第10話 思い出と今

結局一時間目が終わるまで、雨霧八雲は意識の切り替えを上手く出来ぬままチャイムが鳴る。

今までこんな事一度もなかった、知的で大人びて見えるとはいえ彼女も十七歳の高校二年。


大人と子供の少し大人寄りに位置するだけで、内心では皆んなの様に普通に遊んだりしたい心境を必死に抑えている。


今まで自分は冷めた人間だと、周りとは違う特殊な人生を歩む毎日なんだと思い込む事で、自身を納得させ音楽に打ち込んできた。

だが今、彼女の脳裏に響く言葉は


「あなたのお名前はなあに?」

それは今から十年前、少女たちが初めて出逢った記憶に遡る。


その子との邂逅は小学一年生の頃、初めての登校班を経験した時の事だった。


低学年を引率する最上級生の元に集まり、周りが仲よさそうにコミュニケーションを取るのを見て輪に入れず不安を抱いていた雨霧八雲に話しかけた女の子


「おはよう!何年生ですか?」

つぶらな瞳に綺麗な黒髪、そして太陽の様な明るさを持ち、正に清楚と言う言葉が合致する。そんな可愛らしい子に問いかけられ、八雲は少し戸惑いながら答えた、

「お、おはよう。一年生です。」


「一年生なんだ!じゃあ私二年生だから一つお姉さんだ、これから仲良くしてね。これあげる。」


そう言うと手を掴み、何やら兎の形をした文房具を渡された。どうやら消しゴムの様だ、その子は続けて喋る。

「私の名前は九条奏って言うの!奏って呼んで、」


「九条...奏ちゃん」


「奏で良いよ!班が一緒って事はお家が近いって事だよね。あなたのお家、方向はどっち?」


「私のお家はあっち」

八雲が方向を指差した瞬間


「私も同じ方向!帰りも一緒に帰ろう〜」


とても無邪気に喜ぶ九条奏、八雲は驚いていた、引っ込み思案な自分と正反対な活発な女の子に、そしてその子は思い出した様に問いかける。


「そうだ、まだ聞いてなかった!」

表情がどんどん多彩に変わる女の子は口にする。

「あなたのお名前はなあに?」


「わ、私は雨霧八雲...です。」


「八雲ちゃん!これからよろしくね。」


言葉と同時に手を握る。暖かい、二人は繋いだまま目線を合わせ、そして登校班の班長が声をかけ学校へと向かう、八雲の不安は奏との会話で、どこかに吹き飛び代わりに忘れられない思い出となったのだった。



「あの時の奏、かなり活発だったわ」

心の中でそう思いながら、微笑を浮かべる。時刻は十二時を周り昼食の時間だった、昨日と同じく大原陸人と九条奏がクラスにやって来た。


「お昼だけどおはよう八雲ちゃん。昨日は楽しかったね。」


「おはよう奏、昨日はありがとう、大丈夫 だった?色々」


「うん。凛ちゃんと一緒だったし、それに二人はそんな変な事しないから心配いらないよ!」


「そう、それなら良かったわ」


「やぁ雨霧さん。空聞いてくれ、実は昼食うのに、うってつけの良いスポット見つけたんだ」


「へぇ、そんなとこ学校の中に有ったんだね。」


「ああ、しかも見晴らしが中々良くて風通しも最高なんだわ」


「まさか屋上...とか言わないよね?ここの高校屋上出るの禁止なのりっくんも知ってるでしょ?」


「もち、屋上じゃないぜ、三階にある音楽室!あそこ昼は誰もいなくて、しかも鍵も空いてるんだよ、四時間目が音楽で、その時先生に確認したら、使っても構わないんだってさ!」


「なるほど、音楽室か、でもそしたら他に同じ事考えて使ってる人いるんじゃ?」


「それもあるからさ、今から確認しに行こうぜ!あそこなら机も椅子もあるし景色も良い、空いてたら最高じゃん。」


「私もさっきの授業で、初めて見たけど、室内の雰囲気良いなって思った!」


「わかった、それなら確認しに行こうか」


動き出す三人。八雲は音楽室にあまり向かいたく無かった、あそこにはピアノがある。

自分の全てと言っても過言では無いほど心血注いだ楽器の存在はスイッチが入ってしまうので、視界に入れたく無かったのだ。


そこに奏が問う

「八雲ちゃんも一緒に行こ?」


答えづらい問い、けど一緒に話をしたい思いもまた事実、快諾では無いものの返答する。

「え、ええ」


そして四人は三階音楽室へと向かう。


天川出高校の音楽室は一般的な教室と構造は似ている。違う点は教卓横窓側にグランドピアノが置いてある事だけ、音楽室なのだが、特別音楽室っぽくはない、それはこの学校が音楽に力を入れていない証明とも言えるだろう、


少し経年劣化により建てつけが悪くなっている扉を開けて中を確認する。...誰もいない教室である事を確認し


「よし、きたこれ!誰もいない!」


「ほんとだね。まさか一人もいないとは思わなかった」


「ねぇねぇ!カーテン開けて窓開けよう!」


ガッツポーズを取る陸人、驚く空、はしゃぐ奏、あわよくば先客が入れば良かったと思う八雲。


小さくぼやく


「随分立派なグランドピアノだこと」


皮肉入り混じる。

それは授業の際に使用するには勿体無い価値のあるピアノだった為だ、コンクールでも市のレベルでは用いられない、区の大会でやっと使われるかどうか、


それぞれ空いている席に座り、昼食兼談話を始める。


空、奏、陸人の三人はコンビニで購入した物が昼ごはん。八雲はお弁当、


「今日は三人揃って、コンビニなのね。」


「りっくんが、昨日のお礼にって言ってくれてさ」


「青街くんだけじゃなく私まで、ご馳走してくれたの、今度何かお返しするね。」


「二人共気にすんなって、空はいつも世話になってる感謝、九条さんは天川出へようこそって形なんだからさ!」


にやりと不敵な笑みの空

「りっくん...それなら雨霧さんも最近天川出に来たんだからようこそしなきゃじゃないの?」


「むむ、そうだったのか...じゃあ今度遊びに行く時、町を案内する一日専属ガイドとかはどう?」


「いやそれ魅力無いでしょ〜」


「そうか?この町を隅々まで知っている大原ガイドは想像以上に役に立つぞ〜」


「確かに案内は嬉しいけれど、でも私頻繁に出かけられないから気持ちだけ有り難く受け取っとくわ」


「そっか了解した、けどいつでもウェルカムだからもし必要になったら一声かけてね。」


「相変わらず前向きだよねりっくんは、良い意味で」


「まぁな、それが自分の長所だと思ってるから!」


「前向きで優しくて思いやりがある大原くんがお兄さんだから、妹の凛ちゃんもしっかり者で礼儀正しいんだって私は思うな」


「九条さんまで、もう褒めても何も出来ないぞ!」


「ははは、わかってるよ」


「本当に思っている事しか伝えてないよ」


「私には兄妹がいないからわからないのだけど、やはり似てくるものなの?」


「うーん。俺自身はあまり凛と似ている気はしないけどなぁ」


「いや間違いなく似てるよ、特に優しいとこはそっくりだ」


「二人と親交が深い青街くんが言うんだもん。そうなんだよやっぱり」


「なるほどね。当事者は実感無いけど、近しい人はそう感じる訳ね。よく理解したわ」


「まぁ俺たち兄妹の話は置いといて、皆んな週末だよ、週末!」


「りっくんそれなら、雨霧さんは行けないってさっき」そこまで空が言いかけて


「青街くん。さっきのお話だけど、予定が変わったから、その...一緒に行きたいのだけど」


「え、ほんと!雨霧さん!」


「八雲ちゃんも大丈夫になったの!?」


「雨霧さんそれじゃ、そのタイミングで大原ガイドはどう?」


「ええ、問題無いわ、あと大原さん。それは遠慮させてもらうわ」


「それじゃ出かける話も、昼集まる場所も決まったし」


「そろそろチャイム鳴るから戻るか!」


「うん!」「ええ」


四人は誰もいない音楽室を後にそれぞれの教室に戻る。そして合わせて連絡先のグループを作った、人数は...五人

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