ホールとピース
兄さんからのおつかいでケーキを買いに出る。西海市じゃ人気のお店で、狙いは1日5台しか焼いてないっていうチョコレートケーキ。これが出るのも毎週末だけということで、本当に欲しい時は開店ちょうどに店に行かなければならない。
それというのも店側の対応がちゃんとしていると言うか毅然としていると言うか。あまりに早い時間から並ぶことをしてもその人たちは列にカウントされないし、整理券を配るということもしていないそうだ。だから開店してから行かなければならない。
昨日、兄さんは出勤する前に「美味しいそうだからそれを食べてみたいのよー」と言って俺におつかいを頼んで来た。俺は朝から荷下ろしのバイトだけど、終わった足でそのまま行けばちょうどくらいかなって思って。
店の駐車場に車を停めたのは、午前10時ちょうど。開店時間だ。俺と同じ目的なのか既に車が2台はいるけれど、この感じだと大丈夫だと思いたい。兄さんから念押しされてるから、ちゃんとおつかいして帰らないと。
「いらっしゃいませー」
「あの、ホールのチョコレートケーキってまだありますか? えっとー、この、シェリー・ショコラ」
「はい、ございますよ」
「わー、よかったー。それをください」
ふー、よかった。これでおつかいはクリアしたけど、たまには贅沢して他にもケーキを買ってってみようかな、せっかく来たんだし。えーと、どれにしようかな。
そんな風に考えていると、続々と人が店内になだれ込んでくる。みんなチョコレートケーキの話をしてるから、早く来てよかったーと思って。ホールケーキの他にはイチゴのショートケーキとミルクレープ、それからチーズケーキを頼むことにした。
「あの、すみません。シェリー・ショコラって」
「申し訳ございません、本日分はもう出てしまって」
「あー、そうですか」
「あれっ、石川。おはよう」
「あ? ああ、大石か。おはよう」
「石川もケーキ?」
「ああ。今日は妹の誕生日なんだ。土曜日だからシェリー・ショコラをと思って来たんだけど、遅かったみたいだ」
やっぱり、人気の店の数量限定商品はすぐになくなっちゃうんだなあと思う。ちゃんと買えた俺が言うと嫌味みたいだけど。開店してから10分も経ってないから、本当にすごい勢いだったんだなあっていうのと、俺は運が良かったなって。
「やっぱり、チョコレートケーキだから冬の方が買うのは難しいんだけど、よりによって今日無くなるかーと思って」
「夏は冬より買いやすいの?」
「普段からチョコを食わない奴でもチョコが何となく食べたくなるのって冬だろ。バレンタインもあるし」
「あ、そうだね」
「あー、でも本当にショックだ。前は10分でも全然買えたんだけど。何で俺の2台前で事故るんだよって」
石川はUHBCでも下の子たちからチョコレートお化けとか妖怪チョコすすりなんて言われるくらいにはチョコレートを携帯してるし好きっていう印象がある。最近はバレンタインの催事場に行ってチョコレートを買い漁るのが趣味みたいになってるみたいだし。
今回のケーキが買えなかったことに関しては、自分が好きなのもあるけど何より妹さんの誕生日だからここまでがっくり来てるんだろうなって。美奈が言うには、石川は妹さんを本当に可愛がってるみたいだから。
「石川、良かったら俺のケーキ持ってく? シェリー・ショコラ」
「えっ、でもお前が買ったヤツだろそれ。お前だってこれを買いにこんなに早く来てるんだろうし、さすがに悪い」
「俺は兄さんの気まぐれで買いに来ただけだけど、石川は妹さんの誕生日でしょ? 俺はまた今度買いに来るよ。他のケーキも買ったし今日は大丈夫」
「そ、そうか。ありがとう、恩に着る」
お金のことだけはきっちりとして、石川は帰って行った。きっと妹さんは嬉しいだろうなあ、兄さんや家族が自分の誕生日を祝ってくれて。少し昔のことを思い出して泣きそうになっちゃったけど、グッとこらえて。
特別な日だからケーキを買うのか、ケーキを買ったから特別な日になるのか。それはその時々で変わると思うけど、俺の用事は限定のホールケーキじゃなくたって今日は一応大丈夫。大事な人と一緒だったら、どんな物でも。
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