第2話 心の距離

空は急いで田島宅へと走って帰った、そして謝罪と説明の順序をどうしようか考えながら鍵を開け中に入ると


「おかえり」温かい声が聞こえたのだ、


「ただいま、連絡も無しに帰り遅くなってごめん」


「いいさ、それだけ緊急自体だったんだろ?」


「うん。」


「飯まだだよな?腹減ってるだろ、」


そう言うと清一郎は立ち上がりキッチンから味噌汁と白米をよそった、コンロの火をつけると生姜焼きの良い香りが充満し、空は問いかけた


「食べないで待っていてくれたの?」


「ちげーよ、今さっき完成したばっかだったんだ」


清一郎は鼻をかきながらそう答えた、空は生姜焼きの焼き目の不自然なつきかたと炊飯器の炊飯経過時間を見てそれが優しい嘘だとすぐわかった。


椅子に座りテーブルに並べられた晩御飯。


「いただきます」そう言うと清一郎は箸を生姜焼きに伸ばした


「あのさ、今日あった事なんだけど」


空がそう紡ぎ出すと、清一郎は黙って聞く


「今日転入してきた子が、学年は一つ上なんだけど、陸人とは同じクラスだったから昼休み知り合いになって」


清一郎は味噌汁をすすりながら黙って聞いている。


「それで、帰りにその子が橋で通話してて突然放心状態になってるのを発見したんだ、駆け寄ってみたらその子の父親が事故に巻き込まれて搬送されてるのがわかって、」


「...なるほど、だから病院だったのか、んでその後病院に駆けつけたと」


「うん」


「そりゃ大変だったんだな、それでその子の父親は?」


「亡くなった、治療室に運ばれて緊急手術を受けた後に暫くしてドクターが出てきて」


空は苦渋の表情をしながら紡ぎ出した


「...空、そんな顔するな、お前のした事に間違いは無いだろ」


「うん。最善を尽くした、でもあの子の背負った辛さや痛みはもっとわかってあげれたはずなんだ!」


「それって、まさかその子も両親が...」


「母親は十年前に病気で、祖父母どころか親戚もいないって言ってた...内心似てると思った、同じ境遇なのかもと、だけどあの子は更に厳しく辛い状況で!その姿に言葉をかけられなかった!!無力だったんだ!!」


「だから責任を感じているのか」


「そうかもしれない...正直わからないんだ、あの子が今どんな気持ちなのかが、本当の意味で側に誰もいなくて一人でいる事、それがどれ程辛く悲しいのか」


「なるほど、けどお前はその子の心に寄り添いたいと思ってる訳だろ、それはつまり答え出てるだろうよ」


「えっ、」


「多分俺が空を引き取った時と似てるんだろうな...人は一人じゃ生きていけねぇ、あの日お前の存在に救われた人間がいたんだよ、四十過ぎてカミさんもいない独り身のおっさんが八歳の子供を育てる。毎日新鮮な日々になってったんだ、自分が辛い思いしてるくせに愛想笑いするのをどうやって本当の笑顔にするかいつも考えてた」


「清一叔父さん...」


「結局。お前が来てからの日々全部ひっくるめて楽しかったんだ、良いこと悪いこと含めて全部。そいつは一人じゃ絶対に経験出来ない事だ、だから同じ境遇じゃ無かったからってそれより大切な事があると俺は思う、大事なのは側で寄り添いたいと感じるかどうか」


「寄り添いたいと感じるかどうか...」


「辛い思いをした空なら人よりわかるはずだ、今何をするべきなのか、その子の助けになるのは何なのか、何より自分がどうしたいのか」


「...助けたい、多分九条さんは今精神的に追い詰められてると思うから」


「いいんじゃないか?やれるだけの事やってみても、明日から俺は仕事で家をあけるけど、何か悩んだらすぐ相談しろよ」


「わかった、いつもありがとう。叔父さんがいてくれたから僕は今日まで生きてこれた、失いかけた希望も側にいてくれたから無くさずにちゃんと今もここにある」


「改まって面と向かって言われるとこそばゆいもんだな、けどさっきも言ったが、こっちだって感謝してるんだ、お前がうちに来て色んなことがあって、成長して誰かを思いやる事が出来る優しい心がある。それがとても嬉しくて仕方ない」


清一郎はそう言うと立ち上がり棚に飾ってあった写真立てを持って来た、「これ撮った時は本当不安だったの思い出すよ、感情を失っちまったかの様な表情してたからよ」


その写真には十年前田島家に来てすぐ撮った空が写っている。表情は無だった、


「だからありがとな空」


「清一叔父さん...」


「それじゃちゃっちゃと風呂入って明日の用意して寝るわ、お前も明日学校なんだから夜遅くまで起きてるなよ?まぁ何か大切な理由があるってんなら話は別だけどな」


そう言うと食べていた食器を流しにつけ清一郎は風呂場へ向かった、空はそれを聞きすぐさまスマホを取り出しメールを打ちだした、内容をよく吟味し受け取った時の事を考え送信ボタンを押した



九条宅


九条奏の家は一軒家で広さはそこまで無いものの大人2人と子供が生活出来る程度のスペースはあり部屋も自分の部屋があった、


奏は帰って来てから自分の部屋で、ひたすら涙を流していた、病院からの帰り道精一杯張り詰めていた緊張の糸が家に着いたと同時に切れ、溢れる涙を止める事は出来なかった。


「お父さん...お母さん...」


そう何度も涙を流しながら呟き泣きじゃくる。深い悲しみと消失感、そして動かなくなってしまった右手、


机の引き出しに入れてあった十二年前の家族写真を見ながら写っている三人の笑顔がまた一段と奏の心を締め付ける。


誰も側にいない本当の孤独、九条奏には両親の仕事都合での度重なる引っ越しもあり、何でも打ち明け合える友達もいなかった、そんな支えの何もない状態が十八歳に重くのしかかる。


辛く苦しい感情を抱えた少女はただひたすら自然に涙止まるまで額を濡らす。絶望に打ちひしがれているその時着信音と共にスマートフォンが点灯。


画面には新規メールが一件と表示されると同時に待ち受けにしていた病院で、座っている母に抱きつく奏の画像が目に入った、左手をギュッと握りしめながらメールを開く、それは先ほどまで一緒にいた青街空からのメールだった、



「九条さん。さっきまで話していたのに連絡してごめん。でもどうしても今伝えなくちゃって思ったからメールしました、僕は九条さんと境遇が似てるんじゃないかって勝手に推測して、辛さや悲しさをわかる事が出来るんじゃないかと感じていました...でも現実には九条さんの方がよっぽど辛く苦しい状況で、だけど、それでも僕は僕なりに考えて九条さんが辛い思いをしてるなら側にいたいと、自分が辛い時誰かが側にいてくれるだけで、その存在だけで力になると信じているから、そう思いました。だから上手く言えないんだけど知り合ったばかりだし、頼りないかもしれないけど...側で支えたいです。」



その青街空からの長文メールを見た奏はまた大粒の涙を流す。どこまでも優しい言葉の数々に、感情が溢れるのを止める事は出来なかった。そして九条奏はすぐさま連絡先を開き青街空に電話をした。無論着信はすぐに通話状態へと変わり


「もしもし」先ほどまで話していた聞き覚えのある声が聞こえる。


奏は泣きじゃくりながらも意思を持ち発した

「もしもし、青街くん。いきなり電話してごめんね。」


「いえ全然大丈夫ですよ、何かあったんですか?」


「えっとね。メール見ました、まず伝えたい事が私もあるから言わせてください」


「はい」


「本当にありがとう、さっきも伝えたけど私一人じゃ後悔をたくさんしていたと思う、だけど側に青街くんがいてくれたから、...あのね。正直に言うと私は一人になるのが怖かったの」


「うん」


「だから青街くんの存在に助けてもらっているんだよ、ありがとう」


「そっか、そう感じていてくれたんだね。...九条さん。えっとさ、九条さんさえ良ければなんだけど、今からまた話をしない?」


「いいの?私は大丈夫だけど、こんな時間だし」


「それは大丈夫、場所は...近くの天川公園とかで、どうかな、場所わかる?」


「うん。通学路の途中の公園だよね?大丈夫だと思う」


「じゃあまた後で公園で会おう」

そして通話を切り空と奏はお互い急いで公園へと向かった。



天川公園は遊具が3つ程あり公園内にベンチが2つあって、昼は近所の子供たちが無邪気に遊んで常に声が聞こえてくる公園だ、夜は様変わりし音のない静かな公園へと変わる。そんな静かな公園に青街空は走って到着した、そこには既に九条奏が到着していてベンチの前に立っていた。


お互い先ほど会った時と同じ制服のままベンチに腰掛ける。息を切らしながら空は喋る


「九条さん到着早いね」


それに若干嬉しそうな表情で奏が答える

「ここの公園うちから凄く近かったから」


「そうなんだね。ここの公園って昼は子供がたくさん遊んでるんだけど、夜は静かで落ち着いてて好きなんだ」


「そうだね。私夜の公園って今まで一人じゃ不安で来た事なかったけど、良いね。」


「うん。家にいるのとは違う独特の雰囲気があるよね。」


他愛ない会話のキャッチボールをした後、奏がゆっくりと口を開く


「さっき家に帰って来た時さ、私不安が凄かったんだ。家なのに自分の部屋なのに、変だよね。」


「変なんかじゃないよ、安心する場所ってさ、多分変わっていくんだと思うんだ。」


「そうなの?」


「うん。例えば家だって自分ちだから安心するんだと思うけど、何かのきっかけで、自分の頭の中で自分の家だって感じなくなったら不安な場所に変わるんだと思う」


「感じなくなる...」


「僕も昔その経験あるんだ。そこが僕の居場所だと思っていた場所が、居心地悪くなってしまった事がさ」


「その時青街くんはどうしたの?」


「次の居場所を探した、どこにいれば安心出来るのか」


「...それって今住んでる場所?」


「そうだね。でもどっちかって言うとその時は僕の叔父が、手を握ってくれたから安心出来たんだ」


空は手を見ながら少し笑顔で話した


「青街くん。叔父さんの事が大好きなんだね。」


まっすぐな奏の言葉に照れながらも


「うん。大好きだ、感謝してもしきれないぐらいに」


「...良い関係だね。」


そう遠い目をしながら呟いた奏を見て空は息を吸い直し語りかけた


「だからさ、九条さんの...その、安心出来る場所を探そうよ」


空の言葉に驚いた奏は俯きながら答えた


「えっ、でも私一人だし、それに」奏は左手で動かない右手を掴んだ


「一人じゃないよ、少なくとも今は二人でいるんだし」


「でもそれだって今だけで、家に帰れば!」


そこまで奏が言葉を紡いだ時、空が立ち上がり喋った


「明日から一週間叔父が仕事の都合で出張に行くから僕も一人になって困っているんだよなぁ」


下手な芝居でそう発すると奏はキョトンとした表情をしてから笑った、そして奏も立ち上がりながらこう言った。

「私今一人でいるのが、すっごく怖いから誰か側にいてくれないかなぁ」


今度はそれを聞き空が微笑む、「九条さん」「青街くん」


二人は同時に声に出す「これから側にいてくれますか」


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