悪夢の飛び出す後にあるのは

「や、夜間遅くに大変申し訳ございません……」

「いや、災難だったな」

「あの、急拵えですし高い物でもないのですが、よろしければどうぞ召し上がってください」

「何か、悪いな」

「いえ。急に転がり込ませていただくのに、手ぶらというワケにも」

「と言うか、どういう状況だったんだ? ヒロの課題に付き合うってのは聞いてたけど」


 12月25日、月曜日。俺は今年度最後のサークルが終わった後でヒロの課題に付き合わされていた。サークルに対するやる気には満ち溢れていたヒロだったけど、覚醒していたのはサークルだけ。授業に関してはいつも通りふらふら。課題もいくつ溜めこんでいたか。

 ヒロの機転で救われたことがあったから、お礼のつもりで「1教科だけなら課題の解法を教えてやらないこともない」と言ったらとんでもないことになりましたよね。1教科で5つも6つも課題を溜めるか?

 挙句、つい居眠りをしてしまった俺を置いてヒロは自分だけ帰宅。終バスも終電も逃し、深夜の間に行われる設備メンテナンスとかで警備と業者のおっちゃんに追い出され、寒空の下に放り出される絶望感。

 俺はクリスマスの夜に1人何をやっているのかと。ヒロは今頃あったかい布団で寝てるのかなとか考えたら寂しいやら殺意やらで。星が綺麗だなあと思っていたら、急に寒さが襲って来て現実に無理矢理引き戻される。


「――で、避難をしてきたってワケなんだな」

「菜月先輩には感謝してもしきれません。いくら情報知能センターに泊まる覚悟と用意があったとしても、冬の寒空の下、しかも山中で野宿する装備はありませんでしたし」

「夕飯も食べてないんだろう」

「ええ」

「待ってろ。寒かっただろうし、今何か作る」

「えっ、そんな」


 座ってろと制され、菜月先輩は台所へと向かわれた。俺はあったかいこたつで背中を丸める。

 咄嗟に菜月先輩に助けを求めてしまったんだよなあ。この場合男性だし圭斗先輩が正解だったような気がするけど、圭斗先輩の場合1人ではない可能性もあったし。

 菜月先輩であれば三井先輩からのお誘いもぶった切ってくれてたし、1人でゲームをしてると仰っていたので連絡を入れるハードルも少し低かったと言うか……。

 それに、菜月先輩に立ちそうな唯一ガチで危ないフラグはクリスマスとかいうピザ屋の超繁忙期が叩き折ってくれてるはずだと、そんな醜いことを昨日から考えてましたよね!


「はい。こんなのしかないけど」

「いえ! 菜月先輩に作っていただける食事だなんてこれ以上の贅沢はありません!」

「大袈裟だな、ただのラーメンなのに」

「いただきます」


 曰く冷蔵庫整理の野菜炒めが乗った塩ラーメン。これ以上の贅沢と、幸せがあろうかと。菜月先輩が俺のためにこれを作って下さったという事実が。麺の上に乗った野菜炒めは、コショウが利いていてパンチがある。これがスープに溶け込んで、より美味しくなるのかと。


「ノサカ、それ食べたらお前が持って来てくれたケーキでも食べようか」

「よろしいのですか? どちらも菜月先輩に召し上がっていただく想定で買って来たのですが。まあ、コンビニケーキですけど」

「コンビニケーキだって高いのはなかなか買わないし、嬉しいじゃないか。自前で飲む予定だったチューハイとかもあるし、ちょっとやるか」

「一杯やるのは構わないのですが、明日は火曜日で授業もありますし、何より昼放送が」

「あ、そう言えばお前、朝イチで帰るのか?」

「最悪の事態を想定していましたので、同録MDや夜を越せる用意はあります」

「ならいいじゃないか」


 ヒロの野郎ぶっ飛ばしてやる、と思ってたけど、今となってはヒロ様様。もう1教科くらいなら解法を教えてやらないことはない。ただ、次回はちゃんと起こして欲しい。


「ごちそうさまでした。大変おいしくいただきました」

「うわ、スープまで全部か。将来、あらゆる数値が心配だな」


 そう笑いかけて、食器を片付けに向かわれた菜月先輩の背中に見る幸せだ。オフ仕様でゆるく結ばれた髪や、コンタクトを外されて赤いフレームの眼鏡をかけていらっしゃったり。

 将来のあらゆる数値を心配されたときに降って来たのは、毎食菜月先輩の作るご飯が食べられるという生活のイメージ。それでたまに俺が卵焼きを巻くのだ。おっといけない、ぶっ飛び過ぎた。


「じゃーん、ケーキでーす」

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