上面のファンシーマスコット

「おはよーございますー」


 いつものようにやってきた川北の頭には見慣れん帽子。この頃は朝夕も冷える。ニット帽やなんかで頭を守るのはわからんでもないが、車通学の川北には縁遠いような。駐車場で車から降りてしまえば、校舎の中に入るまで歩く距離は長くない。


「川北、かわいい帽子だな」

「わー、春山さんに褒められたー」

「帽子が緑色なのは川北ミドリだからみたいなことか?」

「そうなんですよー、分かりやすいかなーと思って」


 お前はかわいいなー、と春山さんが川北の頭を撫でようと帽子を取った瞬間だ。帽子の中から出てきた髪は、いつもよりも派手に跳ねている。そして川北は「わー!」と悲鳴を上げる。


「うう~、まだ固まってなかったか~……」

「川北、もしかして寝癖隠しだったのか?」

「帽子は大体そうです」

「そうか、それはわしゃわしゃしたさに悪いことをしたな」

「と言うかお前の髪はいつも跳ねとる気がするが、今日もそこまで気にする程か?」

「気にするんですよ! 林原さんはさらっさらつやっつやだから俺みたくぴょんぴょん髪が跳ねたときの気持ちも朝の戦いも理解できないんですよ……」


 確かに、オレは寝癖とはほぼ無縁の人生を送ってきた。たまに少し乱れたとしても、櫛を通せば元通り。という話をして女子から言われのない苦情をもらったことも多々ある。オレからすれば知るかという話だ。

 川北のように毎朝寝癖と戦うということも経験したことがない。その結果、負けを認めて帽子をかぶることも。そう言えば、石川がそんな帽子の使い方をしていた覚えがある。寝癖直しに帽子を用いるのは割と一般的な手法のようだ。


「リン、お前川北の帽子かぶってみろ」

「は? 何故そのようなことをせねばならん」

「いいからかぶってみろって!」


 人に帽子をムリヤリかぶせ、勝手に爆笑し始めるのだから春山さんという人の性質の悪さは相変わらずだ。


「だーっはっはっはっは! 似合わねー!」

「春山さんも似合わないと思いますよ、パステルグリーンの耳付きニット帽なんて」


 耳というのは、耳を覆うということではなく、耳だ。動物の耳のような形をした小さな突起が2つ、頭の上の方についている帽子だ。形状的には猫のつもりだろうか。

 そんなファンシーな帽子、情報センターでは川北だからこそ許されると言っても過言ではないだろう。現に帽子を春山さんがかぶると帽子のファンシーさと本人の凶悪さがミスマッチすぎる。


「うわあ……」

「川北、マジで引くな。まだ爆笑してもらった方がいいぞ」

「逆に、烏丸さんは似合いそうですよね」

「ああ、確かに。ダイチはかわいい顔つきだし私やリンよりは絶対に似合うだろうな」

「否定はしません」


 そろそろ返してくださーいと帽子は川北の元に戻り、跳ねに跳ねた髪をすっぽりと覆った。利用者に対応するときは外せよと春山さんから入る注意には、はーいとそれらしい返事をして。

 川北にはパステルグリーンの耳付きニット帽も違和感なく被りこなせているのだから、やはりオレと春山さんが似合わなさすぎるのだろう。生憎、オレらがマスコット調を気取るにはムチャがあった。


「川北、ところで寝癖を直す時間はないのか? 濡らして乾かせば直りそうなものだが」

「――と思うでしょう、俺も思います。でも、起きたら時間がギリギリで、わーってなるんでびっくりするほど直す時間がないんですよ……怖いですよね…!」

「いつもがいつもだけに多少跳ねとってもわからんと言えばわからんが」

「俺が気にするんです!」


 これだから直毛の人は、と川北が怒っている。と言うか、川北の髪が跳ねるのとオレが直毛なのは関係ないが。しかし、川北はのんびりしているように見えて、事柄にもよるだろうが意外と沸点が低いな。

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