第9話 何気ないありがとう
そして翌日、田島宅の朝
誰よりも早く起きていたのは九条奏だった、そして静かに起こさない様に部屋を出て制服に着替えるため脱衣所へ、そのタイミングで青街空も起床した。
時刻は六時半、すぐに朝の準備に取り掛かる。
まず米を研ぎ、炊飯器にセットした後冷蔵庫から取り出した卵を茹で、ハムを乗せ缶詰のコーンを開けボウルに生野菜と共に、そこに茹で上がった卵の殻を剥き、ゆで卵を均等に切り分ける器具で素早くカット、シーザードレッシングを上からかけてサラダを仕上げる。
次に冷蔵庫から朧豆腐を取り出し鍋に水を張り沸騰させて一旦火を止める。市販の鰹出汁に味噌を溶いて、再び弱火にして、先ほどの豆腐と乾燥わかめ、そして予め細切りされたパックの油揚げを入れる。
味噌の良い香りが漂い、味噌汁の完成、続いてフライパンに油を引いて温め、皿に四つ分の卵を割り醤油とほんの少し鰹出汁を入れかき混ぜる。
少しずつフライパンに流し入れ丁寧に丁寧に巻いていく、それを皿に移し空になった所で、
昨晩カレーが一人前分残っていたのを使い、そこに挽肉を炒めて混ぜる。
そして味の変化をつけるため若干ウスターソースとケチャップを入れる。ソースはコク、ケチャップはほのかな酸味だ。最後に黒胡椒を振りかけ準備万端。
調理が終わり時刻は六時五十分。
まだ寝てる皆んなを起こすには若干早い時間か、そこに制服に着替えた奏がやってくる。
「おはよう九条さん。」
「おはよう青街くん。朝ご飯の準備してたんだね。凄く良い匂いがして気がついたよ」
「うん。とりあえず後は米が炊ければ食べれるよ、ちょっと時間あるし僕も着替えてこようかな」
「ねぇ青街くん。あのさ、もし余裕あるならで良いんだけど、昨日話してた屋上に出てみてもいい?聞いてから凄く気になってて」
「いいよ、じゃあちょっと行ってみようか、すぐ着替えるから待ってて」
「ありがとう」
空は予めリビングに掛けておいた制服を脱衣所に持って行き着替えて、合流する。
「お待たせ、それじゃ行こ」
階段を上がり二階へ、
まだ寝てる二人を起こさない様にそぉーっと屋上へと階段を上がり扉を開けると、開放的な景色が広がる。
朝の爽やかな風が、若干肌寒さを感じさせ、太陽が二人に照りつける。
奏は思いっきり伸びをしながら見渡す
「気持ちいいね。青街くんが言ってたのわかった気がするよ、」風で彼女の綺麗な黒髪がなびく、
「でしょ?天気のいい日はここで時間を忘れてついつい空を見上げちゃうんだ。」
手を空に上げ、開いたり閉じたり繰り返す。
「夜も星が見えたりとかするの?」
「うん。ここら辺は天川出って名前の通り天の川が見える位澄んだ空が見えるんだ、だから夜は星が綺麗で、過ごしやすい気候の時はここで横になりながら過ごしたりね。」微笑みながら話す。
「そっか、この町に来てまだ一週間も経ってないけど、人も町も素敵な場所だなって思う」
奏は少しだけ悲しそうに続けて紡ぐ
「昨日皆んなでいた時間が、私にとって今まで知らなかった感情だった、あんなに楽しくて時間があっという間に感じたんだ、だからありがとう青街くん。全部青街くんのおかげ、あの時間も今のこの感情も」
感謝の言葉と共に空の瞳を見つめる。
「僕の方こそありがとうだよ、一人でいたら今日だっていつもと変わらない朝だったから、けど皆んなといて、九条さんといて、それが変わったんだ。」
奏と視線を合わせ言葉をかける。そして視線を外し
「また皆んなで色んな事しよう、これからさ」
「うん。皆んなで一緒に、必ず!」
二人は再び顔を合わし、口角が上がる。そこに聞き覚えのある声が
「二人じゃないだろ?俺も忘れないでくれよな」
声の方を向くと、そこには大原陸人がいた。
「部屋中探しても二人していないと思ったら、ここにいたのか、にしても朝から濃い話してるな」
「りっくん。起きてたんだ」
「俺だけじゃないぞ」彼の後ろを良く見ると、可愛らしいパジャマを纏った女の子が
「空兄ちゃん。奏さん。私もこれから先一緒にお供したいです!」小走りで奏に抱きつく
「凛ちゃんも起きてたんだ、うん。勿論だよ!」
抱きつく凛を優しく撫でる。
「いつからそこにいたの?」
「空のありがとうって言ってたとこからかな、それにしてもここはいつ来ても気持ち良いなー」
「小ちゃい頃に陸兄ちゃん空兄ちゃんと三人で大の字で寝そべったの思い出すね〜。」
「そうなんだ、三人にとって思い出の場所なんだね。」
「そうなんです。だから次は奏さんも八雲さんも一緒に!」
「凛ちゃん...」
「良い感じの空気だし、このまま朝ご飯食べて学校行こ!」
「もう、お兄ちゃん。空兄ちゃんが用意してくれたんだから、少しは遠慮と感謝ちゃんとして!」
「大丈夫だよ凛ちゃん。昨日寝る前にすでに期待してるって言われたから」
それを聞き頬を膨らませる凛。
「...空兄ちゃんは甘やかしすぎだしお兄ちゃんはやっぱりマナーをもっと勉強するべき!」
「うぉ!逃げるぞ空!」
「え、僕もなの!?」走って逃げる二人、
「待ちなさいお兄ちゃんたち!!」
そんな光景を見ながら、奏は心から微笑んだ。
朝ご飯を食べ、それぞれ支度を済ませて登校へ、道の途中で、奏が尋ねる。
「凛ちゃんの通ってる中学校って場所どこなの?」
「皆さんの高校の近くです。通学路の途中曲がると学校があって、そこですよ!」
「それじゃ結構近いんだね。また遊んだりする時学校帰りとか出来そうだね〜」
「良いですね!私奏さんと八雲さんとお買い物とかしたいです。一つ隣の駅にショッピングモールがあって、そこは色々な店があって回るだけでも楽しいんですよ〜」
盛り上がる女の子二人、
「そういや、俺たちも長らく訪れてないよな空、次の休み久しぶりに行こうぜ」
「いいね。ちょうど買いたい物もあったんだ、土曜日か日曜日に行こうか」
「じゃあ皆んなで行こうよ!八雲ちゃんも今日誘って、行けそうなら皆んなで!」
「決まりだな、あそこはショッピングの他に映画館やゲームセンター、スポーツ体験ショップもあるから飽きないから好きだ」
「じゃあクラスで雨霧さんに声かけてみるね。」
「うん。よろしく青街くん。」
「それじゃ楽しみにしてます。では私はこっちなので、皆さんお気をつけて、お兄ちゃん。くれぐれも礼儀良く振る舞うよーに」
「わかったよ、んじゃな」
「凛ちゃんまたね!」
「凛ちゃんこそ気をつけて学校向かってね。」
「はい!それでは」そう言うと凛は走り去って行った。三人は再び学校に向かう、
「今日一限目なんだっけ九条さん?」
「確か英語じゃなかったかな、」
「そっか英語か、こんな天気良いと体育で体動かしたくなるな」
「今日体育無いのりっくん?」
「無かったはず、残念ながら」
「そっか、でも今日部活でしょ?動けるじゃん。」
「それは放課後だから、ちょっと違うんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」そんなやりとりをしていると奏が呟く
「何だか、良いね。この感じ」
「ん。そう?」
「皆んなと喋りながらって凄く良いよ」
「?とにかくそれなら良かった」
「これから行事とか色んな時に一緒になる事多いと思うけど、二人共宜しくね。」
可愛らしい満面の笑顔に男子二人もつられて笑顔に、
「くー、やっぱ九条さんは絵になるなぁ、空一眼レフカメラを出したまえ。」
「そんなカメラりっくんも僕も持ってないでしょ」
「ふふふ、ほら二人共学校着いたよ」
天川出高校は今日もたくさんの生徒が登校していた、その流れに三人も足並みを揃えて校舎に入っていく。
二人と別れて自分のクラスに向かう空、教室に入ると、すでに雨霧八雲は自分の椅子に座り授業の準備をしていた
「おはよう、雨霧さん」空から声をかける
「おはよう、青街くん。昨日はありがとう、とても楽しかったわ」
「こちらこそだよ、次遊びに来る時は是非ご飯食べて行ってね。そうだ、週末なんだけど、一つ隣駅にあるショッピングモールに昨日の皆んなで遊びに行くんだけど、雨霧さんも一緒にどうかな?」
「週末...ごめんなさい、今の所週末は予定があって、行けそうに無いの」
「そっか、それならまた別の機会に誘うね。また皆んなで遊ぼ」
「ええ、それもそうだけど、田島清一郎さんとの件も」
「わかってるよ、昨日夜に連絡しといたんだ。来週仕事から戻ってきたら、家に来なさいだって」
「聞いてくれてたのね。わかったわ、青街くんありがとう」
「いえいえ、それじゃ授業あるし席にもどるよ」
ホームルームが有り、そのまま一時間目へ、世界史について教師が黒板に書いて行く、それを写しながら雨霧八雲はふと思う
「週末...行けない事はない、皆んなと、行きたい、でも五月に向けて練習もしないと」
珍しく悩む八雲、友達と遊びに行くのなんて幼少期に奏とだけだった、その奏が今また側にいる。
新しく知り合った大原凛の存在もまた影響していた、悩む悩む、授業が頭に入って来ない、
「とにかく、考えるのはまた後で、今は集中集中」
切り替え授業に集中しようと試みる。
音楽と向き合い、音楽と共に生きてきた雨霧八雲にとって友達との外出は些細な問題では無かった、
過去に自分にとってそんな感情必要無いと遠ざけていたのが、今になって旧友の登場により揺れ動いた。
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