チェストの中身がおぼつかない

「あれ-、どっちだったかなー」

「右の方じゃない? あの山さっき見た気がする」

「いや、あんな気候帯の島は通ってないはずだ。あれー」


 正月だというのに拳悟と万里がうちに押し掛けて来ていて、問答無用で部屋をこじ開けられた。俺は実家に帰ることもしていなかったし、明日からのバイトの前に束の間の休暇としてごろごろとこたつで横になっているつもりだったのに。

 万里が下宿先からゲーム機を持ってきた。ソフトはマインクラフトというヤツだ。ブロックで構築された世界の中で、それを積んだり崩したりして暮らすゲームらしい。それをうちのテレビでさっきから拳悟とぎゃあぎゃあ言いながら楽しんでいる。だが、ここで俺の身に災難が降りかかる。


「万里、迷ったならここに拠点を作り直せ。迷ったからっつってぐるぐる回られると」

「あっ、高崎お前もしかして酔った!?」

「あー、高崎って3D酔いもするんだねー」


 何を隠そう、俺は乗り物酔いだけでなく3D酔いも普通の人よりは酷い。さっきからマップ上を探索中に迷子になったとぐるぐる回っているのを見ていたからか、胸焼けにも似た気持ち悪さが込み上げて来てしんどくなっていた。

 ゲームだとアクションゲームが苦手な部類に入る。視点をぐるぐる切り替えるコマンドがあるタイプのヤツだ。古き良きマリオみたいな横にだけ動くタイプのヤツは全然平気だが、タテ、ヨコに奥という概念が加わってからは残念なことになった。


「じゃあ、高崎も死んでることだしここで拠点作ろうよ越野」

「拳悟お前石持ってる?」

「ない」

「じゃあ斧は」

「ない」

「じゃあ砂漠でどうやって家作るんだよバカじゃねーの! たいまつは」

「ない」

「ないない尽くしだな! 逆に何持ってんだよ」

「種でしょ、羊肉、土、丸石2個、それから石の剣」

「しょぼっ。いいわ、とりあえず俺作業台作るし」


 マインクラフトは何をするにも自由なゲームらしいが、何をしたいかによって仲間割れが発生するとかしないとか。飯野もやっているみたいだが、飯野は冒険をしたい派らしい。ちなみに宮ちゃんは農業や建築が楽しい派らしい。

 3D酔いをした俺はと言えば、何かすっきりとした飲み物はなかったかと冷蔵庫を漁る。ただ、家主だから知っていたが炭酸が見事にビールしかねえ。さすがに3D酔いに迎え酒、というのは聞いたことがない。

 部屋からは相変わらず拳悟と万里がぎゃあぎゃあと言い争いをしながら新たな拠点づくりをしている声が聞こえている。俺はと言えば、画面がぐるぐる回る以上晩飯の支度という体で台所に身を潜めていた方が良さそうだ。


「あー! 越野助けてクリーパーが!」

「ちょっバカお前こっち来んなーあー!」

「あー! ベッドない! ここはどこ!? あっ、おうちが近い! やったー!」

「お前何自分だけ爆死して元の拠点近くにワープしてんだよバカじゃねーの! ったくよー、せっかく作ってた家が~……」

「大変そうだな、万里」

「あ、高崎復活した?」

「――って何お前自分だけアイス食ってんだよいーなー」

「3D酔い対策のチョコミントだ」


 台所が寒くて晩飯の支度を断念した。晩飯はすき焼きだし、全員でやった方がいいだろうと心で言い訳を。冷蔵庫にスッとする物はなかったが、冷凍庫にはアイスがあった。こたつにアイスの文化を生んだ奴に感謝したい。


「ったくよー、拠点着いたら整地しとけバーカ」

「はーい。あっ、高崎整地してみる?」

「あ? 整地だ?」

「あのねー、あの山をツルハシとシャベルで延々と崩すの。多分そのくらいなら3D酔いしないだろうし、道具の作り方とかは越野に聞いてー」

「拳悟お前ナニ雑用を高崎に押し付けてんだよ」

「コンビニに行ってこようかなーって。俺もアイス食べたいし」

「いや、単純作業は嫌いじゃねえし、見てるよりやる方が酔わないかもしれねえ。一昼夜くらいやってみる。あ、拳悟コンビニ行くなら酒以外の炭酸の飲みモン買って来てくれ。あとアイス追加」

「あっ俺も。あと唐揚げとか肉まんとか、フライヤー物買って来い」

「かしこまりー」


 この後、しばらくして帰って来た拳悟が山の掘削の進捗状況を見てビビっていたのはまた別の話。

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