幸せは大きくふくらむ

「メリークリスマース」

「あれっ、果林先輩バイトは」

「今日は日勤だったんだよ」

「そうなんですね」


 日曜日の夜、果林先輩が大きな袋を提げてやってきた。掛け声はメリークリスマスだけど、うちのマンションに煙突はないから普通に玄関から。袋の大きさだけ見ればそれこそサンタクロースみたいだけど。

 深夜バイトのイメージが強い果林先輩だけど、日曜日は深夜だったり日中のシフトだったりするそうで今日は日勤だったらしい。バイトを上がったその足で、買い物をして俺の部屋に乗り込んで来たのだ。


「とりあえずチキンとー、ケーキとー、その他諸々のごはんとー」

「その他諸々の量がとんでもないですね。と言うかごはんになる前の物もたくさんあるような気が」

「さすがにいっちー先輩ほど手際は良くないと思うけど、アタシも一応料理は少し出来るからね。作りながらって感じで。あとはお酒ね」

「あ、冷蔵庫使ってください」


 台所をある程度まとめたら、部屋で乾杯の準備を。果林先輩はビール、俺はウィスキーで。コンビニのチキンと一緒に。適当なテレビ番組を入れて、それをBGMに。ただ、実際は自分たちが喋る方がメインだ。

 共に過ごす相手もなく、予定もないおひとり様の集い。独りで寂しく酒盛りをするよりは2人の方が楽しいし、という物。実際に果林先輩と話しながら飲むのは楽しい。年末年始やテストの話、インターフェイスのことなど。話題は尽きない。


「タカちゃん、ホットケーキ食べたくない?」

「ホットケーキ、ですか?」

「厳密にはカステラ風ホットケーキ。タカちゃん「ぐりとぐら」って知ってる?」

「内容はあんまりよくわかってないですけど、そういう本があることは知ってます」

「その中にね、フライパンいっぱいに膨れたカステラが出て来てさ。アタシあれに憧れてるんだよね」


 そう言って果林先輩は例のカステラ風ホットケーキの画像を検索して見せてくれた。ふんわりと膨れ上がったそれは、画面越しにもいい匂いがしそうで。もしそんなものがこの台所で焼かれようものなら。

 果林先輩なら1人で食べられるんだろうけど、本来みんなで切り分けて食べるのであろう大きさのホットケーキ。確かに夢がある。きっと、料理になる前の材料たちの中にはこれの材料も含まれているのだろう。


「食べてみたいです」

「よし。じゃあ作るから待ってて」


 レシピを見ながら、果林先輩は手際よく準備をしていく。これまでにうちの台所では見たことのない料理の光景だ。まあ、それは俺が簡単なことしかやらなさすぎるからなんだけど。

 果林先輩の指示を聞きながら、俺も自分に出来ることをお手伝い。すると、卵黄と分けた卵白の方をひたすらかき混ぜて欲しいと。その間に先輩が必要な作業をどんどん進めて行ってくれる。


「はい、とろ火。これで慌てず騒がずしばし待つ」

「しばしってどれくらいですか」

「最低30分は蓋を開けない。1時間くらいかな」

「結構待ちますね」

「あのねタカちゃん、おいしく食べることは幸せなことなんだよ。材料も時間も、絶対にケチっちゃダメ」


 特にケーキなんかは時間がかかる物だからね、と果林先輩は新しい缶チューハイに手を付けた。あとほんの少し触るだけでも消えてしまいそうなコンロの火が、少しずつホットケーキを焼いている。甘い匂いが広がるのも時間の問題か。


「腕が結構疲れました」

「メレンゲ作りとか生クリーム作りって、ハンドミキサーないと本当に疲れるからね」

「明日筋肉痛になりそうで怖いです」

「なっち先輩はさ、右手も左手も同じように使えるから泡立て器は割と得意なんだって言ってた」

「両手が使えると確かにいいですね」

「はー、準備してたらお腹空いたね。何か食べよっか」

「えっ、あれを食べる前にまだ食べるんですか」

「余裕ですよねー」

「まあ、果林先輩なら余裕でしたよね」


 夜はまだまだ長い。ホットケーキを待って、それを食べた後も続いていく。明日も普通に授業はあるけれど、あと、月曜日は必修が多いから何気にしんどいんだけど。美味しいものをいっぱい食べてまた頑張ろうと思う。

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