寒い日を包む幸せ

「L先輩L先輩」

「どうした」

「あんまん食べたくないですか」


 とある授業後、出席カードを提出して帰ろうとしていたときのこと。身長の関係で最前列に座っていたハナに声を掛けられる。話しかけられるのはいいにしても、あんまんはどこから出てきた。いい予感はあまりない。

 握っていたペンを机に打ち付けながら、ハナはあんまんあんまんと繰り返している。確かに今日は寒い。最低気温も氷点下で、下からの生活音は全くなかった。中華まんなんかを食べるには絶好の気温だろう。


「お前があんまん買ってくれるのか」

「何でハナがL先輩に買わなきゃいけないんですかー、しょぼーん」

「じゃあ、お誘いか」

「お誘いですよ。で、あわよくばL先輩に奢ってもらおう的なことです」

「何で俺がお前に奢らなきゃいけないんだ」

「ほらー、今日はハナの誕生日ですしー」

「なるほどな」


 下からの生活音もないし、今日はもしかしたら無制限も開催されないのかもしれない。それがあるという話も聞いてない。で、今日はハナの誕生日。少し考えれば、あんまんで満足してくれるならそれもアリなんじゃないかと。


「わかった、サークルの前に行くか。早く出席カード出して行こうぜ」

「ちょっと待ってくださいよ、ハナまだ板書も終わってないんですよ」

「早く書けよ」

「最前列って意外に黒板見にくくてしょぼんなんですよ、L先輩は知らないでしょうけど」

「まあ、最前列になることもそうそうないからなあ」


 空いていた隣の席に腰掛け、ちまちまと板書を続けるハナを見守る。確かに最前列だと広くを見渡せない分頭を動かさなくてはならなくてそれはそれで大変なんだなと。プロジェクターを見るのも角度がキツい。


「はい! 終わりましたー」

「じゃあ行くか」

「はーい」


 サークルが始まる前のちょっとした時間に、あんまんを買いに購買へ。第1学食の2階にある購買には、弁当の量り売りやパン、第2学食とはまた違うテイクアウト丼などが売っている。中華まんも種類がそこまで多くはないにせよ売っているのだ。

 MBCCで中華まんと言えば大体肉まん派が多いようだけど、ハナはあんまん派。1個100円かそこらのそれのためだけに結構な距離を歩く。熱いあんまんを買ったってサークル室に行く前に食べないと冷めそうだ。

 第1学食の建物に着いて、階段を上れば授業が一段落した人たちが買い物をしに来ているようだった。俺たちも人の事は言えないのだけど。中華まんのケースの前にも人がいて、売れてるんだろうなと思う。小腹が空く時間帯だし中華まんくらいがちょうどいいのだろう。


「L先輩あんまんあと1つです!」

「はいはい。すみません、あんまんとピザまん1つずつ」


 あんまんと自分で食べるピザまん、それからペットボトルのお茶の分で330円を支払い、改めて外へ。夕方になってくると一気に冷え込んできて、あつあつの中華まんで暖を取ってやっと歩けるくらい。


「ほらハナ、あんまん」

「わーいL先輩ありがとうございまーす、しょぼーん」

「サークル室入る前に食っちまえな」

「って言うかサークル室って別に飲食厳禁じゃないじゃないですか。ミキサー席ならともかく」

「やっぱさ、気になるんだよな」

「こぼしても拾いますしー」

「食べ物の匂いとかってあるじゃんか。それに、拾えないレベルの屑とか」

「ホントL先輩って細かすぎてしょぼんですよ」


 自分の部屋は当然として、サークル室はみんなが使うところだからこそ清潔な状態を保っておきたいと思うのはしょぼんなことなのだろうか。エージだっていつもコロコロを握っているじゃないか。俺ばかりが細かいと言われる覚えもない。

 ただ、肉まんと比べてあんまんは具がこぼれにくいしあんまんであればサークル室の中で食べることのハードルを下げてもいいかなと思わないことはない。ただ、食べた後には掃除機をかけたいと思う。


「わかった、あんまんはサークル室で食べていい」

「ホントですか!?」

「食べる前に新聞紙敷いて、その上に座って食べるなら」

「えー! なにそれしょぼんすぎー!」

「ただの床と違って絨毯は掃除しにくいし、あんまんのあんがこびり付いたらそっちの方がしょぼんだし」

「L先輩潔癖すぎだしー!」

「いや、俺はそこまで潔癖じゃないんだけどな」

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