鬼軍曹の食育セミナー
何か、おかしな光景だ。確かに真希とは鍋やろうって話になってたけど、お互い1人2人に声をかけた結果、やってきたのは圭斗と前原。そしてぐつぐつと煮える真希特製の鶏団子鍋。
「はい菜月」
「えっ、器が緑色なんだけど」
「春菊と葱とニラも食べる」
「こんなにはムリ! 嫌だ! 圭斗、交換だ!」
「圭斗さんのノルマは肉とうどんとごはんだから交換不可! ちゃんと自分で食べる!」
「鬼だ!」
「えーと、何やら僕にも飛び火しそうだね?」
「飛び火じゃなくて直火です。圭斗さんはいっぱい食べてもらわないと。あっ、白いご飯もあるからどんどん食べてもらって」
うちには野菜、そして圭斗には量を食べることのノルマを課せられ、この光景を見た前原はお客さんに容赦ねーなとドン引きしている。吸おうとしたタバコは文字通りに叩き落されて。
鍋奉行の真希が鬼と表現する他にないのだ。いや、もちろん美味しそうだしいっぱい食べたいけど、まるでこれじゃ食育セミナーの実技講習じゃないか。
「それじゃ、いただきまーす」
「たくさんあるからたんとお食べ」
「ん。お出汁うまー!」
「ん、これは美味しいね。真希ちゃんが一から?」
「まさか。市販の出汁をちょーっと弄った程度」
「真希は手抜き料理とか時短料理とかさせたら天才的なんすよ」
お出汁はうまーだし鶏団子が食感とかショウガの感じが絶妙だしうどんや糸こんにゃくも味がしみててうまーだし。でもうちに課せられているのは野菜を食べるノルマ。
うちに課せられてるノルマは、くったくたになるまで茹でればなんとかなるからいいんだけど、辛いのは圭斗だろうな。普段からそんなに量を食べないのに目の前には山盛りのごはんだし。
「何か、圭斗がただただお鍋やご飯をよそわれて食べてるだけって違和感がある」
「基本的に僕は奉行タイプだからね。まるで実家に帰った気分だよ。僕の母も真希ちゃんのようにとにかく食べろと山盛りのごはんを目の前に置く人でね」
「ふーん」
「真希ー、今度この鍋の作り方教えてくれー」
「どっかでやんの? マエトモがマトモに作れるとは思わないけど」
「磐田にやらせるからいいんだよ。レシピだけ。今度ゼミで、プレの2年生と一緒に鍋でもやっかーみたいな話になっててよ、麻雀とかやりつつ」
「あ、いいね。鍋に麻雀」
「だろ!? 松岡クンも麻雀やる人?」
「嗜む程度だけど」
「マジかー、今度やりましょう」
「いいね、やろうか?」
男たちの間で口約束が交わされたけど、何か胡散臭く見えるのは気のせいだろうか。真希はその間にこの出汁のレシピをさらさらと書いている。後でうちも教えてもらおう。冬になったら何だかんだでやると思うから。
「情報はもう2年生が見学に来る時期なんだね」
「あー、何かそうらしいんすよー。ウチのゼミに来た子がすげーマジメで。見学に来たとき俺普通にパチスロの雑誌とか読んでたけど」
「真面目な子だったらクズ扱いされそうで怖いね」
「そーなんすよ。何か成績がオールSとかで、しかも結構なイケメンだろ? 一応先輩だからってめっちゃ敬語使ってくれるんだけど、そこはかとなく馬鹿にされてるような気がして」
これには圭斗と「ん?」と声が揃う。情報の2年でオールS。先輩に対する結構な敬語、そこはなとなく人を馬鹿にしているような雰囲気にはうちも圭斗も覚えがあった。
「前原君、もしかしてその2年生は野坂雅史とかいう大型犬タイプのイケメンじゃないかい?」
「あーそうそう野坂君! こないだ早く磐田に借金返せって説教されちってさー!」
「ノサカのヤツ、他所でもそんな感じなのか」
「ゼミで鍋をするなら白いご飯を用意しておくといいよ。それと、食材は人数分より多めに。酒が入る予定なら野坂には量を飲ませない方がいい。ダメ人間に対する説教がくどくなるよ」
「えっ、知ってる感じすか」
「僕たちの後輩なんだよ。うちの偏屈理系男がお世話になっているようで」
そして男たちはノサカを含めた他の面子を集めて麻雀大会でもやろうかと話を膨らませ始めた。うちは真希がよそってくれるままに鍋をうまうまして。団子も入れてくれてるから野菜も一応食べれてるし。
「〆はもちろん雑炊だけど、食べるよね」
「はい! 食います!」
「うちもー」
「ええと、僕は……」
「はい、4人前ね!」
「……真希、マジで鬼だな」
「鬼軍曹だ」
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