主食にならない嗜好品
「どっこいせ、っと」
春山さんが、さっきから何やらワケのわからん荷物を事務所に運び込んでいる。それを延々1時間ほど繰り返していたのだが、当然嫌な予感しかしない。どうせまた何か悪巧みでもしているのだろう。
空港で爆買いしてきた土産物なら、もっとそれらしい紙袋や箱に詰められているはずだ。しかし、今運び込まれているケースは国内の空港で買ったとは思えんのだ。散りばめられている外国語。英語ではなさそうだ。
年が明けてからはセンターのスタッフも入れるだけシフトに入っているから人自体は多い。しかし、相変わらず勝手に居座っている綾瀬も含めた全員が春山さんの行動を黙って見守っているのだ。嵐の前の静けさというヤツだろう。
「うしっ、これで全部だな。よーしお前ら、注目!」
「何が始まるんですか雄介さん」
「知らん」
「芹サンが美味しい美味しいお菓子を持ってきたぞ、持って行け。ちなみに強制だし、ノルマも設定する。心配しなくても金は取らねーし」
「え、えー!? ジャガイモのお菓子版みたいなことですかー!?」
「察しがいいな川北ァー」
川北の頭をわしゃわしゃと撫でながら春山さんは続ける。これを持って行くことが人助けであるのだと。そして、乾き物だから保存も利く。ケースをバラすなんてことはしねーよなァと。これは実質的な強要で、脅迫だ。
「ちなみに、中身は」
「プレッツェルだ。一袋開けるから、つまんでみろ。普通に美味いんだ」
「ほう、確かに普通に美味いですね」
「じゃあリンは20ケースな!」
「ふざけるな、業者じゃあるまいし」
「芋の時にも言ってるけど繰り返すぞ天才サマよぉ。何もお前が全部食わなきゃいけないワケじゃあねーんだよ。年末の音楽祭で出来た人脈に流したっていいんだぞ~? え~?」
ニタニタと、柄の悪い目つきで人を睨み上げてくる春山さんの性質の悪さだ。その脇では、川北や烏丸らがプレッツェルを美味しいねーなどと暢気な顔をしてつまんでいる。これから起こる恐怖を知らんな、連中は。
「ユースケ、プレッツェルって何? 美味しいけど」
「ドイツ発祥の焼き菓子だ。この独特な結び目が特徴と言えよう」
「乾パンみたいだけど、主食になる?」
「スポーツ観戦のおともやビールのつまみとしても食われるが、主食にしようと思えば出来んこともないのではないか? 塩分過多にはなりそうだが」
「春山さーん、10ケースくださーい」
「おっ、ダイチ威勢がいいな」
なるほど、そうきたか。確かに、カロリーメイトと食パンが主食の烏丸にプレッツェルは持ってこいか。むしろ菓子というジャンルになっている分嗜好品。まあ、この調子で誰でもいいがどんどん持って行ってくれればいい。
「冴の分として5ケース付けとくぞ。カナコ、お前はどうだ」
「えーと、じゃあ10ケースを」
「よーしいいぞカナコ!」
「お金をかけずに食料がもらえるなんて素晴らしいじゃないですか!」
先の芋の季節に綾瀬がいればオレらの負担も多少は軽くなったのだろうかと、そんなようなことを思ったが春山さんに限ってそれはないだろう。綾瀬の倹約思考が10ケースを引き取らせたところで、まだまだケースは壁のようにそびえ立つ。
「はい、じゃあ演劇部への差し入れということで5ケースつけとくぞ。川北、お前はどうした」
「え、えーと……」
「春山さん、そもそもこのプレッツェルの出所はどこだ」
「地元の兄貴分がこういうの輸入したりする仕事してんだけどよ、おやつ感覚で食おうと思って注文したらそれが仕事感覚になっててバカみたいな量のプレッツェルがだな。兄さん、人がいいんだけどドジっ子なんだよなー」
「ドジっ子という域を越えているではないか」
「で、川北。考えはまとまったな!」
「じゅ、10ケースで勘弁してくださいっ!」
「川北はかわいいなー。じゃあお前のおまけはリンにつけてやろう」
「ふざけるな」
結局、問答無用で30ケースのプレッツェルを押し付けられてしまった。1ケースには10袋。正味300袋のプレッツェルをどう処理するか。ゼミ室に無記名で置いておけば少しずつ減るだろうが、どうしたものか。
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