極限デリバリー
長谷川とかいうクソがマジでクソだ。このクソ寒いときに、テレビやネットでも寒波だなんだって大騒ぎしてる時に俺がキープしといた車の鍵をすかさず奪って行くとか。奴の存在には百害あって一利ねえ。
ピザ屋はクリスマスなどのイベント時や、台風などの悪天候時に注文が増える傾向にある。寒波が来たときなんか、俺なら絶対外に出たくねえ。家まで届けてもらえるデリバリーサービスはぜひとも利用したいところだ。
案の定、うちの店でも注文が増えている。最近じゃネットスーパーなんかもあるんだからそういうのを使って自炊してくれよと思うが、それでもピザが食いたくなるのだろう(確かに台所にも立ちたくない)。注文があったなら、行かなくちゃいけない。
配達に使う足は主に原付か車だ。春夏秋は原付で何の問題もない。細い道をするする抜けて行けたりもするしむしろいい。だけど、冬だけはダメだ。冬だけは何としても車を死守したい。いや、厳密には冬に限らず悪天候時は車がいい。
「いよーうユーヤ! 車サイコー! ひゅーっ!」
「あァ?」
「うっわ、元ヤンこえー」
「てめェ誰が元ヤンだ」
配達から一旦戻って来た長谷川が俺を見るなり喧嘩を売って来るのにはマジでぶん殴ってやろうかと思っている。ぶっちゃけ殺意しか湧かねえ。このクソ寒い中、原付で走るとか自殺行為もいいとこだ。
そうこうしている間に俺の分の物が焼き上がった。それを持ってさっそく出掛ける。ただ、長谷川は帰って来てるんだから車のキーをよこせと。まあ、よこせと言って譲ってくれるような奴でもねえワケだが。
しばし走らせると、配達先に辿り着く。ちょっと走るだけでも体温は奪われていくし、生身で走ってるから体感温度もガンガン下がっていく。ただ、仕事だからやるだけだ。一応カイロは仕込んであるんだけど。
「ちわーす、ピザデリーっす」
インターホンを鳴らして扉が開くまでの間も震えて待つ。どうでもいいけど早く開けて欲しい。いくらマンションで多少は雨風が防げると言ってもガチな玄関先に比べるとさみィモンはさみィ。
「はあい」
「あっ、ピザデリーす。マルゲリータSサイズ1枚で790円っす」
いつもの眼鏡っ子は安定のSサイズ1枚。見た感じ、今日は寒いから外に出たくないとかそんなようなことだろう。音楽の漏れる扉の奥にかの腐女子がいるような様子がないことだけが救いだ。
「お兄さん、外寒いですか」
「クソさみィっす。つかテストは」
「全休です」
「まあ、3年の文系なら大体そうか」
言わずもがな、俺も水曜は全休だ。尤も、かの腐女子や飯野みたいな連中は緑大の文系3年が全休に設定する率の高い水曜に一般教養を履修していたりするのだが。
「みやっちはテストあるみたいですねえ」
「アイツは自業自得っす」
台所では、やかんとミルクパンが火にかけられていて、そろそろ湧きそうな様子で湯気が立っている。火を扱っているからか、暖房器具があるワケではないのにあったかい。いや、外と比べるから余計そう感じるのかもしれないが。
「何か飲んできます? ココアでも」
「じゃあ、ちょっとだけ」
眼鏡っ子がマグカップの中で粉末のココアをかき混ぜて練っている。その上から、ミルクパンで温めていた牛乳を注いで再び混ぜるとミルクココアの完成だ。甘くて美味そうな匂いが立っている。
「どうぞお」
「いただきます。……うまっ」
「普通のココアですよお」
「普段ここまでマメなやり方はしねえんすよ。普通にお湯で溶かすだけで。うまっ。やっぱ牛乳か」
ゴチっした、と眼鏡っ子の部屋を後にして仕事へと戻っていく。外へ出れば、現実が頬から突き刺さる。それでも勤務時間中は行かなければならない。出来れば俺も外になんか出たくはなかったが、外に出て働かなければ家に籠っていられるだけの金も入らないのだ。
デリバリーサービスはありがたいが、あらかじめ何日か前から天候が怪しくなるとわかっている場合は自分できちんと備えをしなければと思うのは、バイト柄だろう。配達する側の苦労ってヤツがよ。とりあえず長谷川はぶん殴る。
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