第20話 弾む会話は美味なる甘味で
昼を食べた一行が次に向かった先は二階にある寝具売り場、モールに入る時に空が希望した場所だ。
ベッドや掛け布団、シーツや枕などが視界一面に広がる中、陸人が問いかけた。
「空、何を買いたかったんだ?」
「枕だよ、新しいのが欲しいなって思って」
そう言いながら枕が陳列されている棚を見る。どの枕も売り文句が書いてあり今流行りの低反発枕や身体にフィットして沈む枕に使われている素材がひんやり冷たい枕など様々、それらに視線をやりながら空が続ける。
「泊まりに来た時とか、寝る時枕足りなくなるから予備買っておこうかと思ってね。」
田島家には枕が三つある。清一郎の部屋に一つと空の部屋に一つ、そして今奏が使っている来客用のだ。数日前、陸人と凛が来た時は急遽居間のソファに備え付けられたクッションを枕代わりにしていたのだ
「ごめんね空兄ちゃん...いつもみたいに枕持ってくの忘れちゃって」
凛が申し訳なさそうな表情をする。
いつもと発言した通り空たち幼馴染三人は泊まりに来る回数も泊まりに行く回数も多い、なので歯ブラシだったり枕だったり寝間着だったりは毎回持参していた、しかしそれも小学生の頃だった為、前回の機会では枕を忘れてしまったのだ。
陸人はあっけらかんとしながら
「別にわざわざ用意してもらわんでも、問題無いぞ?前も結局クッションに寝てぐっすりだったから、それに何にもなくても敷布団があるだけで快眠出来っから気にせんでくだせい」
陸人が話した通り田島家には敷布団は三つある。だが空と清一郎はそれぞれベッドを使っているので寝床はストックがある状態
「凛ちゃん気にしないで、いずれにせよ予備は買い替えの時に僕や清一叔父さんが使うことにもなる訳だし、それにまた昔みたいで楽しかったんだ。懐かしいよ」
笑顔で語る。そのやり取りを一歩引いた場所から見ていた八雲は羨望の眼差しをしていた、それに気づいた奏が空たちに話しかける。
「また皆んなで遊びたいね。次は八雲ちゃんも最後まで一緒に!」
名指しに戸惑う、言われた三人は微笑みながら解答
「ちょっと奏!私は...」
「雨霧さん。家でまた遊ぼうぜ、次は泊まりでさ」
「この前は急だったから夜食べれなかったもんね。次は食べてって、気合い入れて作るから」
「八雲さん。私もっともっと沢山お話ししたいです。だから次回は予定空けておいていただけたら嬉しいです!」
友人たちの反応に八雲は
「.....皆んな、感謝だわ」
八雲の綺麗なお辞儀、先刻の演奏後に見た所作と同じ
「それじゃ僕は買って来るから皆んなちょっと待っててね。」
空はそう言いながらレジに向かっていった、腕を頭の後ろに組みながら陸人が何気なく口を開く
「さて、次は洗濯グッズ見て、そいで映画館からのお待ちかね斑鳩!」
「お兄ちゃん見たい映画でもあるの?」
「いや見る訳じゃないんだよ、チラシと前売り券を買っときたくてさ」
「何の映画?」
「放課後リクラフトって奴、ジャンルは部活青春モノ」
「ふーん。タイトルからじゃわからないけどテーマの部活は何?」
「手芸部」
「文化系なんだね。手芸部の話か〜、私気になるかも」
「奏さん手芸とか好きなんですか?」
「好きと言うか単純に凄いなって尊敬してる感じかな、あの繊細な作業とか練習した賜物だと思うし」
「なら後で映画館行ったらPV見てみて、多分流れてると思うから」
「うん!」
「ねぇ斑鳩って和菓子の名店よね。大原さんは和菓子が好きなの?」
「俺がって言うより、母さんが好きなんだよ、だから買って帰りたくてね。勿論絶品だから俺も好きなんだけど」
「お母さん甘いの苦手だけど、斑鳩のお饅頭とか羊羹だけは美味しそうに食べるもんね。」
「そうなの、斑鳩の和菓子は有名よね。私も食べたことはないから楽しみだわ」
そんなやり取りをしていると買い物を終えた空が戻ってきた。
「皆んなお待たせ、次は確かりっくんの映画館だったっけ?」
「いや空が言ってた洗濯グッズじゃないか?」
「ああ、そうだったね。でもそれなら洗剤だけだから帰りがけで全然大丈夫だよ、駅まで行っても薬局あれば売ってるし」
「そうか?それなら映画館に向かうか!」
寝具売り場から館内三階にある映画館シネマ星海へ向かう、土曜日という事もあってたくさんの人で賑わっていた。
シネマ星海
陸人の目的である前売り券の前に放課後リクラフトPVを見る為広告用スクリーン前に集まる五人。
「おっ、やっぱ公開近いから流されてるね。」
そこには手芸に賭ける熱き想いが迸る高校生たちの青春群像劇が映されていた、人数が少ない中で巻き起こる部員同士の衝突や苦悩、葛藤、そして淡い恋心まで、抜粋されたシーンと共に観るものを煽る。
ティーンエイジャー向けの作りである事がはっきり伝わってくる映像が二分ほどで終わり、見終わると同時に奏が目をキラキラさせながら言葉に出す。
「私この映画みたい!」
「おっ九条さんマジ!?なら前売り券一緒に買おうよ!」
「前売り券っていくらだったっけ?」
「手芸に焦点が当たってる作品って珍しいね。スポーツ系じゃなくて文化系だし」
「確かにそうね。どんな話なのか興味は唆られたけど、このタイプだと当たりか外れか読みづらい」
「インパクトは凄いですよね。正直かなり博打な作品に感じましたけど...」
五人中三人は即決には至らなかった模様、そんな会話をする中陸人が閃いたような表情で凛の肩を叩く
「そうだ!凛。今こそさっき流れで手に入ったアレの出番じゃないか?」
例のアレとは、そう迷子のひなこを両親の元に引き合わせた時に貰った館内で自由に使える金券の事であった。凛が先ほど受け取った金券を鞄から出す。金額は二万円分、高校生中学生からしたら大金である。
「これを映画の前売りに使うって事お兄ちゃん?」
「そうそう!元々前売り買う予定だった、俺除いて四人分。一人千三百円だから合わせて五千二百円、引いた残りは新しい帽子に使ったらいいし」
そこに兄妹以外の三人が遠慮の言葉を挟む
「りっくん。これは凛ちゃんが受け取った物なんだし、それなら僕も前売り買うよ」
「私も青街くんと同じ、そもそも私が見たいって思ったんだしチケット買おうとしてたから」
「私は逆に不安と期待入り混じってるから、買わないけど、でも凛さんの買う物の為に使った方がいいわ」
それら言葉を聴きながら凛が答える。
「...うーん。そうだね。他に使い道も思い浮かばないし、また皆さんと一緒に遊ぶきっかけにもなるし、買うよ前売り券。何よりさっきの件だって私たち全員でひなこちゃん助けた訳なんだしお兄ちゃんの分も合わせて買う!」
この返答によく出来た素晴らしい子だと感じながら大原兄妹は物販に並ぶ、混雑しているとはいえ長蛇の列が出来ていた訳では無かったので、前売り券を五枚袋に提げて戻る。
「さて、次は斑鳩に行こう、おやつのデザートタイムだ」
陸人が声かけ移動する。和菓子屋斑鳩は映画館のある三階の真下なのでエスカレーターを降りて一階へ
斑鳩は人気の和菓子屋で星海モールがオープンした日から営業している。メニューの代わりに置いて有る店のショーケースには様々な和菓子が並んでいる。かりんとう饅頭や栗羊羹、きんつばに宇治金時のかき氷まで並んでいた。
中でもなんといっても店の看板メニューはお団子で、みたらしやよもぎにきなこに三色とバリエーションも豊富だ。店の前で一通りショーケースを見た後に五人は店内に入り店員の誘導に従ってテーブル席に座った。
店の前には和菓子屋らしく縁台に和傘が有って雰囲気を醸し出している。
「さて、皆んな何注文する?俺はみたらし団子と栗羊羹で決まってるんだけど」
「どれも魅力的だけどお団子推してるっぽかったし美味しそうだったから三色団子にしようかな」
「私は水羊羹にしようかしら」
「凛はお饅頭にする。注文する時ついでに持ち帰りも頼まなきゃ、お母さんは確かきんつば美味しいって言ってたしお団子ときんつばを数個ずつかなぁ」
「私は...きなことよもぎも気になるなぁ、うーん迷っちゃう」
「奏、それならお互い注文して分ける?」
「うん。それいい案だね八雲ちゃん!じゃあ二つ注文する。」
「決まったな、あっすみませーん。」
陸人が店員を呼び其々のオーダーを伝える。注文を伝え終わると店員はお辞儀をしご用意しますのでお待ち下さいと残し厨房の奥へと移動した。品物が提供されるまでの間軽く談笑する。
「ふー結構歩いたし喉乾いたからお茶がウマイ!しっかし今日は色々あったなー」
置かれた茶を口に含み陸人が皆んなに投げかける。
「だね。普段学校とかでしか会わないのもあって、今日は凄く新鮮だったし雨霧さんの演奏はほんとにびっくりした。」
「中々あの空間に近い環境で弾ける機会なんて無いからどうしてもあの場で、ピアノに触れておきたかったの、勝手に行動して申し訳なかったわ」
「そんな!八雲さんの演奏すっごく格好良くて、私鳥肌立ちましたよ、あんなに弾けるのをあのタイミングで知れて良かったって思ってます。」
「凛ちゃんの言う通り、私もそう思う、八雲ちゃんがあの頃からずっと続けてて技術凄くて側で聞けて嬉しかったの」
「別に隠していた訳じゃ無いのだけど、結果的にそう見えてしまったわね。わざわざ自分から言う事でもないと思っていたのだけれども」
「その話に関していえば、五月が楽しみだよほんと、また聞けるのめっちゃ楽しみにしてるわ」
「ええ全力を尽くすわ、ありがとう大原さん。」
そこで陸人の表情が歪む
「うーん。今日一日気になってたんだけど、その呼び方はずーっとそうなの?」
皆んなの視線が陸人に向く
「なんて言うか堅苦しいから苦手なんだよなぁ」
「そうかしら?」
八雲の返答と向けられた視線に奏も首を傾げる。
「例えば俺と空は名前呼びじゃん?まぁそれは長年付き合いがあるからってのもあるけど、つまりさ名前呼びとかどうだろうか?」
「...何言ってるのお兄ちゃん。」
妹の冷静なツッコミ。だがそれに反応したのは奏だった。
「私は全然名前で大丈夫だよ、そしたら大原くんの事は陸人くんって言えば良いのかな?」
陸人のテンションが一段階上がる。
「イイネ九条さん!それじゃ俺も奏さんって呼ぶわ...いやさんは堅いか、うーん奏ちゃんとかどう?」
「うん。なんだかちょっぴり恥ずかしいけど大丈夫だよ!」
「うわぁ陸兄ちゃん違和感凄い...」
「凛は口閉じておきなさい!次は雨霧さん。うーむ八雲...さん」
名前を口にした時に雨霧八雲の鋭い視線を感じた。これは間違いなくちゃん付けは良くないだろうと言うサイン。奏はちゃん付けだから同性はOKなのだろう、ふぅと息を吐き一拍置いて八雲が答える。
「私の方が年下なんだし、呼び捨てでいいわよ、私は...そうね陸人さんと呼ばせてもらうから」
年功序列を出す。だが陸人はそれが嫌いだった為
「...じゃあこれからは八雲で!けどこっちの名前も呼び捨てで頼むわ、呼び捨ては呼び捨てがしっくりくるし」
ここに反応したのは空だった。
「えっそうだったのりっくん。じゃあ僕も呼び方陸人に変えた方がいい感じ?」
即座に返す。
「あーいやもう昔からそうだからそれで馴染んでるし良いんだよ」
「それじゃ、言われた通り上級生だけど、奏と同じ様に呼びすてさせてもらうわ」
一連のやり取りで呼び方が決まった、それを横目に凛が呟く
「呼び名かぁ、改めて考えるとわざわざ決めなくても何となく流れで自然と決まってるから意識して無かったなぁ」
「そりゃ同性同士だったらそうだけどさ、異性じゃそうはならなくないか?凛の学校にいる男子生徒だってそうだべ」
「言われてみればそっか、苗字で呼ぶ子ばっかりかも」
そんな会話をしているとお待ちかねの和菓子が運ばれて来た。お待ちどうさまの言葉と共に目の前に置かれた甘味に五人は目を光らせ、一斉に口を開く
「いただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます