働かぬ身に改革もなし

 テストが近くなると学内にも人が多くなって、昼に学食でご飯を食べるのも一苦労。とは言え、正直に言えば俺も年が改まってちゃんとしなきゃと思った側だから、ずっとちゃんと来てた人からは怒られるかもしれない。

 今日は同じ授業を取っていた果林先輩と一緒にお昼を食べることに。するとどうだろう、まるで俺たちを迎え入れるかのように4人掛けのテーブルが空いている。果林先輩の食べる量じゃ2人掛けのテーブルだと小さいから、本当によかった。


「果林先輩、俺テーブル取ってきます。あそこ空いてるの見つけました」

「うんおねがーい。タカちゃん食券貸して。持ってくるし」

「ありがとうございます」


 場所取りの基本ルールは、人がその場所に陣取ること。荷物だけを置いて場所をキープしたつもりになっているとそれを退かされる可能性があるし、最悪の場合置き引きに遭ってしまう。

 大盛りのカツ丼に、汁物としてLサイズのラーメン、それからサラダをトレーに乗せて果林先輩がやってくる。ちなみに、俺の揚げ鶏丼もカツ丼と同じトレーに載っているけどすごい技術だなあ、これを一気に運んでくるなんて。


「はいタカちゃん、お待たせ」

「ありがとうございます」

「ではー、いただきま」


 いただきます、と食べようとしていたときのことだった。突然、あーという叫び声と共に箸を構えてにこにこしていた果林先輩に何かが突撃してきた。急に抱きつかれて果林先輩は抵抗出来なくなっているようだ。


「あーん、かりーん! 久々ぁ~! かりーん、かりーん。えーん、かりーん」

「ちょっ、苦しっ、って言うかアタシご飯の最中!」

「えーと、果林先輩?」

「あっ、タカちゃんゆずとは初めましてだっけ?」

「初めましてですね」

「こちら、情報2年の北村ゆず。一応MBCCのミキサーだね、今期1回も来れてないけど」


 北村先輩は女の人としては少し背が高めで、背中ほどまであるロングヘア。果林先輩に甘えるようにおいおいと泣き真似(?)をしながら抱きつく様子は背丈に見合わず果林先輩がお姉さんのように見える。

 確かにMBCCの2年生は5人いて、ミキサーも実は3人なんだと聞かされていたけど3人目がこの北村先輩だったのか。でも、サークルじゃなくて食堂で、それも今期の通年の活動が終わった後に初めましてを迎えるだなんて。


「えーん、大学も久々だよー、いろいろ新鮮すぎて感動してるよー、バイトやめたいよー」

「まーだブラックバイト辞めてなかったの? 正面切って辞められないならバックレればいいのに」

「バックレると家が追い詰められるって言うし、辞められないんだよー」

「もうヤクザじゃん。法的手段取ったら?」

「えーと、果林先輩」

「えっとねー、ゆずはねー、何となく始めたバイトがかなりのブラックで授業にも出れてないんだよ。サビ残とかも当たり前になってるからアタシより働いてるのにアタシより稼いでない」

「言っても果林先輩もそこそこ働いてますよね」


 たまにテレビをつけたらやってる報道特集みたいなのでブラックバイトから抜け出せない大学生、という話は見たことがあったけど、まさかこんなに近いところにそんな話があったとは。

 久々の大学、久々の授業、久々の友達。いろいろな久々が重なって感極まってしまったそうだ。――という流れで、北村先輩と相席をすることに。MBCCの1年で果林先輩とは仲良くしてもらってますと自己紹介をして、2人の話に耳を傾ける。


「って言うかゆず、単位は大丈夫?」

「ヤバい。Lに助けてもらってるけど、ヤバい」

「ですよねー。えっ、って言うか理系って留年あったっけ」

「2年で1回あるけど冗談抜きでダブりそう。タカティそのときはよろしくね」

「えーと、何をどうよろしくなのかがちょっとよくわからないんですけど。でも、北村先輩の話を聞いてるとバイトをするのが怖くなりますね」

「タカちゃんはさっさとホワイトな職場で働いた方がいいと思うなお姉さん」


 お金がないからってちゃんとしたごはんを食べないのは感心できませんよ、と3人前くらいのごはんをぺろりと平らげながら果林先輩は言う。働いたお金はほとんど食費になる果林先輩ともまた次元が少し違う。


「ゆず、悪いことは言わないから法律の勉強もしたらいいと思うんだ」

「勉強する時間と精神もカスッカスになるくらい搾り取られるんだよー」

「時代の流れに逆行してますね見事に」

「人手不足も背景にはあるだろうから完全に逆行とも言えないけど……死ぬ前にバックレなね」

「3年になったらサークルにも復帰したいとは思ってるんです? えーん、スマホに記録してる労働時間グラフが真っ黒だしお賃金グラフが真っ赤だよー」

「――って、記録してるんじゃん!」


 高崎先輩や果林先輩のように働きたくてたくさん働いているのとはまた違うケースの働き方を見て、俺は自分のことを考えるのがさらに怖くなった。だけど、まあ当分は現状維持ですよねー。バイトのことはテストが終わってから考えまーす。

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