愛と憎悪を手間暇かけて

「あっ、さとせんぱーい」

「ユキちゃんどうしたのー?」

「あのですねー、うちの妹がチョコレートを手作りしたいって言うんですー」

「あー、バレンタインだもんねー」

「それで、さとこパッドから何かいいチョコレートレシピを教えて欲しいなーって」


 お料理のことで困ったらまずはさと先輩に相談してみるのが正解だと思う。インターネットで調べるよりもわかりやすいし、こういう風にしたいんですって言ってみたら相談にも乗ってくれる。

 あたしは4人兄妹の下から2番目で、バレンタインには一番上のお兄ちゃん以外の3姉妹で作ろうかって話になってる。その前に、妹の穂波から頼まれているすっごいチョコレートレシピをいただけないかという相談を。


「妹さん、どんなチョコを作りたいの?」

「えっと、部活の先輩にあげたいらしいんですけど、その人チョコレートが主食みたいな感じらしいんで、とにかく美味しいのって言っててー」

「わー、いいなー。部活の先輩にあげるのー? 青春だねー」


 さと先輩って結構恋バナとか好きなんだよね。この殺伐としたABCで恋バナなんて甘酸っぱい話題もそうそうないんだけど、そういう気配のありそうなところににこにこしたさと先輩がいると言うか。

 だけど、穂波のそれは恋バナとかじゃなくて友チョコみたいな感じなんだって。ABCでもあるとかないとかっていう話は聞いてるんだけど、いつ頃みんなそういうことをやってるんだろう。やっぱり今かなあ、バレンタインは春休みだし。


「ユキちゃんの妹さんって高校生? 中学生?」

「高校ですー、今2年でー」

「あたしもバレンタインに作るお菓子の練習しててー。ABCのみんなにも食べて欲しいなーって」

「えー! さと先輩お菓子くれるんですかー! 楽しみー」

「みんな楽しみにしてくれてるから、あたしもつい張り切っちゃうのー」


 すると、あたしやさと先輩と同じようにテストの合間に人の少ないサークル室に避難してきたのか、Kちゃん先輩と直クン先輩の声が……って思ったら、その様子がとんでもなくて。

 Kちゃん先輩と直クン先輩は両手で抱えきれないほどの箱を持っていて、いかにもなプレゼントですっていう感じの小さい箱なんだけど、山積みになってるそれが今にも零れ落ちそうになっていて。


「だから直、去年もすごかったんだから今年は紙袋用意した方がいいって言ったでしょ」

「あんなことにはもうならないと思って」

「わー、直クン今年もチョコいっぱいもらったねー」

「おはよう沙都子、ユキちゃん」

「えっ、それ全部直クン先輩がもらったチョコですかー!?」

「直クンのファンの子たちがバレンタインにチョコをくれるんだけど、直クンはそれを全部食べるからそれこそ本当にチョコレートが主食になるような感じなの」

「……最初のうちはいいですけど、途中でもたれそうですね」

「だからね、今年は甘さ控えめで優しい感じのお菓子にしようと思ってて」


 確かに直クン先輩がもらったチョコレートの山を見ていると、あたしまでしばらく甘い物はいいかなって気になって来る。直クン先輩はこれを全部食べるって言うんだから何て言うか、すごいなあって。手作りのもいくつかあるみたい。

 手作りの物って何が入ってるかわかんなくて危ないっていう人もいるみたいだけど、そういうのばかりじゃないとは思いたい。……あっ、でもお姉ちゃんはバイト先の人に普段意地悪されてる仕返しにポテトサラダを包むって言ってたなあ。あっ。


「うーん、あたしはどうしようかなー。あっ、さと先輩、お茶の風味のチョコレートって出来ます?」

「抹茶のチョコとかもあるから出来るよー。お茶のチョコにするのー?」

「えっと、ほうじ茶チョコにしようかなーって」


 あたしは平和なバレンタインにしたいなあ。家でチョコを作る時、すごいのに挟まれながら普通のほうじ茶チョコを作るっていうのも怖いんだけど。

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