第13話 十年前と倫理観

田島宅


家に着き、鞄を置き制服から私服に着替える二人、そしてリビングの椅子に向かい合い座る。



「青街くん。さっきの聞きたい事なんだけど...」




「うん。何でも聞いて」




奏は真剣な表情を向けながら言葉を綴る。




「あのね。青街くんのご両親の話になるんだけど」




「僕の両親?」




「青街くんは私と似た境遇だって前に話してくれたよね。その時からずっと気になってたの、青街くんの今に至るまでがどんなだったのかが」



「...そっか、詳しい事は話してないもんね。」




「辛かった記憶だったら無理に聞くのは嫌だけど、もし大丈夫なら私は知りたい、」




その言葉を受け窓の方へ視線を向けて遠くを見つめながら空が語る。




「僕は父さん母さんと三人で暮らしていた、だけど今から十年前、僕は一人になってしまったんだ。」




奏は真剣に黙って聞き入る。




「その日僕ら一家は旅行に出かけていた、両親の車で那須高原まで二泊三日の一日目でさ」




「人生で初めてスキーを体験する事になってはしゃいでたんだ、それで一日目の夜に、そんなはしゃいだ僕の面倒を見てくれた母さんが高熱で倒れてしまった。」




「熱で魘される母さんが本当に苦しそうで、父さんは急いで高原近くの病院を探し深夜に出発した、」





「けどその日は凄い雪で、視界が悪くて道も滑りやすかったんだけど...」





少し眉をひそめて、続きの言葉を紡ぐ




「下山道を走っていた時の事だった、魘される母さんを乗せた車は病院に急いで向かってたらしい、」





「道の途中カーブを曲がる時に曲がりきれなかった車はガードレールに突っ込み、そのまま落下してしまった。」





それを聞き奏は哀しみの表情を覗かせる。





「そこからの記憶は無くてさ、気がついたら病院のベッドの上で、側にりっくんに凛ちゃん。清一郎叔父さんがいたのだけ覚えてる。」





「そして僕はすぐに聞いたらしいんだ、」





「父さん母さんはどこにいるのって」





「話はこれで終わりだよ、その後僕は叔父さんに引き取ってもらって今の生活を送ってるんだ、」




空が語った十年前のエピソードに奏は驚きを隠せない様だった、幼い頃両親を同時に亡くした事は相当なショックだったはず





「そうだったんだね...まず、話してくれてありがとう青街くん。」





「それと似てるって言ってたのが、わかった気がする。私たちは同じ様に両親が大好きで、同じ様に亡くしていたんだね。」





「うん。だからこそ僕は九条さんを支えたいって思ったんだ、あの気持ちを知っていたから」





「私はあの日本当に救われた、それは青街くんが側にいてくれたからなの、だから感謝してて」





「良かった、ほんとに良かった、僕の存在で何か助けになっているなら凄く嬉しい、」





「話を聞いたからこそ青街くんにどっちを選ぶのか教えて欲しい事があるんだ、」






「...何?」





「あのね。もし十年前の出来事が事故では無く、例えば誰か他の人が原因だったとしたら、今の青街くんはその人を許せる?」





「...どうだろ、状況によると思う、例えばだけど、相手の不注意による衝突事故とかだったなら簡単には許せないと思うし」





「そっか...じゃあもしも誰かを助けた事で事故に繋がったとしたらどう考える?」





「難しい...かな、多分憎しむと思う、それが本来悪くなかったとわかっていても」







「そっか...」







「でもさ、もしも事故に遭わない代わりにその人が亡くなったとしたら、きっとその人の家族や友人が悲しんで傷つくんだ。」






「...家族や友人が傷つく」






「だからって大切な人が居なくなるのを容易に受け入れる程自分の器が大きくなる訳じゃない、でもそれでも、誰もが悲しむ可能性があるのだから、なら僕はせめて許せる様に成りたい、」






「......青街くんは凄いね。同じ高校生なのに、私より受け入れようとする力があって、」





意味深な奏の問いと言動に怪訝な表情で返す。





「九条さん。何かあった?」





「ううん。何でもないよ、それより私に聞きたい事あったんでしょ?何でも聞いて!」





「あーうん。大した事じゃないんだけど、えっとね.....実は洗濯について聞いておきたいんだ、」





「洗濯?」





「まだ九条さんが家来て以降ストックの服着てて洗えて無いでしょ?さすがに一緒に洗うのはお互い気になると思って中々言えなくて」



しばらく熟考し答える。




「うーん。そう...だね。でも私今なら一緒に洗っちゃっても大丈夫だよ!」





突然の彼女による爆弾発言、屈託のない笑顔が眩しい





「!?えっ!」






「私の我儘で洗濯を従来の回数より多く回すの申し訳無いし、それに何から何まで青街くんがやってくれて、洗濯なら私の今の状態でも出来るから任せて!」





空はみるみる顔が赤くなる。




「いやいやいや、上着とかならまだしも下着は駄目でしょ!?それこそ雨霧さんが言ってた倫理的にもさ」





「そうかな?最初は私も抵抗あったけど、今ならそんな断固拒絶する程嫌じゃないよ」





「それは、えっと嬉しいんだか嬉しくないんだかどう表現して良いんだかわからない...おそらく嬉しい事なんだろうけどさ!」





「青街くんが嫌なら私は無理にとは言えないけど...そんな反応されちゃうと傷ついちゃうなぁ」





「!?九条さん。嫌な訳じゃないんだよ?でも倫理的に問題アリではって主張してるだけで」





想定外の九条奏による反応はかなり効いていた、





「...じゃあ別洗いかな?それともコインランドリー?」




奏による鋭利な問い





「...それじゃせめて下着は各々とかはどう?」





「それじゃ結局洗う回数増えちゃって申し訳無いよ!」





「.....では洗濯用の布に入れて洗う方法、これなら倫理的にも理解してもらえる範囲内かと」





「良い案かも、それなら効率もいいし!」





「...ふぅ、それじゃ決まりだね。」





「それじゃ早速洗いたいから洗濯機回しても良いかな?」




「うん。初めてで使い方わからないだろうから、レクチャーするよ、」




話はひとまず収束を迎え、二人の共同生活は新たな局面へと歩みを進める。

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