戦士のステータス

「ん、んーっ……はああーっ……」

「朝霞クン、いい感じ?」

「うめえー……本当に美味い」


 頬を触って、ロールキャベツと白菜と豚肉のミルフィーユ鍋(メニューの雰囲気が似てるのはご愛嬌)に舌鼓を打つ朝霞クンと言ったら、それこそ美味しくてほっぺたが落ちちゃうよ、というリアクションなのが分かりやすくていい。

 今日は農学部のオープンファームに参戦してきた。農学部で育ててる野菜や畜産物などをお手頃価格で買える機会ということで、そこはまさに戦場。収穫祭とかいうほのぼのした雰囲気じゃなかったよね。

 俺は米と豚肉担当で、朝霞クンがキャベツと白菜に向かってダッシュするという役割分担。もちろん他の物もゲットできればなお良しだけど、優先したのはそれ。結果から言えば生きて帰ったし成果もバッチリ。


「白菜が、とろとろでありながら白菜であることを忘れてないし、出汁を吸って美味い」

「朝霞クンの食レポって案外レアかも。普段食べてるとき喋らないし」

「口の中が熱くて次が食えないんだ。美味さに感動して長い間口の中で持ってたら熱いのなんの」

「ああ、なるほど。お鍋だから」


 お米は朝霞クンの当面の食糧。キャベツはロールキャベツとおつまみの塩キャベツに化けた。白菜はミルフィーユ鍋と浅漬け。豚肉はそれぞれの具に。それでもまだ余ってるから、それをどう使うかは朝霞クンにお任せ。

 あっ、今日の料理は俺が作ったよ。立ちはだかる歴戦の勇士たちを前に戦意喪失してた朝霞クンに、いろんなメニューを耳元で囁いて誘惑したよ。ロールキャベツより、ミルフィーユ鍋より効果があったのは塩キャベツなのが何とも言えないんだけど。


「多分、ここ4、5年で一番走ったんじゃないかって思う。明日辺り死ぬかもしれない」

「これくらいでは死なないでしょ、鬼の朝霞Pが」

「バカお前、俺は人畜無害どころかか弱い文化系だぞ」

「文化系は事実にしても、か弱い? 朝霞クンが? 無理があるでしょ、それ」


 ロールキャベツにふーふーと息を吹きかけ冷ましながら、朝霞クンはか弱い文化系だぞ、と繰り返し主張した。そのか弱い文化系が頑張って走ってゲットしたキャベツと白菜。調理されたそれは、戦い終えた身体には沁みるのかもしれない。


「いや、仮に戦闘モードのスイッチ的な物が入ったとしても、身体能力が劇的に向上することはないだろ。お前のウォーミングアップが俺の本気くらいの差はある」

「持久力とかも加味したらそうかも」

「だろ。だって俺は米抱えて豚肉にダッシュ出来ない」

「そうは言うけどキャベツも白菜も重いよ? それを抱えて食べ歩きしてた朝霞クンも大概だと思う」

「重い物を抱えるだけなら出来るんだ、普段文献抱えてるから」

「ああ、本は重い、確かに」

「こんなとき両利きだと、荷物を入れ替えながら歩いても空いた方の手で好き勝手出来るのがいい」

「うわ、両利きの強み」

「ただ、右腕が若干張ってる感じあるんだよ。やっぱ普段左の方が使ってんだなって。って言うか越谷さんに声かければよかった」

「うん、雄平さんなら重い物を持つのは筋トレ替わりで朝飯前だけど、先輩の使い方としてはやっぱり間違ってるね!」


 そんなことを話している間に、台所からピーッと音がする。ごはんが炊けた音。せっかくだし、買ったお米を食べてみようと少し炊いてみたんだ。ごはんのおともは、模擬店で買った漬け物。


「朝霞クン、ごはん炊けたよ。メグちゃんの漬け物と一緒に食べよう」

「ああ、そうだな」


 メグちゃんは研究の一環で作った漬け物を模擬店で販売していた。ごく普通の、一般的な漬け物もあったんだけど、やっぱり目玉は西京の野菜で作った西京風の漬け物。あっ、西京の野菜って言っても育てたのは農学部の畑なんだけど。

 普通の漬け物と西京風の漬け物の2種を並べて。まずは一般的なたくあんを齧る。ポリッと良い音。朝霞クンは西京風の方を先に齧っていて、あ、美味しいって顔してる。ホント、食べてる時って表情が分かりやすい。


「ねえ朝霞クン、漬け物を細かく刻んで、じゃこと一緒にご飯に混ぜると美味しいんだって。やってみない? じゃこあるし」

「やる」

「じゃあ、作って来るね」


 うーん、お酒があったらもっと良かったかな? 一応熱燗をやれないことはないんだけど。朝霞クンの部屋だし酔ってもそのまま寝てもらえば大丈夫だろうし、お酒作っちゃおうかな。

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