第18話 旋律のプライド

フードコートエリア

近くのベンチに腰掛ける奏と八雲。





「八雲ちゃん。大丈夫?」





「ちょっと気分が高揚してるだけだから大丈夫。ありがとう奏、」





「高揚って、着ぐるみのあまかワン嫌だったんじゃないの?」





「最初はそうだったわ、特に声聞いた時なんてありえないとさえ思ったの...けど抱きしめられて、腕の中にいた時に小さい声で頑張れって聞こえたの」





「頑張れ...私は聞こえなかったけど、そう言ってたんだ。」





「ええ、しかもあの声じゃなくて、低い女性の声だった。」





「それって中の」





「そう、着ぐるみの方が言ったの、とても響く良い声だったわ、」





「だから離れた時に表情変わってたんだね。」





「おーい二人とも〜!」





会話していると陸人たちが駆け寄って来た。





「雨霧さん大丈夫?」





「八雲さん大丈夫ですか?」





「ありがとう、ええ大丈夫、突然だったからびっくりしただけ。」





「そっか...じゃあ時間も昼時だし目の前フードコートだし飯にしよっか!」





「そうだね。食べながら次行く店とか決めて終わったら向かう感じで、」





「はーい、何食べよっかな〜!お昼だしハンバーガーにしようかな?」





「ここ飲食店も豊富なんだね〜。洋食和食中華ファーストフード、どこにするか迷っちゃう。」





昼食をとる流れになる中、雨霧八雲が四人に伝える。





「...皆んなお昼食べたら先に回ってて、私ちょっと用事があるから別行動とらせて貰う。終わったら連絡するから」





そう伝えると踵を返し、当初の目的を果たしに向かう、モール内に置かれ自由解放されているピアノを弾き、その場に居合わせたオーディエンスを魅了し【雨霧八雲】と言うピアニストの存在を示す事。





「八雲ちゃん...一緒にお昼食べないの?」






奏が寂しそうに呼び止める。八雲は後ろ向きなまま、僅かに唇を歪ませ、振り返りながら言い放った。





「奏、皆んな、私にとって大切なやらなければならない事なの...だからごめんなさい、また後で」





真剣な面持ちのまま伝えた言葉に、四人はそれ以上何も言えなかった。





(皆んな、本当にごめんなさい)





目的の場所へ向かいながら八雲は心の中で謝罪の言葉を浮かべる。皆んなと一緒にご飯が食べたかった、他愛ない話をしながら会話を楽しみたかった。



だが、彼女はピアニスト。未来を期待され常に演奏を届け、聴く人々に賞賛されねばならない





(集中、気持ちを切り替える。私は奏者なんだから)






「八雲ちゃん.....」






「...雨霧さんには雨霧さんの事情がある訳だ、とりあえず俺たちは飯にしよう!それで合流する前にたこ焼きでも買って、受け取ってくれるんなら渡してさ!」






「そう...だね。皆んなとにかく食べよ、色々あったからお腹減ったし」






「私ハンバーガー買ってきます!これなら持ち歩けるから八雲さんに渡せるし!」





フードコート内の席を確保しながら各々何を食べるか考える。そんな中トルティーヤを食べる事にした奏が店に並びながら小さく呟く、





「...もしかして八雲ちゃんが向かった場所って」






同時刻、星海ショッピングモール内、プラントエリア



中央に立派なピアノが置かれ、その周辺にはベンチや人工芝が有り、まるで自然に囲まれた演奏スペースの様。



八雲が到着して、誰も演奏してないピアノの前へと移動する。



エリアには座って一息ついている人や、子供をあやすお母さん。

地図を見ながら次の目的地を相談するカップルなど、様々な人がいた、



八雲は深く深呼吸をして椅子に座る。すると周りの視線が八雲に向く、注目を集めた事すら気づかない程集中して、ゆっくりと鍵盤に両手を構える。





(最初から全力で行くわよ私)





眉を寄せ、弾き始める。その途端に鮮やかな音色がエリアに響き渡る。



モール内に響く音に周りの興味を示して無かった人々がこちらを見る。




(さぁ注目しなさい、私の演奏に心奪われなさい、雨霧八雲の...私の音を記憶し忘れられない様に)




様々な賞を取り将来を期待された少女の全力の演奏、最初は両親に褒められたくて始めたピアノ。



けど今は観客の拍手喝采を浴び、そこで演奏する歓びを知った、彼女にはプライドがある。年齢やキャリアなど関係なく、賞賛される為に自分の全てをぶつける。



何故なら彼女には意地があるから




演奏が進むと共に周りに人だかりが出来ていく、歩いていた者は立ち止まり演奏を聴き、遠くにいた者は聴く為に駆け寄り近寄る。



雨霧八雲が放つ音のシンフォニーに人々は黙って固唾を飲んで見守る。




(聴きなさい、聴き入りなさい、忘れられない日に、脳に刻みなさい!)




ここに来て演奏は更に加速する。八雲の持ちうる技術を駆使し、音色を彩る。さっきまで漂っていたエリアの空気は変わり



そこはまるで小コンサート会場の様。



(さっきまで私の存在を知らなかった人たちが、演奏を通して知る。これが音楽の力、私の実力...)




一曲目のラストに差し掛かり、鋭く研鑽した集中力によりミスも無く完璧なエンディングを迎える。




最後の旋律を奏で、弾き終わった瞬間。周りから鳴り止まない拍手と歓声が巻き起こる。




「ブラボー!!あの子は何者なんだ!?」





「す、すっげー!!何これイベント?金取れるレベルじゃん!」





「プロの方かな?若いのに素晴らしい演奏...」





「お姉ちゃんスゴーイ!!もう一曲!もう一曲!!」





自身に投げかけられる様々な声に立ち上がり深いお辞儀をする。




そして再度椅子に座る。すると先ほどまでざわついていた雑音は消え、一時の静寂がエリアを包んだ。




(...掴みは上々ね。私の技術、堪能あれ)




再び鍵盤に触れる。次は一曲目と全く違うゆったりとした曲、その演奏はまるで、西洋のお城で流れる優雅な生活を思い起こさせる。




あまりにも心地良い極上の音階に、その場にいる子供が眼を擦るぐらい





気づけば大人たちも瞳を閉じて刻まれる旋律を耳で愉しんでいた。





八雲も静かに瞼を閉じる。完璧に覚えて勝手に指が動く自信があったからだ、





その場にいた人たちが目を閉じ耳を傾ける。レベルの高い演奏になると頭の中に映像すら描かれるのだ





至福の旋律、偶然居合わせた人々の心を揺さぶる。





最早言葉などいらない、ただその音が語るのだから





二曲目がゆっくりと終わりに向かう中、昼食中のはずな空たち四人が走って近づく





だが既に周りは人でいっぱいだった為、彼女の姿が見えない、急いで階段を登り二階の見下ろせる位置に移動する。





(八雲ちゃん...いた!)





姿を消した八雲を見つけ心の中で叫ぶ奏。





空も陸人も凛も、流れる演奏に圧倒される。




(なんて優雅な音...八雲さん。凄い)





(今朝言ってた来ても退屈ってこの事だったのか...雨霧さん退屈なんて謙遜だよ、まるでプロの演奏みたいだ)





(素人な俺が見てもわかるくらいすげぇ、音にこんなにも色があるなんて、演奏もそうだけど雨霧さんの弾く姿...なんて凛々しいんだ...)





(八雲ちゃん。やっぱり演奏続けてたんだね...素敵な音色、あの日から練習たくさんしたんだろうな、わかるよ、八雲ちゃん誰より負けず嫌いなの私知ってるから)






四人も演奏を静かに聴きニ曲目が終わりを迎える。






先ほどとは違い歓声は上げず拍手が優雅に彼女に向けられた。






再度立ち上がる八雲、四方八方にいる観客にお辞儀を何度もする。目線を二階に向けそちらにいる者たちにもお辞儀を繰り返す。






すると拍手する四人の姿を発見し、一旦驚いた表情を浮かべ、すぐさまお辞儀をする。






そして若干憂いの表情を固め、静かにピアノを弾く態勢を作った。その佇まいと表情を見た人たちは次の曲が最後だと悟る。溜めを作り丁寧に鍵盤に触れ演奏が始まった。






前二曲とも違う儚く寂しい曲、何かの終わりを告げるかの様なメロディ、音が周囲に響いて、聴く者の表情も憂う






八雲は弾きながら考える。



(皆んなお昼食べてたはず.....何故いるのかはわからないけど知ってしまった以上、私の勝手な演奏会に付き合ってもらうしかない)






曲に込めた想いをひたすら乗せて音を奏でた、広い世界の中で、誰もいない中たった独り立ち尽くす。まるでそんな映像が浮かんできて、聴く者の心を締め付ける。





孤独、周りには何も無い、いるのは自分だけ。






演奏が進むにつれ頬を雫が伝う者もいた、そして曲はゆっくりとしかし確実に終わりへ向かう。






(音が鳴り終わる時、どれだけの人がこちらを観ているかしら)






視線をより一層鍵盤に集中しラストのメロディラインを奏でる。幾重にも重なる旋律はどこか寂しさを残しながら最後の音を放つ






静粛に幕を閉じた演奏に、オーディエンスはしばらく沈黙し、八雲が立ち上がり最後の深く長いお辞儀をする。






お辞儀から彼女が顔を上げた時、沈黙した人々から静かな拍手が送られた。






それを受け再度、礼をしてピアノの横に置いておいた、自分のポシェットを拾い、その場を去る。







雨霧八雲の目的は達成された。

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