第23話 待ち望んだ瞬間

月曜日、今日も天川出高校に向かって登校する生徒たちの景色が広がる。




「おっはよー空、奏ちゃん。」




並んで歩いていた所に陸人が空に軽く抱きつきながら挨拶した、振り返る二人、陸人の後ろには凛の姿も見えた。




「おはよ、りっくん。凛ちゃん」




「おはよう凛ちゃん。陸人くん」




だが凛は視線を泳がせながら、か細い声で返す。




「お二人共おはようございます。私...日直なので先に失礼します。」




そう言葉を残すと小走りで行ってしまった。




「凛ちゃんなんか様子変じゃなかった?」




陸人が両手をひらひら振りながら答える。





「俺にもさっぱりわからん。ただあいつも割と溜め込むタイプだからなぁ、様子見ながら頃合い来たら聞いてみるわ」




「うん。頼むよ」




「任せとけ、妹の面倒を見るのは兄の役目だからな...さーて今日は練習試合があっから気合い入れて先向かうわ、じゃあな二人とも!」




「頑張ってねりっくん。」




「陸人くんファイト!」




俊足でもある陸人はあっという間に姿が見えなくなる。流石はバスケ部エース




「夏の試合楽しみだね。」




「今年で最後だから、悔いの無い結果まで行って欲しいな」




「それって優勝とか?」




「うん。りっくんはやるんならとことんまでやる人だから可能性は十分あると思う」




「そっか、そしたら応援も熱入れなきゃだね!」




「そうだね。精一杯声援送って活躍する姿見れたら最高だ!」





程なくして校舎に到着する。自分たちのクラスに向かう、教室に入ると既に八雲が座って授業の準備をしていた




「雨霧さんおはよう」




「おはよう青街くん。取り次いで話する場を設けてくれてありがとう、今日はよろしくね。」




「いや気にしないで、叔父さんに連絡しただけだし、今日十八時過ぎくらいに来てくれれば大丈夫だと思うからよろしく」




「わかったわ...ねぇ、今日の話なんだけど、出来ればあなたにも聞いていて欲しいのだけれど」




「僕もいいの?聞いてもいいんだったらその場にいるけど」




「ええ、お願い」




「わかったよ」




そして予鈴が鳴り、生徒たちは授業を受ける用意をする。頭の中で何故彼女はあなたにも聞いて欲しいと言ったのか、そんな事を考えながら暫く意識を学業へとシフトした




思案して過ごすと時間はあっという間に過ぎ去るもので、気がつけば下校時刻になっていた、帰る準備をする者、クラスで談笑を楽しむ者、部活に励む者など高校の放課後は様々だ




空と八雲も鞄を持ちクラスを後にする。

奏と合流して三人で校門まで歩く、体育館からはいつものようなバスケの練習音は聞こえない、学校の駐車場に停めてある大型車が二台無かった為、練習試合は他校で行われる事は察しがついた。




「練習試合、うちの学校でやるんじゃなかったんだね。見たかったなぁ」




「どこでやるかりっくん言ってなかったもんね。」




「でもやってたとしても公式戦じゃないから生徒は見れないんじゃないかしら?」




「確か前に聞いたけど、新聞部とか写真部とかは練習試合だけじゃなく練習も見る事は出来るらしいよ、ただあくまで見るだけってのは無理みたいだけど」




「部活動でならって事かぁ、そうだよね...見れるのは夏の大会。インターハイだけ、そう言えば八雲ちゃんの演奏会とかは場所何処でやるの?」




「演奏会は星海総合文化センターで予定されてるわ」




「文化センター、あそこ行ったことあるけど、結構広いから吹奏楽の大会や、確かプロの方もコンサートとかで使ってるんだよね。...凄いね雨霧さん」




星海駅から徒歩十分の距離にある総合文化センターは小ホールと大ホールに分かれていて席数が五百二と千四百四十ある。八雲が参加する演奏会は毎年大ホールで行われていて、現在結果を残し注目を集めている新人を中心にプログラムが構成され所縁のあるプロの奏者も何名か参加している。




「元々私の母が昔コンサートを良くやっていたのよ、駆け出しの頃に演奏会も参加していて、それで今回私に巡ってきたの、それに規模なら八月のコンクールが上だし」





今現在も現役で活躍している雨霧響、海外からも高く評価され聴く者からノーブルレゾナンスと讃えられる。


技術から始まり全てが一流の奏者であり同時に一児の母、そんな偉大な母の娘である雨霧八雲は周囲から大変期待されていた。




「コンクールは場所何処なの?」




奏の問いに、若干溜めてから返答する。




「...セミファイナルはさっきと同じ文化センター、ファイナルは月流文化会館」




天川出近辺だけでなく、全国規模で見ても名のある場所が会場となっていた。


月流文化会館は建物内に大ホール、小ホールの他、リハーサル室、会議室、レストラン、更に音楽資料室も擁する。公演を開けば即完売する程有名な交響楽団が本拠地としているホールでもある。




「月流文化会館って昨日テレビで取り上げられてたの見た、演奏出来るのは限られた才能を開花させた一握りだけだって、超有名な会場で収容人数が二千五百とかだよね...八雲ちゃんあそこでピアノを弾くんだ」




「そうよ、あの場で是非とも演奏したいものだけど、その為にまずはセミファイナルを通過しなければならないの」




コンクールは何段階か審査が分かれていて予備審査から一次予選、そしてセミファイナルを通過しファイナルと大変狭き門となっている。既に数多の経歴を築いている八雲はそれを考慮し予選を免除されセミファイナルに臨む形だ




「八雲ちゃん...本当に大変だと思うけど

頑張って、私応援してるし絶対行くから!」




「ありがとう奏、必ず通過する。それにせっかく来てくれるなら意義ある時間に感じてもらえる様頑張るわね。それじゃ二人ともまた後で」




そう言って分かれ道を進んで行く、残された二人も家に向かい歩き出す。




「雨霧さん凄いね。同じ高校生なのに、ピアニストとして圧倒的なプロ意識があって」




「ほんとだよね。それだけ打ち込んで来たって事だし八雲ちゃんは真面目で努力家だから此処まで強い演奏技術を磨けたんだと私は思うな」




「五月の演奏会楽しみだよ、弾いてる雨霧さんは普段と全然違うからさ」




「うん。私も楽しみなんだ、あっ空くん。後で田島さん帰って来たらご挨拶とかしてから、取りに帰りたい物があるから一回家に戻るね。」




「わかったけど、奏さん夜ごはんはどうするの?」




「一回帰って、また伺う時にいただけたら嬉しいな、空くんの料理すっごく美味しいから」




「了解だよ、今晩は何にしよっか、叔父さん帰ってくるし先に作って温めれば食べられるのが良いかな」





家に到着し鍵を開けて中へ入る。

時刻は十六時過ぎ、リビングに鞄を置き着替えて、夕食の準備に取り掛かる空、今日はもしかしたらの可能性も考え四人分調理しておこう


パンとシチューの素があるので、冷蔵庫に入っていたじゃがいもや人参のカット野菜たちを使いホワイトシチューを作っていく、いつでもあっためれば食べられるグラタンも準備する。今回は冷凍ブロッコリーを敷き詰めて上からボロネーゼのパスタソースをかけチーズを散らしオーブントースターに配置


最後にカット生野菜をボウルに移しシーチキンとコーンを和える。オリーブオイルに醤油と酢を垂らしたドレッシングをかけて、準備完了



鍵の開く音が聞こえてくる。




「ただいま、ふぅやっと帰ってこれた」




玄関へ移動し靴を脱いでる叔父清一郎に労いの言葉をかける。




「おかえり清一叔父さん。お仕事お疲れ様」




「おう空、ただいま、これ土産だ」




手に提げていた清一郎の持っている紙袋を受け取る。リビングに進み着ていた上着をハンガーにかけ自室に鞄を置く




「ありがとう、もうごはんの用意出来てるけど食べる?」




「いや、飯なら話しした後だな、空...一応言っとくが雨霧んとことはな、縁があって、昔面識があるんだ」




「やっぱり会った事あったんだね。前にそんな感じの事を雨霧さんに言われたから気になってたんだけど...でもいつだったか全然覚えてないんだ」




「...会ったつっても一回だけだからな、覚えてなくても無理ないさ、そういや嬢ちゃんは?二階か?」





「ああうん。後で一回家に帰って必要な物とか持ってくる準備したいから今確認してるんだ、清一叔父さん。九条奏さんなんだけど、引き続き一緒に生活してもいいかな」




その問いかけに即答する。





「全然構わねぇよ、今あの子を一人にするのはマズイだろうし、しばらく支えて力になってやれ」




「ありがとう...」




階段を降りてくる音が聞こえた、私服に着替えた奏が駆け寄ってきて清一郎にお辞儀する。



「よう嬢ちゃん。空と一週間の生活、不自由は無かったか?」




「田島さんお帰りなさい、そして本当にありがとうございます。はい、空くんが色々やってくれて楽しく過ごさせていただきました。」




「ほぅ、そっかそれは良かった、引き続き自宅だと思って遠慮せずいてくれて構わないからな」




奏の表情がぱぁっと明るくなる。




「はい!ありがとうございます。それじゃ空くん私一回帰るね。どれくらいかかるかわからないから戻る時連絡する」




「わかったよ、行ってらっしゃい奏さん。帰り待ってるから」




玄関まで見送る。時刻は十八時過ぎ、そろそろ八雲が来るだろうか、辺りを見回す。すると歩いて来る女の子の姿が




「青街くんこんばんわ、田島さん戻られてるかしら?」




「こんばんわ雨霧さん。さっき帰ってきたよ、さぁ上がって」




家の中に案内する。田島清一郎はインスタントコーヒーをマグカップに注いでいた




「お邪魔します。田島清一郎さんお話お聞きする時間割いて下さりありがとうございます。よろしくお願いします。」



深々と礼する。



「来たか、雨霧んとこの娘さん。まぁ取り敢えず座ってから本題に移ろうか」



ハンドサインで手招きされる。座れと言う合図だ、八雲と空は清一郎の向かいに着席して、これから明かされる過去話に言い得ぬ緊張感を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る