映画の恨みはらさでおくべきか

「のこのこと出てきやがったなーあ、リン様よーォ」

「ご丁寧な出迎えで」


 インフルエンザと診断されてしばらく休んでいた林原さんが、1週間ぶりにセンターに戻って来た。だけど、春山さんはもちろん黙っていなかったワケで。さーて、物理的な距離を保っておくのがいいかな。


「お前の所為で私の映画ライフが台無しだ!」

「最速は見たんでしょう。なら問題ないじゃないですか」

「前日の復習の時間がカッスカスになっちまったんだぞお前の所為で!」

「アンタなら復習などせんでも頭の中には入っているでしょう」

「気分を上げたいんだ!」

「プレミアで見て0時の最速を見て朝一番で3回目を見られたなら問題ないでしょう」

「それでもお前がシフトに穴を開けまくった所為で余韻に浸ったり復習だったりさらに劇場に行く時間がなくなったんだ! その分返せバーカ!」


 本来、先週の春山さんは映画を見るために1週間ほどの休暇を申請してそれが通っていた。だけど、林原さんのインフルをきっかけに林原さんの分のシフトをまるっと代理出勤してくれていたという事情がある。

 春山さんの映画の見方は本当に凄い。そこに至るまでの準備とか、気合とか。0時の最速の後、朝一番の3回目を見るために映画館近くのホテルに素泊まりをしたくらいだ。春山さんの部屋だって星港市内なのに本当に熱量が凄いなーって。


「本来なら市中引き回しの上獄門の上晒し首の刑でも足りないくらいなんだけどなー、どう料理してやろうか」

「そうまでせねばならんか」

「お前は殺されても文句は言えない」


 耳にかけた鉛筆を齧りながら、春山さんは林原さんを睨み上げている。林原さんはそれをさらりとかわしつつ、呆れたような顔をして話を流そうとしている。先週のセンターは本当に殺伐としてたんだよなあ、主に春山さんがだけど。


「ところで川北。先週は何か変わったことはあったか」

「えーと……B番の春山さんが殺伐としていたというのが印象的過ぎて」

「だろうな」

「だろうなとは何だこの野郎」

「まあ、普段林原さんがやっているのと業務のレベル自体は大差なかったですよー、うるさい人だって春山さんがギロリと睨めばパタッと黙っちゃってー」

「凶悪さに磨きがかかったということか」

「ですねー」


 ――なんて、先週の春山さんがブラリ登録一歩手前くらいの利用者さんを無双していたところを報告していると、ぞわっと背中に悪寒が走る。恐る恐る振り向くと……。


「わ、わーっ!」

「川北ァ、そんなに人のことを凶悪凶悪言うんだったらまずはお前からシメたっていいんだぞ」

「わーっ! ごめんなさい! 事実しか言ってないつもりでしたー!」

「ンだとコラァ!」

「ひゃーっ!」

「仮にもバイトリーダーが1年を恫喝するな」

「バイトリーダーだからこそだ!」

「パワハラもいいところだ。で、春山さんに睨み上げられて黙らされた利用者が受付に怒鳴り込んでくることなどはなかったか」

「そういうのはカナコさんがニコッと笑いかければメロメロになってどうでもよくなってるみたいなので無事でしたー」

「ほう? 機械音痴も使い様だな」


 先週は本当にカナコさん様々だなーって思いましたよね。多少パソコンが苦手なくらい何だって本当に思った。それっくらいカナコさんの微笑みには救われてたんですよねー。

 まあ、口が裂けても言えないけど普段そこにいるのが春山さんだからこそさらに対比で眩しく見えるのもあったかもしれない。でも本当にカナコさん様々でした! 怖そうな人も「あっどうも」って飼い慣らされる様が!


「林原さん、ここは形式だけでも謝っておきましょう…? 月曜から今までは宇宙船打ち上げの件で春山さんの機嫌も良かったんです」

「そうは言われてもな」

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