父さんから過去の話聞けて貴重だったよ、普段は全然話さないから」




「それで、さっきの当時覚えていた事なんだけど、あの時初めて会った日に話しかけてくれたのが青街くんからだった気がする。」




顔をこちらに向けながら続きを紡ぐ




「だから覚えていたのよ、緊張しいな私の手を握って宜しくねって言葉をかけてくれた、転校して来た初日に貴方の姿を見た時に、ハッキリとした感覚では無かったけど、何処かで会った様なそんな感覚を感じてた」




「そう...だったんだね。ずっと強い視線が来てたりしたから睨みつけられてるのかと思ってたよ」




「ちっ違うわ、写真と見比べて同一人物なのかどうかを見極めてただけだから、決して睨みつけてなんかいないわよ」




「ふふ、そっか昔からの知り合いだったんだね。その時はお互い呼び方とか今と同じだったのかな」




「どうかしらね。でも父と田島さんの関係性や知り合った流れからみて名前で呼んでいた可能性が高そうだけど」




「僕もそんな気がする。そしたらこれからは八雲さんって呼ぼうかな」





「...呼び捨てで構わないわよ、こっちも空って呼ばせてもらうから」




「じゃあ八雲で、これからも宜しく八雲」




「ええ、宜しく空、それじゃまた明日学校で会いましょう」




「うん。また明日、お休み」




自宅に入っていく八雲、外から見る限り室内に明かりは付いていなかった。



来た道を戻り、歩きながら腑に落ちない考え事をしていた



(何年も前の記憶とはいえ、余りにも何も覚えて無さすぎる気がする。何故ここまで極端に思い出せないのか、ひょっとして)




まるで記憶にロックがかかっているかの様な感覚に陥る。そしてさっき清一郎が言った言葉がリフレインした



例の一件があって頭を強く打ち付けた




瞬間。身体中に寒気がした、気温も四月で低くはないというのに



(なんだ、今の...ほんの一瞬だけど映像が、車の...中)



後部座席から見える視界が頭の中に流れて来た。だがそれ以上思い出そうとしても、映像は流れない




(今の一体なんだったんだろ...)




消化不良が残るまま、奏の帰りを待つ約束もあるし夕食を待つ家族がいる自宅へと急いで戻る事にした。

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