幸せの化学反応

「うー、さむっ」

「ああ、いたいた。ノサカ待ったか」

「いえ。と言うか、教室を出たのはほぼ同時だったではありませんか」

「いや、何か飲みたいなーと思って買いに出てたから」


 金曜日は俺の中で土曜日、火曜日に次いで好きな曜日だったかもしれない。なんと、菜月先輩と履修科目がダブるという奇跡が起こっていたのだ。社会学部と情報科学部でそんなことが起こる確率は非常に低い。一般教養バンザイ。

 一般教養・化学Bのテストを開始30分で終わらせ、教室を出る。この化学のテストは持ち込み可な上に問題は一度やっている小テストと全く同じ問題。確認すればするほど完璧からは程遠くなりそうな恐怖があった。ちなみに、基本俺は粘る派だ。

 先週猛威を振るった寒波が去ったとは言え、人が多く暖房もかかった教室から外に出れば寒い。建物のロビーで話をしようと向かうのはいいけれど、ロビーも申し訳程度の空調がついている程度で寒いことには変わりない。


「菜月先輩があたたかい飲み物を飲んでいるという印象があまりありませんでした」

「あったかい物くらい飲むぞ」


 その手には、レモンティーのホット用ペットボトル。それを触らせてもらうとあったかくて幸せだ。いつも思うけど、菜月先輩は薄着過ぎると思う。服が1枚少ないんじゃないかと。もう1枚羽織ればいいのに、見た目からして寒いのだ。


「いいかノサカ、防寒で大切なのは保温だ。いかに冷やさないかだ。3つの首を冷やすなっていうのは基本だぞ」

「3つの首と言いますと、首と……」

「手首と足首だ。お前は裏起毛のパーカーを着ているのに、首もとがガッツリ開いてるから寒いんだ」

「なるほど。しかし、菜月先輩は絶対領域の露出が相変わらずと言いますか。見た目に寒いです、やっぱり」

「太股はほら、学校の制服でも生足スカートがデフォルトだったし、ほら、あれだ、セロトニンをな、こう、わーって生成するためにも日光を肌で受ける、ほら、幸せホルモンって言うだろ、今の季節は日焼けの心配も少ないし」


 言い訳をする菜月先輩がかわいすぎて俺の世界に幸せが溢れているので今日は眠りの質が非常に良いかもしれない。それより、菜月先輩が幸せであることが俺にとっても大切なので、思う存分その絶対領域で日光を受けていただきたい。白さが眩しい!


「それより、本題だ本題」

「ええ、そうでした。ええと、本題とは」


 そう、話があるからと菜月先輩から呼び出されていたのだけど、俺にはその用事がまだ伝わっていなかった。心当たりがあるとすれば、俺たち2年が最近急にわーわー慌て始めた4年生追いコンの話か? 俺は3年生の先輩との連絡係だから。


「これ、返しとくぞ」

「――って、このMDは」

「ヒロから預かってたんだ。年末特番のディスクだ」

「それをどうして菜月先輩が、と言うかヒロが持ち出して」

「高崎にモニターさせて欲しいって言ってきたんだ。うちなら高崎とも会えるだろうし、とか言って。で、このディスクを渡したのが先週の鍋の日だ」

「ああ、それで高崎先輩とご一緒でいらしたのですね。腑に落ちました」


 あの野郎~…! この調子じゃきっと独断で動いてやがるな。と言うか、サークルを統括する代表だの、サークル内のあらゆるディスクを管理する機材管理担当に黙って作品を収録したデバイスを持ち出すなと。今度キツく言っておかねば。

 しかも、それを高崎先輩にモニターを依頼するとかいうムチャクチャっぷり。ヒロの言いそうなことを想像すれば、前も高崎先輩にモニターしてもろたんやし何がどう良くなったり悪くなったりしたんか見てもらいやすいやん、てトコか。


「で、これが高崎からのモニター用紙な」

「ありがとうございます」

「あと、何かお前に個別に連絡しないとみたいなことを言ってたぞ」

「ええ…? 高崎先輩からご連絡いただく用事に心当たりはないのですが」

「すごく大事な用事みたいだったけど、本当に心当たりはないのか」

「ええ。俺が高崎先輩に関わる用事を忘れるなんてことは有り得ませんし」


 何だろうなあ。そう首を傾げていると、ちゃぷんという音とともに突然熱源が触れる。「いいんじゃないか、悪い話ではなさそうだったし」という菜月先輩の声に、首に触れたのはレモンティーのペットボトルだと気付く。首があったかい。


「ノサカ、今日はこれで終わりか?」

「はい」

「まだ3時だし、街に出ないか? テストが終わったセルフご褒美にケーキが食べたいんだ」

「喜んで」

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