フルテンション→ミュート

「今年の恵方は南南東ー。……はい! GREENs恒例豆まきです!」


 どうやらこのバスケサークルGREENs、鏡開きに引き続き節分と、こういうイベントごとはとことん拾って回る性質があるらしい。まあ、そんなことはサークルに入って3ヶ月もしないうちに知っていたけど。

 イベントマスターの慧梨夏サンが、大きな荷物と一緒に体育館に入ってきた。さっそく袋の中から出てくるのはブルーシート。2年生以上の先輩は、それを颯爽と拾い上げてわーっと広げに走る。


「えっと、ブルーシートは」

「堤防を築くのね。ほら、ここって一応小学校の体育館であって私有地じゃないから豆が残ってもいけないでしょ?」

「ああ、確かに」

「えっと、鵠っちはうちと一緒に車に来てくれる? まだ荷物あるから」

「うす」


 慧梨夏サンについて駐車場に行くと、車の中にはまた大きな荷物が。と言うか節分をやるには少し規模が大きすぎないか、と言うかガチすぎないか。尤も、イベントやるならガチじゃないと意味はないとは慧梨夏サンがいつも言っていることではある。


「はい、鵠っちこれお願い」

「うす。……重っ!? 何すかこれ」

「恵方巻」

「そんなモンまであるんすか」

「カズが作ってくれたんだよ」

「彼氏サンそんなことまで出来るんすか」

「で、うちはこれを、っと。よいしょーっ!」


 サンタクロースの袋にしては季節外れな袋を背中に担ぎ、慧梨夏サンはよろよろと、最初の一歩を踏み出す。慧梨夏サンが担いでるのはどんな重い荷物なんだ。つか、恵方巻の方が軽そうにも見えてくるじゃん?


「おーい、会場設営出来たー?」

「大体オッケーっす!」

「恵方巻と豆も来たからね、集まっといてよ。鵠っち、恵方巻ステージの上に置いといてくれる?」

「うす。つか、慧梨夏サンそれもしかして豆すか」

「豆だね」


 何リットル入るんだっていうデカい袋いっぱいに用意された節分豆。それだけの豆をまくのかもしかして。つか、それだけの豆をまくならブルーシートくらいで豆の流出を防ぐことなんて物理的に不可能なんじゃないかと。

 それに、豆の処理という問題もある。今ここにいる面々が年の数だけ豆を食ったとしても平均20個ずつほどで、人数も高が知れている。絶対に余るのが目に見えているのにこれの最終的な処理はどうするのか。


「これ、最終的にどうなるんすか。めっちゃ量ハンパないじゃん?」

「みんなで食べれるだけ食べたら残った分はカズに加工してもらう」

「彼氏サンフル稼働じゃないすか」

「使える物は使うのが基本だからね」


 みんなさっそくステージの上で靴下を履き替えている。確かにきれいな靴下を持ってこいとは言われていたけど、ここで履き替えるのか。豆まきに靴下ってどういうことなんだと思ってたけど。

 尚サンが言うには、ブルーシートの上が豆の海になるからそれをかき分けながらの豆まきになるそうだ。足でかき分けるその豆も最終的に食わなきゃいけないから、せめてきれいな靴下でということらしい。変な配慮だ。

 そしてしれっと置いてある鬼の面。この規模の豆まきで、しかも全員ガチで来る。絶対鬼はボコボコにされるヤツだろう。俺は絶対にやりたくない。GREENsには鬼に対する情けみたいな物があるとは思えないからだ。


「ではー、これから鬼を決めたいと思います!」

「やったー! 早く早くー!」

「今年は厳正なクジで決めようと思うんだよね。毎年鬼を決めるの長くなるから」

「じゃあ早く引きましょうよー!」


 先が赤く塗られた割り箸が鬼の当たりくじ。絶対に当たりたくない。何故って、素振りをする練習の手首のスナップがガチ過ぎるからだ。どう見たって激しすぎる豆まきであることを予測させる。でもな、鬼に対する優しさもある程度は必要じゃん?


「それじゃあみんなせーので引くよー。せーのっ」

「うわあーっ! マジかよ! 鬼じゃん!?」

「鵠沼くんが鬼だー!」

「それじゃあ鬼は鵠っちにけってーい! はい鵠っちこれ頭部用の防具だからちゃんと装備しといてね。あと、一応水中メガネもあるけど要る?」

「……ください」


 とりあえず、顔と目は守られた。靴下もよし。そしてズザーッとぶちまけられる無数の豆。これだけの豆を受け続けなければ終わりはないだろう。果たして俺は恵方巻を食べるだけの体力を残させてもらえるだろうか。どっちにしても疲れて無言で食べることにはなりそうだけど。

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