仕様変更の許可を下さい

「で、曲はどれを使うんだ?」

「ストックの中から適当に選ぶつもりやったから、今から考えるよ」

「お前なあ。番組やるなら曲は事前に決めとけ。調べることは地味に多いんだぞ」


 サークルが代替わりしてからも、ヒロの謎の覚醒は続いていた。一番やる気があった時よりも熱こそ落ち着いているようだけど、それでも番組に対するモチベーションはそれなりに高い状態を維持している。

 アナウンス部長という役職に就いたことである程度の自覚が生まれたのだろうか。いや、ヒロだからきっとそんなこととは関係なくこれまでやって来た練習の延長なんだろうけど、練習をするのはいいことだと機材管理担当は言う。俺な。


「ストックリストにイントロとか書いてあるやん。それ見てノサカにゆーたらええんとちゃうの」

「ミキサーが必要なのはそれだけじゃないぞ。番組構成の全体を見ながらどこで下げるのかを考えないといけないし、イントロの秒数や曲調によっては乗せをするのかしないのかの判断もしないといけない。AD作業がしてあるからと言ってそれだけを鵜呑みにするワケにはいかないんだ」

「ふーん。てゆーかさ、このリスト見にくいわ」

「見慣れてないからじゃないか」

「文字が列の高さに対してパツパツやし、フォントも微妙やし。よくこんなん使っとるわ」


 まーたヒロのワガママが始まったぞ。……と、思ったけど、俺も改めてストックリストを見てみることにした。

 ストックリストは代々MMPに受け継がれるMDストックの中の曲を、全て紙上に網羅したリストだ。曲名、アーティスト名、収録アルバム(ディスク)、曲のトータルタイム、イントロ(中トロ)の場所と長さ、備考。そんなようなことが記されてた紙がファイルに綴じてある。

 ヒロの言うことは案外的外れでもないことを知る。今まではそういう物だと思っていたからそれを受け入れていたけど、よく見ると改善の余地はまだまだあるなという気がする。言ってしまえば機材管理担当は俺なワケで、仕様変更をしようと思えば出来る立場なのだ。


「それじゃあヒロ、例えばだ。こんな風に――」

「えっ、ノサカスマホでエクセル使えるん?」

「文字の上下にパディングをほんのちょっとずつ取るだけで、今よりは少し見やすくなると思う。現状はほぼゼロじゃんな」

「パディングて何」

「余白な」

「カタカナで言わんといてよ、これやからヘンクツは」

「授業でもやってることだぞ」

「それはええわ」

「良くないぞ」

「ええから続きやよ」


 スマートフォンの上で、どうすればストックリストがより見やすいレイアウトになるのかをサクサクっと作ってみる。もちろん紙の上だとまた見え方が違うかもしれないけど。

 作るだけならタダだ。言葉だけよりも提案しやすいし、ヘタクソな図や絵を描くより実際に表を作る方が律やこーたにも伝わりやすいだろう。


「例えば、偶数列に淡い網掛けで色を付ける。文字が読みにくくならない程度の濃さな」

「あー、これはええわ。見やすい」

「そうか」

「あとフォント何とかならん? これ昔のゴシックちゃうん、ゴシックゆーたかして最近はもっと見やすいゴシックもあるやろ?」

「あー、そうだな。しかもこれ、何気にストロングかかってるような感じじゃんな。これは疲れる」

「ストロング」

「太字な。古い言い方ならボールド」

「だからカタカナで言わんといてよ」


 本題は番組の練習だったはずが、すっかりストックリストのレイアウト変更が本題になってしまっている。俺とヒロの考える最強のストックリストの仕様を律とこーたにプレゼンしなければならないのだ。

 何かもうめんどくさいしドロップとかに共有のストックリストを適当に突っ込んどいて、自前でストックに追加した奴が自分で適当にAD作業したデータとか打ち込むってシステムじゃダメかな。ダメかな。だってこーたならパソコンに張り付いてるし律も言えばやるだろうし。

 いや、さすがに紙リストも作るけど。でもそこまで来たらイントロの秒数でソートするとか条件づけて検索できるとかタイトルに含まれる語句を抽出するシステムを作りたいなーとかって、考え始めたらキリがないヤツだ!


「はよーごぜーやーす。あれっ、理系組がどーしたンすか」

「あっ、律。ちょうどいいところに」

「今ボクら見やすいストックリスト作ろうとしとってんよ。りっちゃん見て」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る