午下のハーフムーン
「あー、そこじゃない、それはそっちス」
「へーい。この辺スか?」
「それは左。はい、次右」
「へーい」
今日は大学を卒業した怜の引っ越しの手伝いに駆り出されてヤす。怜は星大を卒業してからも星港で暮らすらしースわ。何か音楽関係の仕事に就くことになったみたいなンす? 怜が打ち込んだバンドの音源が何かすげー人の目に留まったとかで。
で、とりあえず今よりも防音設備がしっかりしててプライバシーや何かが充実したマンションへ引っ越すことにしたそうで。自分は弟という名の下僕……もとい、助っ人として召集されて現在に至ってヤす。
「リーツー、飯作ってくるしテレビとかオーディオとか、線繋いどいて」
「へーへー」
怜に言われるままに、部屋中の配線という配線を繋いでいく。ま、こーゆー作業は別に苦手じゃないンで問題ないンすけど。で、その間に怜は昼飯の準備で台所へ。とは言えまだ台所も片付いてないんで、ホント最低限スわ。
すると、部屋のインターホンが鳴るじャないスか。こンなところに誰が何の用なのか。料理中で手を離せない怜が適当にはーいと返事をすれば、ドアが開いて人が入ってくるンすわ。
「うーい」
「お、エム。来たンすか」
「これ、引っ越し祝い」
「おー、サンキュー。引っ越しそばか」
パーカーのフードを完全に被り、そこから出ている髪の色は白がかったかなり明るい金髪を先だけピンクやら水色やらに染めている。耳には無数のピアスが開いて、口を開けばスプリットタン。かなり厳ついナリをしたこの人は、一応自分らのイトコすわ。
松本恵夢(エム)、星大の学生ス。性別、年齢、学年はもう混乱して正しいことがわかんないス。エムのことでわかっているのはアートで生計を立てていて、星大に入る前に別の大学を中退してンすね。で、人の不幸や闇が大好物って感じスね。
「レイが音楽で食ってくって聞いた」
「そんな大した話じゃないス」
「またまた」
「スタジオやハコでやりながらちょちょーっと打ち込むくらいスわ」
「夢と希望に溢れてンねえ」
「ヤ、言うほど夢も希望もないっしょ。趣味だったらやりたいコトだけやってりゃいーケド、仕事だったら全然趣味でもない楽しくもないコトだってやんなきゃいけないスからね」
「さすがレイ。楽しく描いた絵じゃないといい物じゃないとか言ってる奴らは多数派気取って井戸ン中でマウントしてりゃいーんだよ」
エムはアートで食ってるンすけど、楽しくてやってるワケでもないみたいなんスね。むしろ、憎しみやその他の負の感情を叩きつけて、苦しみながら生み出し続けているって感じスわ。創作活動は辛いというのが基本。
描いたモンを見せてもらったこともあるンすけど、おどろおどろしいと言うか、ぞわぞわすると言うか。悪寒に背筋を振るわせていると、「リツ、感動したね」と割れた舌先をチロチロ動かしていたのが印象的だったのを覚えてヤす。
こーゆーのにも一定の需要があって、むしろこういう物に多額の金をつぎ込むような富裕層もいるみたいなんすね。エムは暮らすのに苦労してないンすけど、金を捻出するには苦しみながら生み出し続けないといけないワケで。
「リツ、サエは?」
「冴はー……アレすわ。エムが喜びそーなコトになってヤす」
「何それ聞かせてよ」
「バイト先に来た先輩に心身ともに堕とされて対人恐怖の末引きこもり生活を送ってるっつー感じスわ。で、今はその先輩の部屋で暮らしてやーす」
「情報センターそんな面白いコトになってんの。えっ、その先輩何者? 知る限りサエを呑めそうなのっていたかなあ」
「今年編入してきた人で、あの人はあの人でエムの好きそうな感じスよ。正月はうちに居候してやした」
「そんな面白いことになってるなら復帰しようかな。籍まだあるはずだし」
「お好きにどーぞ。自分は向島大学スし、知ったこっちゃないスわ。それに元々冴はエムの身代わりだったンすから、冴が再起不能に陥った今、復帰するにはいいタイミングじゃないンす?」
――とか何とか話していると、レイが昼飯の器を持ってきた。エムの持ってきたそばと、元々の昼食のつもりだったうどんが半々ずつ入っている。まさかのハーフ&ハーフ仕様。どっちかをやめるって選択肢はなかったンすかねェー。
「レイ、月見になんない?」
「なりヤせん」
「えー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます