心が開けて見えて来るもの

公式学年+2年


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「君たちも、そろそろ就職について考え始めなさいよ。いくら売り手市場って言われてても、しょうもない企業に入ってちゃどうしようもないんだからね。卒論のことも忘れないように」


 とうとうそんなことを言われる時期に来ているのかと、先生の言葉に思う。説明会や何かの解禁は3月だけど、現時点で動いている人は動いているし、SPIやインターンシップがどうとかとも聞く。

 俺は全然そんなことを考えてもいなかったのだけど、いざそう言われてみるとどうしようって思う。別にマスコミ系の進路に進みたいというワケでもないし。何がしたいっていうのがあるワケでもないんだよなあ。それは、卒論にしても然り。


「うーん、就活なあ。鵠さん、何かやってる?」

「いや、全然。先輩にどうしてたか聞いてるくらいで俺は何にも」

「俺は何か聞いてもいないよ」

「千葉ちゃんに聞いてみりゃいいんじゃん?」

「あー……」


 果林先輩は持ち前の行動力と先生にすら口で真っ向勝負が出来る度胸や頭の回転を武器に、気付いた時には内定をいくつももらっていた。たくさんあった内定の中から決めたのは、イベント系の会社だと聞いている。

 この会社には今春から伊東先輩の奥さんや星ヶ丘の朝霞先輩が就職しているということで、会社の内情や仕事の実情のようなことを聞いた上で決めたんだそうだ。そういう情報があるなら強いよなあと思う。

 朝霞先輩はイベントプランナーのような感じらしいけど、果林先輩はプランナーと言うより自分は現場で走り回る側の方が向いてそうですよねーと言っていたのを覚えている。今から思えば単純にすごいなあって思う。


「鵠さん、何系に進みたいとかってある?」

「物流とか、運送とか、そっち系?」

「えっ、何かいろいろ言うじゃん。人手不足とか何とかって」

「話を聞いてみるだけな。興味の範囲で」

「はー……鵠さん凄いなあ。俺、将来何がしたいとかの興味も全然湧かないし」

「セミナー始まってからでいいんじゃん? 興味がないなら片っ端から聞いて回れば」

「そうだよね」


 すると、スタジオに繋がる階段の方からガヤガヤと人の話し声が聞こえて来る。顔を上げるとやって来たのは4年生の先輩で、卒論や卒業制作の作業をしに来たようだった。そうか、卒論のテーマ。

 卒論も、3年生時点の論文を下敷きにしてもいい……と言うか継続した方がいいとは言うけれど、今やってることもなあなあだし何がしたいのかさっぱりわからない。先生には君も卒業制作にしたらと言われてしまう始末。あーあ、しんどい。


「あれー、弟どうしたー?」

「あっ、平田先輩」

「高木今、将来と卒論でやりたいことが決まんなくてしょぼくれてんすよ」

「平田先輩はこの時期どうしてました?」

「俺は野球と競馬の事ばっかり考えとったでなあ、あんま参考にならんね」

「でも、就職は決まってますよね」

「眼鏡屋ね」


 平田先輩は黒縁の眼鏡をかけているし、人当たりもいい。店頭でも交渉次第では少し値引きしてくれそうな気さえして見立てをお願いしたい雰囲気がある。眼鏡屋と聞いてしっくりくる。

 一方小田先輩はテレビなどの制作会社に就職が決まっているそうだ。ゼミ初となる映像での卒業制作への挑戦も功を奏したとかなんとか。こちらもしっくりくる。すごいなあ。


「会社の人にも卒業制作を見せることになってハードルが上がってるよ」

「はー、小田ちゃんさすがやね」

「小田先輩さすがです」

「弟はわからんとして、康平はどうすんの」

「俺は物流とか運送系に興味があるんすよね」

「あー、ぽいぽい」

「てか高木君の場合は千葉さんに聞いたらいいんじゃないの」

「あー、そうね。千葉ちゃんに聞いたらええと思うよ。姉ちゃんに話だけしてみたら心が開けて見えて来るかもしれんしなあ」


 やっぱりそうなるんだよなあ。果林先輩と俺は何もかもが違うのに、話を聞いても参考になるのかなっていう気がするんだけど。でも、少しだけ話を聞いてもらおうかな。

 何か、しんどい時とか詰んでる時っていつも果林先輩に甘えちゃってるな。自分の道なんだから、自分で何とかしなきゃいけないんだけど。


「就活はともかく、課題、って言うか卒論はどうしようかなあ」

「高木君の場合は音声作品とかでいいんじゃない?」

「あー、そうね。小田ちゃんに続いたらええよ」

「やっぱりそういうイメージなんですね!」

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