掛け合いの形式

「ホントにめちゃ食うなー」

「米を食べないと食べたうちには入りません」

「ノサカ何ドヤ顔しとんの。こんなんを無芸大食ってゆーんや」

「くっ……ヒロめ好き勝手言いやがって! お前なんて留年してしまえ」

「ノサカてボクに対する脅し文句のパターンないよね」

「語彙力なんか付けさせなければよかった」


 今日はゼミの先輩である磐田先輩のお宅に招かれ、前原先輩やヒロといった面々で鍋パーティーが開かれている。今日で今年の授業は一段落したということで、明日のことなんか考えなくてもいい自由な大会となっている。

 磐田先輩は台所でせっせと準備をしてくれているし、いざ鍋の前に座っても、鍋のお世話をしてくださっている。圭斗先輩ほど美しい手際ではないけれど、磐田先輩の人柄もあってよりほっこりするような気がする。


「まだまだたくさんあるよー。野坂くんも佐久間くんもどんどん食べてねー」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございまーす。磐田先輩、そこにあるお笑いのDVD見てええですか」

「うんいいよー、好きなの探してもらって」

「どれにしようかなー」

「磐田先輩はお笑いがお好きなのですか」

「特別好きってワケでもなかったんだけど、高校の文化祭で漫才をやってから少し気になって。テレビでやってるのってショート版だったりするでしょ。フルサイズのネタはーって探してたらこんなことになっちゃった」


 磐田先輩の本棚は、とてもバリエーションが豊富だ。情報系の本は当然として、天文部らしく天文系の雑誌も整然と並べられている。曰く定期購読しているとのこと。マンガやパチスロ雑誌もある(自分では打たないそうだけどバイトの関係で一応勉強はしているそうだ)。そしてヒロが目を付けたのはお笑いのDVD。


「漫才ですか。映像などは」

「俺は持ってないよー。薫くんなら持ってるかもしれないけど」

「相方さんですか!」

「厳密にはトリオ漫才でさ。俺はたまたま通りかかったところに捕まってトリオに加入したんだよー。それまで薫くんとはあんまり喋ったことなかったんだけど」

「その辺歩いてる人巻き込むとかどんなだよ薫くん」

「薫くん演劇部に脚本書いたり文芸部の部誌の小説書いたり生徒会の仕事で忙しかったから、本当は誰かにやってもらいたかったみたいだけど誰もいないから自分でやるって言って困ってるみたいだったから」

「どんなワーカホリックだよ薫くん」


 何か、自分の周りにこういう奴がいなくて良かったなって思う。その辺歩いてるだけで大して喋ったこともない奴と人前で漫才させられるとかたまったモンじゃない。いつも思うけど磐田先輩は人が良すぎる。


「あっ、でも今も星ヶ丘大学の放送部でステージの台本書いてるって言ってたよー。MMPって確か他校との交流もあったよね? もしかしたら知らないかなあ、薫くんて、朝霞薫っていうんだけど」

「ナ、ナンダッテー!? まさかの朝霞先輩! いや、でも言うほどまさかじゃない! 朝霞先輩ならやるな! うわー……ナンダッテー……」

「わー、薫くんのこと知ってるんだー。帰省したら薫くんに野坂くんのこと話してみよう」

「え、えーと……あまり直接お話ししたことはないとだけ、お伝えしておきます。俺は星ヶ丘の友人つてに朝霞先輩の武勇伝を聞いているというだけで……あ、あの……先の無礼なツッコミの件は黙っておいていただけませんか」


 鍋はそこそこにお笑いを食い入るように見ているヒロは、手を動かしながら鋭いツッコミの練習をしているようだ。時折あははと大笑いしているけど、これ以上ツッコミのパターンと語彙力をつけられても困る。


「大丈夫大丈夫、安心して。野坂くん元気出してもっと食べて! 鍋はまだまだ出来るからね」

「はい、改めましていただきます。あの、さっそくですがご飯のおかわりをいただけますか」

「はーい。はー、前原くんからの情報があって良かったよ。野坂くん、本当にいっぱい食べるねえ」

「だろ? 俺の言う通りにしときゃいーんだよ」

「えーと、前原先輩、俺のことをどこかで?」

「こないだ野坂くんの先輩と鍋したときに、材料は多めに、それから米は必須って話を聞いてたんだ」

「あ、あの……先輩というのはもしや」

「奥村さんと松岡くんだね」

「ナ、ナンダッテー!?」

「ウルサイわノサカ! 驚きのパターンそれしかないん!?」


 ひ、人と人との繋がりが狭くて怖い! どこだろうと下手なことが出来ないじゃないか!

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