マウント・ハイ・カカオ

「はー、充実」

「……大漁…?」

「良かったら、美奈も少し」

「……私、チョコレートは……」


 徹が大量の荷物を提げてゼミ室にやってきた。過度な暖房がかかっているでもないゼミ室の、自分のデスクの下にその荷物をしまい込んで。どこへ出かけていたのかと言うと、冬の催事、チョコレートフェスティバル。

 特別甘党というわけではないけれど、徹は季節問わずチョコレートを齧っている。冬になるとチョコレートの商品ラインナップも増え、その都度コンビニやスーパーで新製品を買って味を確かめている。

 コンビニやスーパーだけでそれが収まればまだいいかもしれない。チョコレート専門店やデパートにまで足を運んでチョコレートを買い漁るのだから。バレンタイン時期になると別の意味での戦争が始まる。


「甘くないのも多いから。騙されたと思って。これ、アフリカの小さな島が原産のヤツで、舐めてるとフルーティーな酸味がふわっと広がって来て」

「それじゃあ、いただきます……」


 そのチョコレートをひとかけもらって、言われるままに舐めてみる。確かに私のイメージしているチョコレートとは違って甘くはない。口に入れるとふわっと香りが広がって、口の中でだんだん味が変わっていく。


「……美味しい……」

「だろ。他には、これはスモーキーな香りが立ってくるヤツ。これはカカオ55%でミルク感が強い。これは同じ産地の75%のヤツ。それから――」

「わ、わかったから……」

「あ、次のを食べる前にお湯を飲んだ方がいい。ただ、余韻はもう少し楽しんでもらって」


 私はそのおしゃれなパッケージを見ているだけで楽しいのだけど、想像すると恐ろしいのが山のようなチョコレートにかかった値段。それこそ高級な物もある。ただ、徹はチョコレートにお金をかけることを厭わない。

 言ってしまえば、そんな物をちょっと味見してみろと分けてもらってしまっていることが少々申し訳なくも思う。徹が私にくれている一欠けらがいくらになるのかを考えて少し気が引けてしまう。とても美味しいのだけど。


「……そこまで、チョコレートにこだわってた…? 量は買ってたと思う、けど……」

「いや、特別こだわりはないけどどういう味が好きかは少しあるから。甘すぎるよりもビター寄りの方が好きだし」

「参考までに、ひと箱は、いくらほど…?」

「物によるけど、これは800円。それからこっちはイベント割引がかかって500円かな。元値は750円程」

「す、すごい……」

「でも、それくらいするのはわかるんだ。いいカカオ豆を仕入れても、それをより良いチョコレートにする技術がなければ元も子もないし」

「言いたいことは、とてもよくわかる……」


 悪くしないようにしまっておかないと、と徹はチョコレートをしまうのに適した冷暗所を捜している。もちろん、家にも置いてあるけれど、ゼミ室にもある程度置いておきたいのだと。ならば、名前を書いておかないとチョコレートは無くなってしまうだろう。

 紙袋に石川と名前を書いたタグを結び付け、それらしい冷暗所に置いておくことに。トータルでいくら使ったのかは気にしないでおくことにした。徹が言うには、同人イベントとチョコレートのイベントでお金のことを考えてはいけないそうだから。


「ところで、そんなにチョコレートばかり食べていて、太らない…? 栄養も、偏りそう……」

「他のお菓子はそんなに食べないし、栄養面でもそんなに悪くないと思う。ざっと数えただけでもポリフェノール、食物繊維、テオブロミン、ビタミン・ミネラル、それから鉄分も含まれてるし」

「へえ……私も、甘くないのを少し、食べようかな……」

「うん、70%以上なら美奈にも食べやすいと思う」

「……コンビニや、スーパーで買えるのなら、どれがいい…?」


 すると徹は机の引き出しを開けて、どれから話そうか、とパッケージを見せて来る。ここまでくるとさすがとしか言いようがない。別に、呆れてはいないのだけど……。

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