滲ませて馴染ませる
「こんにちは。自習室の利用でしたら学生証の提示と、ここの用紙に学生番号と時間の記入をお願いします」
「はい」
「B-12の席になります」
「はい」
「ここにカードキー置き場があるから、渡したキーと学生証を入れ替えて、こうやって置いとくの。で、B番のマシンとこのシステムが繋がってて、ログインしたらわかる仕組みです」
今日は、新しく情報センターのスタッフになるアオへの研修が行われている。今は受付の研修なんだけど、それがビックリ。受付の講師がバイトリーダーの林原さんでも俺でもなくて、自称研修生のカナコさん。それを春山さんも見守っている。
林原さんから事前にあった話によれば、これはカナコさんのスタッフ登用試験も兼ねているそうだ。B番の試験もするけど、そっちはダメだろうと春山さんとの間で話し合いが済んでいる。だから、カナコさんの合否は受付研修の出来で決まるそうだ。
今は受付シミュレーションということで、俺が利用者役になりながら業務の流れを説明してもらっている。カナコさんは機械の扱いが苦手だけど、受付は本当に上手だし癒される。俺は一刻も早くスタッフになって欲しいと思ってる。
だけど、ここは情報センターという施設だから機械の扱いが苦手というのは本当に致命的。特に、自習室に入るB番では機械を扱えないと話にならない。それがカナコさんの採用がこれまで見送られてきた最大の理由だ。
「大体の場合は、何事も問題なく利用者さんが出てきて、入ったときと同じように学生証とカードキーを交換します」
「はい」
「だけど、たまにセンターの利用規約に反するような人も出てきます。そういう人が出てきた場合です」
ブラックリストの登録の仕方の説明に入った。カナコさんはパソコンが苦手だから操作自体はゆっくりだけど、いつしかマニュアルを見なくても受付用のマシンを扱えるようにまでなっていた。最近ではトラブルを起こしたということもない。
アオもカナコさんの説明を食い入るように聞いているし、ブラックリストという制度のことについてもガンガン質問している。……アオの好きそうな制度だもんなあ。それはそうと、説明は続いている。
「センターのスタッフは対応にブレがあっちゃダメで、それっていうのは大学の施設っていうのもあるし。センターの規約を粗方理解した上で、表情の種類はともかく毅然とした態度であること。管理する人だけど、頼られたときには寄り添うようにあることが大事です」
「はい」
「雄介さんはブラリ対応に関しては無慈悲ですけど、マシンやシステムのトラブルに対応するときは迅速で丁寧で、本当に頼れるんですよ」
受付の簡単な説明が終わったところで、その他の庶務についての話が続く。ホワイトボードの書き換えだったり、お茶のことだったり。林原さんのミルクティーの淹れ方についての話までしている。
カナコさんはまだ正式なスタッフじゃなくて、自称のスタッフ研修生。センターに研修生という制度はないし、多分その分の給料も出ていない。だけど、カナコさんはこなした庶務を積み上げて、A番でもB番でもない部分では誰よりも詳しくなっていた。
誰の飲み物は何が何個で何がスプーン何杯とか、コロコロの換えはどこにあるとか。所長が時々出すはがきの宛名書きのコツだとか。受付台のカレンダーの脇には季節の置物が飾られていたりもする。そういうささやかな心配りはカナコさんの仕事。
「リン、そろそろ腹括ったかァ?」
「まあ、受付だけですけどこのレベルに達しているならオレの責任で見てやらんこともないですよ。ただ、正式な話はB番の最終試験の後です。一応B番の適性も改めて確認せんことには始まらんでしょう。何が出来ないのか理解していなければ、適切な研修も出来ませんから」
「そうだな」
「春山さん、例の物の用意を頼みます」
「あいよ」
「それと、ジャンパーはどこですか」
「所長のイスの裏だ。2人分な」
「ありがとうございます」
いよいよ何かが動き出しそうな気がする。何か、ちょっとワクワクしてきた。
「綾瀬、B番の最終試験に入る。自習室に来い」
「はいっ!」
「川北、お前は高山と受付にいろ」
「はーい」
受付に2人になると、アオがマシンを確認しながら俺に訊ねてくる。
「ミドリ、林原さんて実際どれくらい無慈悲なの」
「聞いた話によれば、卒論書いてる人を摘み出したら大企業に就職が決まってたのに卒業出来なくなったとかっていう話はある。あと、殺人予告出されるくらいには恨み買ってるみたい」
「え、それはバックアップ取らない方が悪いんじゃなくて?」
「……この春からアオがいてくれると思ったら頼もしいよ」
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