つなぎゆくもの

 こないだ、慧梨夏にプロポーズをしていい返事をもらえたまではよかった。いくら互いの家で公認だろうと、改まった挨拶はしなければならない。うちへのそれは何かすごいフランクな感じで済んでしまったけど、問題は宮林家への挨拶だ。

 慧梨夏のお母さんである千春さんは、某洋食屋でシェフとして働いている。結構流行っている店で、話を聞く度忙しそうだなと。そんな中でお休みの日に伺う予定を立てているのだけど。なかなか予定が合わないんだよなあ。


「うーん、何か手土産的な物とか」

「いいよ、うちも手ぶらだったんだし」

「ほら、うちの場合は何を今更みたいなトコが少なからずあるじゃんな。途中から結婚しますっていう挨拶じゃなくて女装ミスコンの報告みたいになってたし」

「ですね」

「俺が千春さんと会うのって、お前が京子さんと会うみたいな頻度じゃねーワケよ、わかるな」

「別にいつ行ったって歓迎してるんだから、変な気遣いはいいと思うけど」


 俺の母さんの京子さんは、すでに慧梨夏とツーカーのような感じで仲がいい。アパレル系ブランドの主任さんがかの女装ミスコンにも全面的に協力してくれやがって、それはもう見事な俺用ブラと衣装が上がってきましたよね! ちきしょい!

 ただ、俺と千春さんはそこまでフランク過ぎる間柄じゃないし、娘さんを嫁にもらうわけだから、やっぱりある程度改まった挨拶が必要だと考えるワケだ。と言うか慧梨夏と京子さんが異常なんだどう考えても。嫁姑戦争は起こらなさそうで良かったけど。


「あのねえカズ、どうしても何か持ってくんだったら手土産よりエプロンね」

「エプロン」

「何度も言ってるけど、千春さんて子供と料理するのが夢なのね。でも、リナさんいないしうちがこの有様だし。たまに帰ったら怒られるからね、どうしてカズを連れてこないのって」

「なんだそれ」

「なんかね、お店で作るようなのとは違う、家庭料理ってヤツ? それを子供と作りたかったのに! ……的な? ほら、うちって親一人子二人の家庭だし嫁入り道具的な物もないし。千春さんが唯一子供に残せるのが料理のレシピなんだよ。でも、何度も言うけどうちは料理音痴だし。だから、うちの代わりにカズが受け継いで欲しいなーと」


 そう聞くと責任重大だなと、より強く思う。子供への思いがダイレクトにくるワケじゃんな。エプロンを持って行くのは決定として、やっぱりそれ相応の覚悟が必要だ。ただ改まるよりも強い覚悟が。

 今までも何度か千春さんと台所には立ってきたけど、教えてもらった物を慧梨夏に出すとめちゃくちゃ喜ぶから、やっぱりそういうことなんだろうとも思う。同じエリア内だし今生の別れではないにせよ。ひしひしと、くる。

 慧梨夏が致命的な料理音痴だから彼氏がある程度料理出来て安心してるとか、そんなような話を聞いたことはある。そりゃ、食事は生きることに直結するから、出来ないよりは出来た方がいい。外食やレトルトの飯も美味いけれど。


「慧梨夏」

「……えっ、どうしたの、急に」


 言葉には出来ないから、抱き締める。結婚しようと思って、それを伝えることも出来たのに、それでもまだ言葉に出来ない想いがあって、それを伝える手段がこうなる。これで伝わるかはわからないけれど、それならそれでいい。


「……今はまだ子供だけど、2人で大人になって、親になって」

「おじいちゃんおばあちゃんになって?」

「それはさすがに気がはえーよ、なれればいいけど。でも、少しずつな。ごく普通の、幸せな家庭を築いていくんだ」

「うん」

「何が普通って、人によって時代によって違うけど。それでも俺らの思う、ごく普通の幸せな家庭な。そのためにあと1年、しっかり準備しよう」

「うん」


 慧梨夏を抱く腕に一瞬力を込め、体を離した。そして支度するのはエプロン。いつでも挨拶に行けるように。部屋で普段使ってるのと全く同じ、洗い替えのそれを。


「カズ」

「ん?」

「ううん、何でもない」

「何でもないって顔かよ、にやついてるし」

「ううん、可愛すぎる女装と格好良すぎる今のギャップに死んでるだけだからお構いなく」

「えーと、それは誉められてるのか?」

「うちの旦那(仮)が嫁に行くことがなくなって辛い件! あと1年しかないよ!」

「何でそこで通常運転に戻すかね、慧梨夏サン」

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